第369話 歓迎会

 コルヴス・コラックスの里はおおよそ予想した通りの規模のものであった。


 オクタストリウムに比べると湿度は高いが、熱帯雨林のようにむしむしするような環境でもない。せいぜい亜熱帯といったところか。そんな様子の森を切り開いてできた、山間の小さな村、そういった風情である。


 石造りのオクタストリウムの家とも、木造のターヤ王国の家とも違う。豊富にある木材を利用した家に、藁ぶきの屋根。屋根の素材はおそらく砂漠の遺跡でも見たオリザであろう。


 その家屋以外は特に大陸の他の村とも違いはない。引きこもっている村だからと言って特別文化が遅れているというわけでもないし、特別な風習があるわけでもない。

 まあ、これはほんの数十年前までは外の世界との連絡もあったのだから当然かもしれないが。


 グリムナ達は村の中のニブルタが住んでいる家の隣の空き家に案内され、そこでとりあえずしばらくは滞在することにした。


 少なくとも十年ぶり以上の余所者なのだから物珍し気に見られるだとか、敵意を向けられるだとか、そんなことがあろうかと身構えていたのだが、そんなこともなく、ただ、顔を合わせれば知らない村人も手を上げて「やあ」とあいさつをしてくる。なんとも自然体であった。


 その日の夜は村の中央の広場にみんなを集めて、焚火を囲んでささやかな歓迎会が開かれた。食料に限りがあるためか本当にささやかな集まりにフィーとメルエルテはぶつくさ文句を言っていたが、しかしグリムナは穏やかに受け入れられたようでホッと一息つく心持であった。


 しかしその歓迎会がまた異様だった。


 「何かあったのか」と問われればこれは否定することになるが、結論から言えば何もなかった。「何もなかった」のが異様なのだ。


 グリムナはてっきりヤーンの事について、ヒッテの事について根掘り葉掘り事情を聴かれることになると思っていた。入れ代わり立ち代わり違う人物に何度も同じ内容を話すことになるのかと、少しげんなりしていたのだが、二人の事について尋ねてくる村人は誰もいなかった。


 せいぜいがヒッテに「グリムナと夫婦なのか」「どうやって出会ったのか」と、年頃の女の子たちがキャーキャー言いながら聞いてくるくらいだった。


 そのたびにヒッテは真っ赤になって黙りこくってしまうので、そのリアクションを見てまたキャーキャー言うくらいである。やはり年頃の女性がかしましいのはどこの世界でも共通のようだ。


「ええ~、じゃあヒッテちゃんすごい大恋愛じゃないの! 自分の記憶を犠牲にしてまで彼のことを助けるなんて!」


「そ、そんなこと言われても、ヒッテにはその時の記憶がないので……」


「ヒッテちゃん! 失った記憶よりも今どう思ってるかよ! どうなの!? 改めて彼と愛を語りあったりしてないの? 今はどう思ってるのよ!」


 思わずグリムナも聞き耳を立ててしまう。正直言ってグリムナもそこのところが一番気になる。記憶が戻った時は勢いに任せて抱きしめてしまったが、拒否はされなかった。


 5年の時を隔てて出会ったヒッテは美しい少女に成長していた。5年前もそうであったが、絹のようにつやのある美しい、長い黒髪。前髪で目は隠れているものの、整った顔立ち、少し控えめな胸ではあるがしかし長旅によって鍛えられた無駄な肉のないしなやかな体に見とれない男はいないだろう。


 だがそれ以上にグリムナにとっては生死を共にし、危険な旅の中でも自分のことを思いやってくれる彼女の心根にこそ惚れていた。吊り橋効果と言ってしまえばそれまでかもしれないが、彼にとってはそれは唯一無二の存在なのだ。


「ちょっと! グリムナさんも聞き耳立ててないで何とか言ってくださいよ!」


 酒が入っているのか、村の女たちはグリムナにも絡んできた。


「男なんだから、しっかり女の子をリードしなきゃ! せっかく空き家を貸してあげてるんだから今夜あたりガツンとキメちゃいなさいよ!」


 なんとも遠慮のない言い方である。先ほど知り合ったばかりのグリムナ達にもゼロ距離で攻撃を打ち込んでくる。


「いや、俺は当然……その、ヒッテのことを……んむ、あ、愛し……いや、好き……」


 グリムナの言葉に女たちの黄色い歓声が上がる。


「キャー、初々しい! うちらの里じゃこんな言葉絶対聞けないわよ!」


「そ、そうなのか? 里の人たちは告白とか、プロポーズしないの……?」


「そりゃそうよ。うちらは以心伝心でみんなバレバレだもん!」


 たいそう盛り上がっているが、しかしベルドやフィー、グリムナのパーティーの人間はこの空気にすでに辟易としている。こんなことをしにこんな南の果てまで来たのではないのだ。「今夜くらいは我慢するか」とベルドはだんまりを決め込んでいるが、しかし自分の気持ちに素直なフィーは不満を率直に口にする。


「チッ、浮かれやがって、このオポンチ野郎が。ラーラマリアも草葉の陰で泣いてるわよ」


 死んでいないが。


 しかしラーラマリアの名が出ると、グリムナとヒッテの顔は暗くなった。グリムナの記憶が戻って以来、いつの間にかラーラマリアはその姿を消してしまった。たとえグリムナの記憶が戻ったとしても、彼女が何も言わずに姿を消すなど、まったくの予想外の行動であった。


「ヒッテは、ずっとラーラマリアさんのことをよく思ってませんでしたけど、でもラーラマリアさんも、実際に話してみると、ずっと誰にも理解されず、孤独に生きてきた寂しい人だったんです」


 ヒッテはグリムナの方に振り向いて言葉を続ける。


「ラーラマリアさんは、いったいどこに行ってしまったんでしょうか」


「正直言って、幼馴染ではあるけれど、俺はあいつのことは何も分からない。何を考えてるのかも……ただ、思いつめやすい性格だから……」


「かぁ~、出ましたよお母さん。もてる男はつらいっすね

ぇ~」

「このハーレム童貞男調子乗りくさってるわね。今に痛い目見るわよ」


フィーとメルエルテが露骨に嫌そうな表情をする。しかし確かにここ最近ハーレム展開で調子に乗っていた節はある。


「しかしまあ実際のところ……」


 それまで沈黙を守っていたベルドが口を開いた。


「いずれラーラマリアは見つけ出さにゃならんのは事実だ

 あいつが、エメラルドソードを持っている限り、な……」

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