第349話 ○ックスしないと出られないダンジョン
「ここが最奥部だな……」
グリムナが参道のようにかがり火の台座が続く、その奥の部屋の敷居を慎重にまたいで部屋に入る。
ここまでベルドの足跡を頼りにダンジョンを奥に進んで来た。
遺跡に残るただ一つの人間の足跡、行きではなく帰り。その最新の足跡と反対方向に歩いていけば遺跡の最奥部にたどり着くはずである。途中何度かリザードマンやコボルトに遭遇したものの、ある時はやり過ごし、または戦闘で追い払い、ようやくこの最奥の玄室にたどり着いたのだ。
「わあ、結構広いわね……暗いなあ……かがり火の台座って使えないのかしら」
グリムナの陰に隠れるようにしながら、フィーも恐る恐る部屋の中の様子を窺う。
「油か松明でもないと無理だろう……あまりその辺のものに触れないようにな」
グリムナがそう注意するとフィーは少し頬を膨らませるようにして不満をあらわにした。子供ではないんだからそこらのものに軽はずみに触れなどしない。むしろ今一番子供っぽくはしゃぎまわってるのはグリムナの方なのだ。
「すごいな……一面に壁画が刻まれてる……これは竜か……? ちょっと、フィー、あんまり引っ張らないで」
玄室の中を目を輝かせながら歩き回る腕にフィーはしがみつくようにして引っ付いている。玄室の持つ独特な雰囲気が恐ろしくて彼の傍を離れられないのだ。
この玄室に来るまでの壁画と、この部屋のそれで気づいていたが、やはりここは竜に関係する遺跡ではあることは確かだ。
しかし
「やはり『玄室』だ。この棺に、おそらくは墓……遺跡の主が眠っているんだな」
そう言いながらグリムナは部屋の中央、少し奥よりにある棺に歩み寄っていく。しかしそれをフィーが腕に抱きつくようにしながら引っ張って止める。
「ちょ、ちょっとグリムナ、その棺って死体が入ってるんでしょう? 何するつもり? やだよ、こわいよ」
彼女の豊満な胸が自然とグリムナに押し付けられるが、そんなことお構いなしにグリムナはフィーを引っ張って歩いていく。
「何百年も前の、人々に忘れられた遺跡だ。別に何も起きないって!」
そう言ってグリムナが棺に触れた時だった。ゴォン、と音がしてから何かがドスンと落ちた。二人がそれに驚いて振り向くと、先ほど入って来た玄室の入り口、そこにがっちりと岩戸がはまっていたのだ。
「え? ……今ので……閉じ込められた?」
「ちょ、ちょっと! やっぱり触ったらダメだったんじゃん! 閉じ込められちゃったわよ、グリムナ!!」
さすがにこれにはグリムナも焦ったのか、入口の方に駆け寄って岩戸を調べるが、しかしつぶさに調べるまでもなく、その岩戸に大きく文字が書かれたいた。
― 〇ックスしないと出られない部屋 ―
「な……なにこれ……」
半笑いでそう言うフィー。対照的にグリムナは沈黙したまま黙っている。右手を顎に当て、左手で右ひじを支え、自分の身体を抱え込むようにして殻にこもり、目をつぶって冷静に思考をまとめる。『沈思黙考の構え』である。
そうしてしばらく黙っていたが、どうやら何かに思い当たったようであり、両手を下ろして目を見開いた。
「メルさんの仕業か……」
「はえ?」
『えっ!?』
……一人分多くの声が聞こえた。
「ちょっといいか?」
グリムナは一言断ってフィーのつけているウェストポーチをごそごそと漁る。小さい声で「あった」と呟いてその中から一枚の紙きれを取り出した。それは何やら小さい魔法陣と呪文の書かれた、呪符であった。
「え? 何これ、いつの間に? 誰が私の荷物に……」
「だから、メルさんだろ」
『くっ……なんで分かったのよ……』
もはや隠すことは無意味と悟ったか、堂々と呪符から声が聞こえるようになった。
「なんでもなにも。この遺跡の持ち主は文字を持たない文化の人間だ。そこに急に『〇ックスしないと出られない部屋』なんて書かれてたらあからさまに怪しいだろうが」
