第29話 めっちゃ早口で喋りよる
「グリムナ、あなた素質あるわよ!!」
「ふわ……?」
完全に予想外の言葉にグリムナが呆気にとられた顔をする。
「ごめんなさいね、正直言ってあなたの事を少し甘く見ていたわ。手当たり次第に誰彼構わずサカるだけのド外道クソホモ野郎だと思ってたけど、イヤ決して私もそれが悪いとは思ってないわ。それはそれでもいいと思ってはいるんだけど、でも、違ったのね」
「なにこの女の人、めっちゃ早口」
唐突に饒舌になってまくし立てるように話し始めたエルフにヒッテも戸惑っているようである。しかし、周りなど見えないかの如く、エルフは続ける。
「ああ……でも、ここまでしっかり手順を踏んでやってくれる人だったなんて!」
エルフは両手を胸の前で組んだまま恍惚の表情でくるくると回った。グリムナは、嬉しくて小躍りする人間をリアルで初めて見た。
「分かってる、あなた本当に分かってるわ! 最初はノンケとしての立場をとってホモを否定するのよ! 最近の作品はこういう手順を面倒になって省略したりするからダメなのよ! Aメロがあって、Bメロがあって、初めてサビが生きるのよ!! ああ~、なんてこと! 旅に出た甲斐があったわ! ようやく理想のホモに出会えた!!」
もはや彼女の暴走は止まりそうにない。しかも早口な上に感情の起伏が激しすぎて非常に聞き取りづらい。グリムナもヒッテも、山賊達ですら、このキチガイにあまり関わりたくないとばかりに遠巻きに見ているだけである。
しかし他の者はともかく、グリムナは当事者である。この事態に収拾をつけなければいけない。
「俺はホモでは……」
「あなたは百年に一人の逸材よ!!」
喋ろうとするグリムナをエルフが両肩をガシッと掴みながら発言して遮った。まるで新しいオモチャを手に入れた幼子の如く目がキラキラと輝いている。
非常に美しい外見にキラキラと輝く瞳、オモチャが自分自身でなければグリムナもこの女に惚れていたかもしれない。しかしそうもいかない。オモチャは自分なのだ。収拾をつけねば。
「何度も言うが、俺はホモじゃな……」
「いいのよ!」
またもそれをエルフが止める。どうやら話の通じない女のようだ。
「いいのよ、あなたはそれでいいの! せっかくの天然物なんだもの! 私が下手に手を出して汚しちゃいけないわ! そんな事しなくてもあなたは水の低きに流れるが如く自然にホモにたどり着くんだから! 自分の思うように振る舞って。ああ、もう、どうしよう? 今日から日記つけようかしら」
どうやらホモには天然物と養殖物があるようだ。しかも天然物とはそんなに上等なものなのだろうか。ピクシーも鮎を食べる時、天然物と養殖物で別にカウントしていたのでそういうものなのかもしれない。
「と、とにかくだ……」
グリムナは気を取り直して山賊達のリーダーの方に向かう。
「山賊団は今日で解散、明日からは堅気になってまじめにやるんだな」
そう言葉をかけるが、リーダーは何やら申し訳なさそうな顔をしているだけで何とも言えない表情をしている。
「ご主人様、政府につきだしたりはしないんですか?」
「まあ、そんなことすれば縛り首なのは間違いないしな。これが最後のチャンスと思ってやり直してみてくれ。本当はこうやって見逃すのは悪いことなんだろうが……」
グリムナのこの言葉を聞いてヒッテは少し考えこんでから発言した。
「えっと、今回の件って政府からの依頼で動いてるんですよね?元々は金策の為だったと思うんですけど、山賊は引き渡さない、死体もない、じゃ報酬貰えないんじゃないですか?」
「それは……うーん」
グリムナは少し考えてから、山賊に声をかけ、市民から奪った財産がアジトにまだあるかどうかを尋ねた。
「よし、じゃあこうしよう。市民から奪った財産を全て返す。それで政府には納得してもらうしかないな。山賊とトロールは追い払ったことにするから、お前達山賊はもうここには戻ってこないでくれ。どこか別の国に行って、そこで新しい生活を始めるんだ。生活基盤がゼロからのスタートにはなっちゃうけど、縛り首になるよりはマシだろう」
この言葉に山賊達はしばらく難しい顔をしていたが、しかたあるまい、と言う顔でしぶしぶ納得した。
「ご主人様のキスほんとハンパないですね。あんな取引と言えない取引が成立するとは思いませんでした。」
「え? ていうかキスしたのと山賊が改心したのになんか因果関係があるの?」
ヒッテの素直な感想にエルフが質問をする。確かにトロールを倒したところからここまでの一連の流れ、事情を知らない人にとっては謎すぎる展開である。
「まあ、それは機会があればそのうち話す。それより、あんた本当に俺たちについてくるつもりなのか?」
「あ、そうそう」
グリムナの質問にエルフの女性が佇まいを整えてから改めて自己紹介をした。
「改めて自己紹介するわ。私の名はフィー・ラ・フーリ。ダークエルフで、得意ジャンルはナマモノよ」
説明が必要であろう。ナマモノとはBL、801界隈のジャンルの一つであり、漫画やアニメのキャラではなく、実在の人物でのカップリングを楽しむという、業の深い性癖である。ナマモノの何が危険かと言うと、漫画などの二次創作物と違い、実在する人間を対象としてしまうため、ふとした拍子に本人に知られてしまうというところである。
しかし、このフィーはもちろんそんなことは気にしない。それどころか目の前にいるグリムナをオカズにする気マンマンである。これだけでこの女がどれほどの性豪か、そしてグリムナの前途多難な旅を暗示していると言えよう。
というか、自己紹介でいきなり性癖を暴露する奴など聞いたことない。さすがはダークエルフである。ダークの方向性が一般的なイメージとは少し違う気もするが。
「……グリムナです……よろしく」
握手の手を出すが、グリムナはすでに死んだ魚のような目をしている。
正直に言えばこんな危険人物と関わり合いになりたくはないというのが、彼の率直な気持ちである。しかし、現に先ほどの戦闘で戦力不足を痛感したのだ。しかも、今回は大丈夫だったが、この先ヒッテを守りながら旅を続けなければならない。単純に頭数が足りないのだ。
グリムナは自分の計画性のなさを恥じ入ったが、後悔したところで始まらない。もう自転車は走り出しているのだ。
この先、ヒッテだけでも持て余しているグリムナに安息の日は訪れるのだろうか。
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