第236話 情報戦

「どうだった? レニオ」


「やっぱりアタシ達が滞在していた場所の付近が怪しいわね」


 夜の闇の中、ローゼンロットの町。3メートルほどもある高い城壁を見上げながらレニオとグリムナが会話している。


 『高い城壁』と表現したものの、城の外周を囲む城壁として考えるとそれほど大きくはない。簡単にはしごをかけられて侵入されてしまう高さであるし、ジャッキーチェンぐらいの身体能力があれば道具を使わずとも超えられるくらいの申し訳程度の壁である。厚さもそれほどなく、これほどのサイズならば城門でない場所からも破城槌で穴をあけることができる。


 ここでは日常的に『城内』と言えばゲーニンギルグ戦闘大宮殿の内部を指すが、この宮殿の防御のキモは城壁などよりもむしろ内部の構造の複雑さにある。


 細い道が続き、乱雑に雑草が生えるように建てられた建造物群は侵入者を直進させない。この建物を城壁の様に破壊してまっすぐ進むことはできないだろうし、それは侵入者ではなく、おそらく軍隊が相手でも同じであろう。その上、細い道の両側にある、その建造物群からは道を進むものが丸見えになり、矢でも射かけられればひとたまりもない。


「レニオさんは城内のことはどれくらい詳しいんですか? ヒッテ達は裁判所の付近と宿泊施設くらいしか分からないですけど」


「ごめんね、実を言うとあたしもそれほど詳しいわけじゃないのよ。ホラ、ここってとにかく構造が複雑で見晴らしが悪いから。ちょっと気を抜くとすぐ迷子になっちゃうのよね。ラーラマリアなんていつも道が分からなくなるから外出するときは常に教会の人間に同行させてたくらいだから」


 レニオはにっこりと笑顔を浮かべながらヒッテの頭をなでてそう言う。ヒッテはそれが気に食わないのか、不満そうな表情を浮かべて手を払った。彼女からすれば子ども扱いされるのが気に食わないこともあるし、それ以上にレニオは恋敵でもある。レニオの方はそんなことは気にしていないようであるが。


「でも、普段の活動範囲が狭かったからこそ、ラーラマリアがフィーさんをどこに幽閉するかのおおよその見当もついてるの。あたし達の活動範囲内で人間を誰にもバレずに監禁できる場所となるとそれほど多くはないわ」


「人を監禁するとなると、誰にもバレずに実行し続けるというのは難しい事じゃろう。人は飯を食えば糞もする。ハムスターを飼う様にはいかんわい。そういった痕跡は完全に消せるものではない」


 バッソーの言うことももっともである。但し、そういった健康衛生面を全く無視しているのなら話は別であるが、それでもそれだけの大型哺乳類を押し入れでハムスターを飼育するようにはいかない。実際レニオもそこに着目してはいるのだ。


「その通りだと思うわ。そこでなんだけどね、少し気になった点があったのよ……」





「三バカトリオ?」


 グリムナはその名を聞いて思わず眉間を指でぐっとつまんで渋い顔をした。裁判所での苦い記憶がよみがえる。


「確かヒメネス枢機卿とか……なんかそんな名前の人たちでしたっけ? あの人たち本当に枢機卿なんですかね」


 どうやらヒッテも覚えていたようである。正直言って裁判所で会った時には『三バカトリオ』などという単語は一度も出てきたりはしなかったのだが、しかしそれでも『三バカトリオ』という言葉を聞いて連想したのはヒッテもグリムナもやはりあの三人組であったのだ。


 ベルアメール宗教裁判の異端審問官、ヒメネス枢機卿、ビグルス枢機卿、それにファング枢機卿。まさしく『三バカ』としか形容のしようのない連中であった。


「んで、その三バカトリオがどうかしたんかいのう?」


「炎上してるらしいの」


「炎上?」


 バッソーが思わず聞き返すが、しかしもちろん『炎上』とは家が火事になって燃えたとか、そういう事実を指し示す事象の事ではない。ここで言う『炎上』とは社会的な風評としての炎上という意味である。


「正直あのバカっぷりを見ていると今更あの三人が炎上しようとも何の不思議もないがのう」


 バッソーはそう言うがもちろんそこに何か感ずるところあってのレニオの発言である。


「ただの炎上ならね。でも詳しく話を聞いてみると、どうも不穏な内容なのよね」


「不穏な内容って、どういうことだ? はっきり言ってくれよ、レニオ」


 しかしレニオは何やら言い淀んでいるようで少しもじもじしているのか、気まずそうにしているのか、なかなか話したがらない。グリムナに言いたくないような内容なのか。グリムナはレニオの両肩を掴んで正対し、答えを促す。


「なあ、お願いだ何か言いにくい事があるのかもしれないが、それでも俺は知らなきゃいけないんだ。元々人間に関係のないエルフであるあいつをこの冒険に巻き込んでしまったのは俺だ。俺に責任があることなんだ。お願いだ……話してくれ」


 しかし両肩を掴んで、顔を近づけて話すグリムナに、レニオは一層言い淀んでしまう。あまりに顔が近づきすぎたせいか、むしろ顔を赤くして目を逸らしてしまった。


「ずるいょ……そんな言い方……」


「近い!」


 ヒッテが怒ったような様子でグリムナを蹴って距離を取らせる。


「……その、三バカトリオがエルフを監禁して、性的拷問を行ったっていう噂なのよ……」


 カシャーン、とガラスが割れる音がした。グリムナが振り向くとバッソーが驚いたあまり持っていたグラスを落としていた。手がわなわなと震えている。


「そ、そんな……ワシらの仲間に……なんてひどい事を……」


「え? いや、あんたさっきまでグラスなんて持ってなかっただろ」


 グリムナが即座に突っ込むが寸劇は終わりそうにない。確かにさっきまではグラスなど持っていなかったから、話を聞いた後驚きの感情を演出するために荷物からグラスを取り出してわざとらしく落として割ったのだろう。そもそもなんで街中でグラスなど持っているのか、余裕のある驚き方である。


「グリムナは心配じゃないんですか。フィーさんが今も肉欲レイプされて妊娠確実中出し絶頂射精されてるかもしれないっていうのに!」


「なんなのその妙に語呂のいいカンジの性的拷問は? そしたらメルエルテさんが喜ぶんじゃないの?」


 ヒッテもグリムナを責めてくるものの、なんか妙に三人が連携が取れている感じで気味が悪い。


「見損なったよグリムナ、こうしてる今もフィーは拷問、それを聞いてもお前意気揚々、こんな奴だなんて思わなかったYOYO」


「なんで韻を踏むの?」


 突然ラッパーと化すレニオ。


「なんなの? ていうか自分らの心配の仕方の方が随分余裕がある感じがするんだけど?」


「ああ、グリムナが無関心なせいで……こうしている今もフィーさんは交尾専用ドスケベボディとして肉欲性奴隷に落されていく……」


「なんなのヒッテ? そんな言葉どこで覚えたの? これ俺が悪い流れなの?」


 グリムナは疑問の言葉を口にするが、しかしまともな答えは返ってこない。ただひたすらに聞いたこともないような、フィーの淫猥さを主張するような新語、造語をヒッテは話し続ける。時々悪ふざけをすることはあるものの、しかしそれはまるで普段のヒッテとはかけ離れたものの様に感じられた。


「これは……!! まさか……ッ!!」


 グリムナが冷や汗を額に浮かべる。


「攻撃を受けている……!! 何者かの……ッ!!」

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