第370話 ほら吹き親父

 歓迎会の終わった後、日付も変わった夜半過ぎ。ベルドは寝る少し前にグリムナに話しかけた。


 彼が言うには「無理言って連れてきてもらって悪いが、自分は自分で調べたいことがある」のだそうだ。グリムナはこの申し出を快く了承したが、メルエルテは不満顔であった。


「あの男本当に信用できるの? 元暗黒騎士なんでしょ? 暗黒って……! 悪人か中二病のどっちかよ!」


「いや、暗黒騎士ってのは通称で、自分で名乗ってたわけじゃないから。っていうかなんでそんなに疑うの……なんか確かな根拠でもあるの?」


「だってあいつ悪人顔じゃない! 私やフィーの清い外見と比べてみれば一目瞭然じゃないの!」


 思わずグリムナは黙り込んでしまう。当然メルエルテの発言に納得したからではない。「少なくともこのパーティーで一番の悪人はテメーだよ」という気持ちからである。


 そもそもヒッテとフィーはグリムナの記憶を取り戻し、そしてともに竜の復活を阻止するか、竜を倒すという目的を共にしているのだが、このババアはなんなのか。それがグリムナには分からない。


 分からないのだが、よこしまな考えを持ってついてきているということだけは分かっている。分かっていても、それでも相手を頭ごなしに否定できないのがグリムナの弱さでもあり、そして同時に強さでもある。


 メルエルテは誰にも聞こえない小さな声で独り言ちる。


「くっそ、どいつもこいつもイラつくわ。レイティの奴だって、お目当てのラーラマリアを手に入れたらそれでおさらばだし……そもそもフィーはヤる気あるのかしら……!!」



――――――――――――――――



 次の日グリムナは少し陽が高くなってから目覚めた。旅の疲れもある上に、さすがに昨日の宴会が少し堪えたようである。


 ここに滞在する間はニブルタが食事の面倒は見てくれるという事でヒッテ、フィー、メルエルテを連れ立って彼の家にお邪魔した。ベルドは既に家を出て聞き込みなのか、村の様子を見るのか、とにかく外出している。


 朝食も昨日の宴会と同様質素なものであった。オリザと山菜のと後はちょっとした漬物。麦とオリザの違いはあるものの、グリムナにしてみれば、慣れ親しんだ寒村によくある食事だ。


 食事も終わって一息ついて水を飲んでいると、ニブルタが口を開いた。


「それで、里には何をしに? まさかヤーンの遺骸を届けに来てくれただけではないだろう。に……」


 『こんな時期』というのはもちろん竜の復活も近い時期に、ということである。グリムナは口を開こうとしたが、しかしいったい何から聞けばよいのか分からない。


「聞きたいことはいろいろあるんですが……そうですね、まずはリヴフェイダーから聞いた話、あなた達は一万年ほど前にこの大陸に来た、普通のヒューマンとは違う種だと聞いたのですが……一体何者なんですか?」


「リヴフェイダー……トロールから聞いたのか」


 人ならざるあやかしのもの、その名を知っているのは少し意外であったが、神秘的な雰囲気を匂わせるコルヴス・コラックスに於いてはそれも自然なことに感じられた。


「一万年ほど前、ニブルタ達は大きい船で新天地を求めてこの大陸に渡って来た。船頭の名は『カラスのフローキ』という男だ。髭の大男で家族を大切にする、おおらかな男だ。何か起こるとすぐにパニックになるのが玉に瑕だが」


 そう言ってニブルタはハハハ、と笑った。一万年も前の事をまるで見てきたかのように言う。


「フローキは新天地を求める際に三羽のオオガラスを連れていた。陸の見えない場所でカラスを飛ばすと、一羽は出発した島に帰っていき、一羽は船に戻って来た。そしてもう一羽は海の向こうへと消えていった。その先に新たな島があるに違いないと踏んで、ニブルタ達はこの大陸を見つけた。ニブルタ達がコルヴス・コラックスオオガラスと名乗っている由縁ゆえんだ」


