第97話 世界樹の守り人
結婚相手を連れてきた……確かにそう言った。フィーの母親であるメルエルテがそう言ったのならば、当然連れてきたというのはフィーが、であろう。
そして、思い返してみれば最初に「連れてきた」とは、グリムナのことを舐めるようにじっくりと見てから言っていたような気がするのだ。ということはつまり。
「俺が……フィーの結婚相手、ということ……?」
凄まじく嫌そうな表情をしながらグリムナがそう呟いた。本っ当に心の底から嫌そうな顔である。グリムナが反論しようと口を開きかけたところを、フィーが制した。
「待って、私から言うわ……私の母が迷惑かけてゴメンね」
そう言ってウィンクしてからメルエルテの方に向き直った。
「……お母さん……グリムナは女に興味なんて……」
「シャラップ」
何となくそうなるような気はしていたのだ。喋りかけたフィーを即座にグリムナが止める。
「もうお前は黙ってろ。俺から話す」
今度はグリムナがメルエルテの正面にまわって話しかける。
「メルエルテさん、俺達は一つの目的があって一緒に旅をしているだけで、別にフィーさんと結婚するだとか、そう言う対象じゃないです。そもそも婚約者を連れてきたなら後の二人はなんなんですか……」
グリムナはそう言ってちらりとバッソーとヒッテの方を見る。確かに婚約者を母親に紹介しに来たならぜんぜん関係なさそうな子供と老人がいるのは不自然である。
「ヒューマンが二匹くらいいようが誤差みたいなもんでしょうが……」
メルエルテがぼそっとそう言ったが、これにはなんと返せばいいのか全く答えが見つからなかったため、グリムナは聞こえない振りをした。やはりこの子にしてこの親あり、メルエルテもナチュラルに人間を見下してくる。
「別に他に目的があろうが無かろうがどうだっていいわよ。あなたはフィーのことをどう思ってるのよ? ホラ、この子私に似て外見だけはいいじゃない? 憎からず思ってないの?」
メルエルテはニヤニヤと笑いながら肘でグリムナをつついてくる。確かにフィーもメルエルテも、大層な美人ではある。しかし「どう思ってる」と言われてもグリムナはフィーのことは質の悪いトラブルメーカーとしか思っていないのだ。
この女のせいで世界中の冒険者からケツを狙われる羽目に陥ったのだから仕方あるまい。
「いや、フィーもまだ若いんですし、なんでそもそもそんなに結婚させようと躍起になってるんですか?」
『フィーの事をどう思うか?』あえてそこには全く触れずにグリムナが逆に聞き返す。答えにくい質問には質問で返す。
「なんでって……そりゃあこの子の将来が心配だからに決まってるじゃない! 特に仕事するでもなく外に遊びに行くでもなく、日がな一日部屋にこもってホモ小説ばかりカリカリカリカリと、結婚するなり私の仕事を継ぐなりして親を安心させるのが子の義務ってものじゃないの!」
昔っからそうだったのか、と思いつつもグリムナは今のセリフの中で少し気になったところがあり、そこを聞いてみることにした。
「まあ、さっきメルさんが言ってた通りフィーは美人ですし、結婚については急ぐことないと思いますけど、ところでその継ぐ『仕事』って何なんですか? もしかしたらその『仕事』が嫌で逃げてしまったんでは?」
グリムナにPIL〇Tの幼児向けの知育人形の様な呼ばれ方をされて一瞬メルエルテは表情をゆがめたが、すぐにこの問いに答えた。
「フィーから聞いてないの? 世界樹の守り人よ」
聞いていない。そんな話はフィーから一度たりとも出ていないのだ。全員がフィーの方を睨んだ。世界樹の守り人が、フィーの母親であった。しかもそれは、グリムナ達のこの北の地への尋ね人でもあるのだ。つまり……
「つまり……もともとここを訪ねてきた目的の人が、フィーの母親ってことか……一言もそんな話聞いてないけど……」
「そうなるのう……」
特に厳しい視線をグリムナとバッソーが送るが、フィーは半笑いでこれに答える。
「あ、あはは……言ってなかったっけ? まあ、世界樹の守り人って言っても私のお母さんとは限らないしさぁ……」
そんなに大勢守り人がいてたまるか。
「え、なになに? あんた達私に用があってきたの?」
メルエルテに聞かれてグリムナが説明をした。南の地母神の神殿の近くでレイスに襲われたこと。そしてその際にヒッテが腕を掴まれて呪いを刻まれたために、バッソーに聞いて呪いや魔術に詳しいという世界樹の守り人を訪ねてきたこと。
ヒッテが袖をまくって手首を見せる。手首にはやはりまだ掴まれた手の跡が黒く残っており、そこからかすかに黒いもやの様なものが上がっていた。時が過ぎれば良くなる、という類のものではなさそうである。
「ふぅん……なるほどねぇ……」
メルエルテはふむふむと言いながら痣をじっくりと見ていたが、あまり関心が無さそうでもある。そのリアクションにグリムナは少し雲行きの怪しいものを感じた。当然、彼女からすれば全くの善意でこれを診てやる義理などないからだ。
「この子は、あんたの妹かなんか?」
「えっ? いや、違いますが……」
正直に答えたものの、グリムナは少し「こいつはしくじったかな」と考えた。メルエルテがグリムナをフィーの婿に、などと考えているなら「妹だ」と嘘でも言うべきだったかと考えたのだ。
果たしてグリムナの危惧した通り、メルエルテは興味のなさそうな表情のままヒッテの手首を離して、そっぽを向いてしまった。
「なんだかなぁ~、これ診てやって私になんか得あるのかなぁ、って」
しかしこれは彼女を責めることはできない。現代日本の感覚でいえば極めて打算的、自分勝手な態度に見えるが、生活環境の厳しい時代ではすべての行動を『損』『得』で考えるのは当然の習いである。
現代の日本よりもずっと『死』が身近にある世界である。自分の『得』になるように動かねばそれがいずれ『死』を呼び寄せる可能性が高いのだ。誰もそれを責めることはできない。どちらかと言えば誰でも助けるグリムナの思考の方が異常なのである。
「もちろん、大事な娘の婿だっていうなら話は別だけどなぁ~……娘が仕事を継いでくれるっていうならなあ……」
ちらちらとグリムナとフィーの方を見ながらメルエルテはそう言う。世の習い、とは言えども底意地の悪い女である。
「そうケチなこと言わないでよ、お母さん……仕事だって、あんな楽な仕事私がやらなくても誰かが継いでくれるでしょ……」
フィーが何とか母を宥めようとしたが、この言葉を聞いた瞬間メルエルテの表情が険しくなり、フィーの頬に平手を打ったのだった。
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