第196話 竜使いの少年
「ビュートリット様に案内、任された。俺の名はリズ……」
少年は改めて自己紹介を始めた。
「竜使いのリズ・ロッケン・セトウト・バルマレーレ・バルマローレ・ホアンナ・アルムブライ・メトウヒ・カユイカユイ・リトアクンスタ・セトイッ・ロパ……」
「ちょっと待って、ちょっと待って!!」
自己紹介の途中でグリムナがそれを止めた。自己紹介、というかまだ自分の名前を言っているだけのようだが。
「なんだ? 自己紹介、途中だ」
「長くない? それ全部名前なの?」
「何か文句が?」
「いや……」
グリムナは納得はいかないが渋々引っ込んだ。彼がツッコミをやめると、リズは話を続ける。
「リズが親からもらった名、ロッケンは父、セトウトは母の名。そこから先は周りの大人や自分が、何かイベントがあったり、好きなものの名前を貰ったりしてだんだん増えていく」
「それでそんなに長くなっちゃうんですね……覚えられるんですか?」
ベアリスが率直な疑問を口にする。確かに覚えるだけで一苦労である。というか、覚えられるのだろうか、この長い名を。
「本人以外、みんな覚えられない。親も。俺も、たまに順番間違える」
「なんか途中『カユいカユい』とか言ってなかった?」
グリムナが尋ねるとリズはこともなげに答える。
「カユイカユイは俺の好きな花。黄色い、小さい花が咲く。花言葉は『アルムブライ』……強い力の意味」
「え? ちょっと待って、その『アルムブライ』も名前の中にあったよね? ダブってるやん」
「竜使いってなんですか?」
名前の話をこれ以上広げても仕方ないだろう、とヒッテが他に気になったことを尋ねる。確かにそこはグリムナにとっても初めて聞く単語であった。
「俺たちはタンズミッミル達よりも北の砂漠に住んでいる、コントラの部族だ。俺はオクタストリウム通さず、タンズミッミルの交易品、ターヤ王国に、売ってる。キャラバンの乗用として、小型の竜、使ってる」
この言葉を聞くとベアリスは思い出したように相槌を打ってから話し出した。
「ああ、そういえば聞いたことがありました。南部の方だと砂漠とかステップの遊牧民と直接交易してるって話を。なるほど、それで砂漠越えの案内人として選ばれたって事ですね」
つまり話をまとめると、どうやらビュートリットはどこにいるか分からない革命派の目をかいくぐるために、通常の交易ルートではないステップの北にある砂漠を抜けてベアリスを連れてきて欲しいということのようである。なるほど、確かにまさか敵も砂漠を抜けてくるなどとは夢にも思うまい。
そして過酷な砂漠ルートの案内人として竜使いの少年リズを使いとして寄越したということのようである。
「『竜使い』ってことは、竜に乗るんですか? もしかして私たちも竜に乗れるんですかね?」
ベアリスが期待に満ちたキラキラとした瞳を少年に向けてそう尋ねる。先日話した通りどうやら『経験できることはみんな経験してみたい』というのは本当のようで、好奇心を抑えきれていないことが見て取れる表情である。リズはクイ、と顎で外を指すと、先導して歩き始めた。
全員が彼の後について行って、宿屋の敷地内にある厩舎に着くと、ダチョウよりも二回り大きいくらいのサイズの獣脚類の竜が3頭いた。
「二本足の竜ですか……」
ベアリスが思わず感嘆の声を漏らす。『竜』と聞いてイメージする動物にしては少し小さいものの、しかし人間に比べれば随分と大きい。脚は力強く大地を支え、鋭い爪はハンターを思わせる。赤黒いうろこはまさにスケイルメイルの如き威容、そのあまりの迫力にヒッテはグリムナのシャツの裾をぎゅ……と掴む。
「怖がらなくていい。こいつはおとなしい」
リズがそう言って竜の頭をなでると、竜は喉を鳴らしながら猫の様に彼に頬を擦り付けてきた。随分慣れているようではあるが、しかしヒッテはそれでもまだ恐ろしいようで、グリムナの影に半身を隠す。
リズはそんなヒッテの態度にはどうやらあまり興味がないようで、ちらりと辺りを見回すと次のように言った。
「そういえば、5人と聞いてたが……これで全員か」
「ああ……まあ、一人は体調不良で別行動をとってるんだ。俺達4人で行くよ」
グリムナが少し焦ったような表情をしながらそう答える。実を言うともう一人、フィーはグリムナの依頼で別行動をとって一人で先にターヤ王国への道を進んでいる最中である。ビュートリットを信じていいのか、そう感じたグリムナはフィーに自分達に先んじてターヤ王国に入国し、国内情勢とビュートリットについて調べるように指示を出した。
「まあいい。余った分は荷物載せる」
そういってリズがぽんぽんと竜の背中をたたくと、竜は前傾姿勢をとった。ダチョウよりはだいぶ体を水平にした姿勢になるが、この状態だと背中の鞍がちょうど水平になる。どうやらこの姿勢で進むようだ。
「竜は三匹いるから、一頭に二人乗るって事ですよね? 私、竜なんて乗ったことないんですけど、イケるんですか!?」
言葉は不安そうであるが、顔は期待に満ちあふれ、キラキラと輝いているベアリスの言である。『いろいろなものを経験したい』そう公言する彼女は『竜に乗る』という経験ができるのが楽しみで仕方ないのだ。しかし確かに経験もないのにいきなり竜になど乗れるものなのだろうか。リズは目の前にいる竜の背中をなでながらベアリスの言葉に応える。
「問題ない。他の二匹はこいつ、リーダーのベルネについてくる。俺がこいつを操っていればおまえ達は、落ちないようにだけしてればいい。試しに乗ってみるか」
リズがそういうとベアリスは一層目を輝かせて頷いた。もう好奇心を抑えきれない、といった表情である。リズは満足そうにその笑顔を見た後、奥の方にいた竜に手招きをすると、すぐにその竜は近くまで寄ってきた。随分と慣れているのが見て取れる。
「バッソー、座れ」
「え?」
「ん?」
疑問の声を上げながらもバッソーはその場にちょこんと座る。リズは首を傾げてバッソーに尋ねた。
「なぜそんなとこに座る」
「え……? 座れって……」
二人がかみ合わない話をしていると、寄ってきた竜がその場に腰を下ろした。
「もしかして、その竜が『バッソー』って名なのか?」
グリムナのその問いかけに、リズはこくりと頷いてから答える。
「その通りだ……コントラ族の言葉で『おっぱい』という意味。コイツは、俺が子供のころから育てた竜。子供のころ、おっぱいのように柔らかかった。俺が名付けた」
「わしの名前そんな意味なの……」
「よかったじゃないですか、バッソーさんにぴったりの意味ですよこの変態」
ヒッテは容赦なくバッソーを攻撃するが、彼がまんざらでもなさそうな表情を見せると、途端に嫌そうな表情に変化した。そんな二人を放っておいてグリムナは竜を見上げる。近くで見るとなかなかの迫力である。
彼の脳裏には不安がよぎった。斥候として出すのは、フィーではなくバッソーの方がよかったのではないのか。こんな巨大な竜に老人を乗せて砂漠越えをするなど、少し無謀だったのではないのだろうか、そう考え始めていたのだった。
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