「ええ? でもそれだけでお母さんが犯人って、分かるの?」
「騎士団領に入ってからここ数日行動が怪しかっただろう。多分俺達とは別に情報を集めてたんだ。それでベルドが向かった先を割り出して目当ての遺跡に先回り、玄室に仕掛けを作ったんだろうな。一人でできる量とは思えないから協力者がいるかもしれない」
――――――――――――――――
「どどどど、どーするんスか!? 黒幕どころか協力者の存在までバレてるじゃないスか! 作戦失敗スよ!」
「静かに! 協力者の存在までは分かっても、それが
(それも相当ヤバいと思うッスけど……)
「とにかく黙ってて! 私が何とかする!」
――――――――――――――――
「なあ、メルさん! もう全部バレてるんだ。何人協力者がいて、それが誰なのかもな。こんな下品な部屋早く開けて外に出してくれ」
当然グリムナのこの言葉は大嘘である。自分を大きく見せて揺さぶりをかけているのだ。しかしメルエルテも阿呆ではない。バックにヴァロークがいると察していればこの程度のリアクションで済むはずがないと理解している。
彼女はあえて余裕綽々の態度でこれに返す。
『フンッ、よくぞ見破った。だが事態は何も改善していないぞ。いいか、その部屋にかけられた魔術は、さる高名なエルフの魔術師が……』
「お前だろ」
『まだ途中! とにかく〇ックスしないと出られないの! おとなしくフィーに種付けしな!! 他の方法じゃ絶対そのドア開かないからな!!』
演技がかった大仰な声で言いたいことだけ言うと、それっきり呪符からは全く声も音も聞こえなくなった。地面に置いた呪符を挟んでしばらく沈黙する二人。
「でへへ……」
不意にフィーが鼻の下を伸ばして下品な笑顔を見せた。その顔を見て思わずグリムナはのけ反り、二歩、三歩と後ずさりする。「しまった」、フィーはそう思った。取り繕う様に言葉を重ねる。
「い、いや、私もね? こんな形で、その……まあ、アレをするのは不本意よ? ヒッテちゃんにも申し訳ないし。でもね?」
コホン、と軽く咳払いをして少し赤らめた頬のまま努めて冷静に話し始める。
「まあでも、出られないんだから仕方ないじゃない。ファックスするしか仕方ないじゃない! いい? よく聞いて、グリムナ」
ほんの少し、間を置く。彼女の中で考えをまとめ、そして、この部屋を出るための最善手を導き出すのだ。
「あなたは、暴力を、争いを嫌悪しているわ」
グリムナは無言で頷く。
「それでは争いの反対とは何か……それは、『愛』よ……」
納得いっていないようではあるがグリムナは無言のため、それを肯定と受け取って話を続けるフィー。
「『愛』とは、『平和』とは何か……それはすなわち〇ックス。……いい? ボノボという類人猿が存在するわ。人間の子供ほどの知能を持ち、取ったエサを仲間と分け合い、争わない平和なサル。彼らは、〇ックスを受精のための手段ではなく、コミュニケーションのためのツールとして使うの……」
グリムナはボーっと口を半開きで静かに聞いている。伝わっているのかどうか不安があったが、それでもフィーは言葉を続ける。
「そしてこのボノボの〇ックスには、もう一つ大きな特徴があるわ……」
「もう大体予想つくわ」
グリムナの茶々をものともせずフィーは言葉を続ける。
「ホモ〇ックスよ!」
「だろうね」
「つまり、何が言いたいかというと……あれ? 何が言いたいんだっけ」
〇ックスを重く考えることはない。愛と平和のコミュニケーションツールなのだ。という主張をしようとしたのについいつもの癖でホモの話題に誘導していたのだ。
「とりあえずあのババアの事は置いておいて部屋を調べるぞ」
「アッハイ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます