第371話 嘘つき村

 グリムナ達は遅い朝食兼昼食をニブルタに御馳走になった後、ぶらぶらと村の中を歩き回っていた。村人たちはあまり食糧事情がよくないこともあり、力仕事をするとき以外はほとんど一日に二食で済ませるらしい。


 結局ニブルタにはコルヴス・コラックスの簡単な歴史を聞いただけで話を切り上げた。


 グリムナはニブルタに対し「あまり長く話をさせるのも悪い」「他の村人達とも交流をしたい」と表向きの理由を話していたが、実際にはフィーとメルエルテがニブルタの話に対し嫌悪感を示したからである。


 「あの男の話は信用できない」


 過去の歴史、それも一万年前の話を聞いたのにまるで見てきたことのように、自分の経験のように話すニブルタに不信感を持ったのだ。


「絶対あの男ホラ吹き親父よ。他の奴に話を聞いてすり合わせをした方がいいわ」


 このパーティーで最もやる気のなかったメルエルテが妙に積極的である。


「とりあえずその辺の奴に話聞いてみましょう。グリムナ、そこのおっさんに声かけてみてよ」


「え……?」


 戸惑うグリムナ。このテンションならば自分で声をかけると思っていたのだが。


「いや、自分で声かけてくださいよ。せめて娘にやらせるとか……」


 グリムナはちらりとフィーを見る。


「え? む、無理よ! 知らない人に急に話しかけるなんて無理! グリムナがやってよ!」


 コミュ障である。


 メルエルテは「はぁ」と小さいため息をつき、諭すようにグリムナに話す。


「あのねぇ、私達エルフは北の森の奥に人知れず住む隠者ハーミットよ? いわば高貴なる引きこもり。知らない人に声なんかかけられるわけないでしょう? ましてや相手は野蛮なヒューマンよ? 噛みついてきたりしたら怖いじゃない!」


 噛まねーよ。そんなしょうもない話を堂々とするな。フィーがホモ以外の話題で人と話せないことはよく知っていたが、しかしその母親までもこんな奴だったとは。


「あ、ホラ! ヒッテちゃん、あの子、昨日の宴会でバカみたいに絡んできた知能の低そうな女の子じゃない? 声かけてみてよ!」


 そんな言い方があるか。しかしフィーの言葉に渋々ヒッテは二人で歩いていたその女の子に声をかけた。若干ウェーブのかかった黒髪の少女と、ストレートの髪をポニーテールにまとめている女の子である。歳はヒッテよりも少し若いくらいであろうか。


 コルヴス・コラックスの人間はヒッテとヤーンがそうであったように、黒髪の人間が多い。これは大陸の南部の人種とほぼ特徴を同じにする。それ以外の外見的な特徴は、はっきり言って無いに等しい。


 ヒッテが声をかけると、少女たちは年頃にふさわしい、明るく人懐っこい声で答えた。ウェーブの髪の方がイクルー、ポニーテールの方がサリッリという名前らしい。


「ちょっと、聞きたいことがあるんですが……」


 そこまで言ってヒッテは少し考え込んだ。メルエルテの指示ではニブルタの言っていたことのである。しかし、中年男性のニブルタが民族の歴史を知っていても不思議はないが、しかしこんな年若い少女が自分たちの民族の歴史など知っているだろうか? そこが少し気にかかった。


 事実ヒッテもこの年になって、グリムナに連れられて、殆ど偶然のような縁があってここに来ることがなければ、自分の出自などにはあまり興味は持たなかったからだ。


 しかし考えていても仕方ないと思って勇気を出して問いかけてみると、二人は意外にも饒舌に語りだした。


「イクルーはね、一万年前くらいに『カラスのフローキ』っておっちゃんが新天地を求めて海の向こうから渡って来たのよ」


 ここまではニブルタの言葉と一致する。しかし今度は『イクルー達』ではなく『イクルーは』と言った。『見てきたように話す』どころか、まるで『自分の事のように』話すのだ。


「おおらかで、すぐパニックになるのが玉に瑕のフローキだっけ?」


 若干呆れたような表情でメルエルテが訪ねるとイクルーはコクコクと頷いた。


「そうそう、でも、『玉に瑕』って、そこがかわいいんじゃない!」

「サリッリはフローキの弟のウェンレの方が可愛いと思うな~」


 やはりまるで一万年前の人間の事を自分の知り合いのことかのように話す。メルエルテとフィーはみるみるうちに不機嫌になっていった。


 その後彼女たちが話した内容はニブルタの話した内容と完全に一致していた。ところどころ、年頃の少女らしい、どうでもいい情報の脱線はあったものの、しかしニブルタの話と矛盾する内容は一切なかった。まるで示し合わせたかのように。


「でもね、イクルー達は戦争が得意じゃなかったから、結局この森に追いやられちゃったのよね。やっぱり戦争はイヤよ」

「そうそう。この森は退屈で仕方ないけどね。サリッリは外のお話が知りたいな~……ねえ、外のお話し教えてくれない? 経験したことでもお話でもいいから。恋のお話とか知りたいな~」


 これに食いついたのはフィーである。


「なかなか見込みがあるじゃない!」


 背負った袋をドン、と降ろし、数冊の本をゴソゴソと取り出してサリッリの前に押し付けるように差し出した。


「これは私の書いた恋愛小説よ! それも男同士の! クソ田舎の後進国にはないかもしれないけれど、やっぱり恋愛と言えば男同士なのよ! いい? 男女間の恋愛なんて所詮は子供を残すためのプログラムに過ぎないのよ! でもね、男同士の恋愛は違うの! それは真実の……」


 聞き取れないほど早口で喋りだすフィーに気圧されて、サリッリは後ずさりした。


「ちょ、ちょっと待って、それ、外の世界の『本』よね? サリッリは字が読めないから……」

「ぐ……田舎者め……」

「アハハ、イクルーは字を持たない文化だから! 文化がちが~う!」


 この言葉にグリムナは驚愕し、バッとイクルーに近づき、彼女の両肩を力強くつかんで叫ぶように問いただした。


「字を持たない? 読み書きができないじゃなく、字を持たない文化なのか!?」


「ちょ、ちょっとグリムナ、落ち着いて! 痛いよ!」


 イクルーの言葉にグリムナは冷静になって、自省し、自分の非常識な行動を恥じた。そこに出来た隙間に滑り込むようにフィーが入って来た。


「まあ、面白い話ならいっぱいしてあげるわよ。例えば、このグリムナは砂漠で脱水状態になった時にどうしたと思う? ケツの穴から汚水を飲んだのよ!」


 また自分をダシにあることないこと吹き込むつもりだな、とグリムナは表情を歪めたが、しかし彼女が場の空気を和らげてくれたことも事実だ。


「あれは傑作だったわよ! 脱水症状を起こしたグリムナを四つん這いにしてベアリスが水筒の飲み口をね……あ、ベアリスってのは北にあるターヤ王国の王女だったんだけど、こいつがまたとんでもない破天荒な女で……」


 そう言えば自分の中にない記憶を見てきたかのように話す女がここにもいた。

 意気消沈しているグリムナにメルエルテがちょいちょいと肩を叩いて呼び寄せた。二人について、ヒッテも寄ってくる。


「これで分かったでしょう、グリムナ……」


「ああ、やっぱりニブルタさんの言っていることと一致していた。やっぱり……」


「やっぱりこの村は『嘘つき村』よ!!」

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