 なんとなく話の時制が曖昧になって来た。一万年前のはずの話を、ニブルタはまるで自分が経験したことかのように話している。


「ニブルタ達は歓喜した。肥沃な大地に豊富な水……ニブルタ達は思い思いの場所に遠征し、現地の人々と交流し、混じっていった……だが、純潔のコラヴス・コラックスは大陸の端から出られないでいた」


 出られないとは、なぜか? グリムナが訪ねるとニブルタは少し悲しそうな表情を見せた。


「戦だ……交流ではなく進出しようとすると、何かしら先住民ともめ事が起きる。『歌の秘術』もあり、連帯感も強いニブルタ達は戦えば強かった……しかし、『共感力』が強すぎるために、相手を傷つけることに抵抗があり、どうしても最後の最後で躊躇してしまう……人を傷つけるのが怖いんだ」


 そう言ってニブルタは震えるように自分の両手を見た。まるで戦った時の事を思い出しているかのようである。彼の話が確かなら、少なくともここ数十年は外の人間とは会ってもいないはずだが。



 『共感力が強い』……これはグリムナもリヴフェイダーから聞いていた話だ。簡単な例を挙げると、共感力が男性よりも強い女性は相手を肉体的に傷つけることに抵抗感を持つ。民族丸ごとでその共感力が強ければ、確かに戦の際には不利になる。


「結局ニブルタ達、純潔のコルヴス・コラックスは生活圏を広げることができずに、最終的にはこの森に引きこもり、今では結界まで張って隠れ住んでいる。おそらく、もう千年もすればニブルタ達は死ぬほかないだろう……」


 グリムナは真剣な表情でこの話を聞いていたが、フィーは渋い顔をして、グリムナに小声で話しかけた。


「グリムナ、ちょ、ちょっと……ヒッテちゃんも……あはは、ちょっとニブルタさん、私達、その……朝日を浴びてくるから! その、エルフは日の光を浴びて光合成しないと森林力が枯渇しちゃうのよ! ね、お母さん!」


 そう言ってニブルタを置いて家の外に四人で出て行った。ドアを閉めてからフィーはグリムナ達の方を振り向いて話しかける。


「どう思う? グリムナ」


「どうって……何が?」


 フィーは小さく「チッ」と舌打ちし、少し怒ったような表情で言う。


「あのホラ吹き親父の事に決まってんじゃん! あいつ信用できないわよ!!」


 この言葉にメルエルテも同意を見せた。


「私も同感ね。一万年も前の事をまるで見てきたかのように……ヒューマンなんて長生きしてもせいぜい80年ってとこでしょう? あいつ嘘ついてるか頭おかしいかのどっちかよ! もっとまともな奴に話聞いた方がいいんじゃないの!?」


 そんなことを言われても、グリムナは困ってしまう。まだこの村に来たばかりで他に知っている人間もいない。


「とりあえずは、ニブルタさんから話聞くしかないんじゃないんですかね? 話聞くだけならタダですし」


 ヒッテはとりあえず聞いてみよう、という姿勢のようだが、エルフの親子は気が済まないようだ。メルエルテが怒りを隠さずにまくしたてる。


「何がムカつくって、ヒューマンのくせに長生きづらしてんのがムカつくのよ! いい? 長生きってのはエルフの専売特許なのよ? リヴフェイダーは妖精だし、実際長生きしてるみたいだから仕方ないにしても、ヒューマン如きに上から目線でナガイキスト(長生きしてる人の意)面されて黙ってられないわよ!!」


 結局そこなのだ。


 格下だと思ってたヒューマンに『わては何でも知ってまっせ』という態度をとられるのが我慢できないのだ。


「人間が小っさいわ……」


 グリムナは小声でつぶやいた。

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