第346話 人生で一番つらかった事
「この辺りだな……確かにここらの岩盤はただの岩じゃない……人工物みたいだ」
「そうだ。南の遺跡の話したら、『見に行く』、言ってた」
グリムナの問いかけにリズが答える。リズはいつも通りのターバン、グリムナはフード付きのマントを日よけに被っている。
ヒッテ達は同様にマントを羽織ってはいるが、少し離れた場所の岩陰で、彼らの乗って来た走竜とともに休んでいる。遺跡は陽の当たる場所にあり、いくらマントで直射日光を避けたとしても長時間は行動できる場所ではない。
「カラスのレリーフか……リズ、この辺りってカラスっているのか?」
「カラスは、どこにでもいる。砂漠でも、時々いること、ある」
しゃがんで、地面の岩に刻まれていたレリーフを調べていたグリムナの視線に合わせて立て膝をつきながら答える。
「このくそ暑いのによくやるわねぇ……男ってこういうの好きよねぇ」
北部のエルフにはこの暑さが堪えるのか、それとも年齢的に体力が続かないのか、メルエルテは完全にグロッキー状態で地べたに座り込んで二人を眺めている。
「出発には間に合ったからよかったものの、お母さん何日も一体どこ行ってたのよ」
「うるさいわねぇ、プライベートなことに答える義理なんかないわよ」
「親子なのにプライベートって……お母さん更年期障害で気持ちが不安定なんじゃ……」
「誰が更年期障害よ! めちゃめちゃ現役やっちゅーねん!」
メルエルテの言葉にフィーは鼻で笑って返す。
「本当? 更年期どころか閉経してるんじゃないの? だから焦って私に子供作らせようとしてるんじゃない?」
「はぁ!? ケンカ売ってんの!? いいわよ! あんたにその気がないってんなら孫なんかもうどうでもいいわ! 私がもう一人作ってやろうじゃないの!! グリムナッ!!」
メルエルテは尻を地面につけたままグリムナを呼びつけ、後ろに手をついて足を開く。呼びつけられたグリムナは迷惑そうな表情で顔だけを彼女の方に向けた。
「ヘイッ! カマン! 来いよグリムナッ!!」
猪木アリ状態である。
「ただのカラス、ちがう。オオガラス」
「え?」
グリムナはメルエルテは無視してリズの方に振り向いた。
「尾羽の形、違う。ここにはあまりいない、オオガラスの形」
「オオガラス? カラスと違う種類なのか?」
「普通より大きい。導く鳥。呼び名変えてカラスと区別つけることもある。レイヴン、コルッピ、コルヴス・コラックス……」
「コルヴス・コラックス?」
思わずグリムナが反応した。旅の道中でフィーやヒッテから聞いた話。その中で確かにその単語は重要な位置を占めていた。
「ヒッテ! ちょっと来てくれ!!」
グリムナがそう声をかけるとラーラマリアと二人並んで座っていたヒッテは立ち上がって彼のもとに駆けていった。遺跡の前で何やら話をしている三人をラーラマリアは座ったまま穏やかな表情で見つめている。
そこに話の通じる状態じゃなくなったメルエルテを放置してフィーが腰を下ろした。
「ねぇ、あなた本当にヒッテちゃんからグリムナを奪おうとか考えてないわけ? ヒッテちゃんを亡き者にしようとか、考えてないの?」
ラーラマリアは相変わらず穏やかな表情のまま答える。
「グリムナが気の置けない人と思ってる人を亡き者にしようなんて思わないわ。……それにほら、二人を見てると、家族みたいじゃない?」
フィーは彼女の言葉に、改めて二人を見る。実を言うと二人を見て『兄妹』や『親子』のようだ、とは彼女も以前に感じたことがある。
黒髪にブラウンの瞳という特徴の一致もあるが、それ以前に記憶を失う前のグリムナは常にヒッテを庇護するように扱っていたからだ。
しかしそれを口にするという事は、ラーラマリアは既に二人の間には入れない、とあきらめていることなのだろうか。そう考えてラーラマリアの方に視線を戻すと、彼女は二人を見つめたまま口を開いた。
「私とグリムナに子供がいたら、あんな感じなのかな? って……」
「ん?」
一瞬何を言っているのか分からず考え込んでしまった。
(え? 子供? ……って、ヒッテちゃんとグリムナ、そんなに歳違わないと思うんだけど……)
そう。5年前の時点でヒッテがまだ小さかったので兄弟のようにも見えたが、しかしグリムナが例の白い部屋に閉じ込められていたため、体格差はあるものの、二人の外見的年齢はほとんど変わらない。
さらに言うなら5年前の時点でも二十歳前後のグリムナ達と12歳のヒッテでは『親子』というにはかなり無理がある。
しかしフィーの困惑をよそにラーラマリアは言葉を続ける。
「この1か月ほど一緒に旅をしてるうちに、なんかヒッテちゃんが自分の子供みたいな気がしてきて……」
(こいつ……脳みそガバガバやんけ……)
「だからね……このパーティーは私にとって『家族』なの。私が欲しくても、手に入らなかった、暖かい家族の団欒、それがこのパーティーなの」
そういえば、トゥーレトンのあの騒ぎでも結局ラーラマリアの家族は姿を現さなかったな、と少しフィーは複雑な表情になる。
「グリムナが夫でヒッテが子供、メルエルテは母親、フィーは……まあ……居候でニートの親戚のおばさんってところね」
「なんか私の扱いだけおかしくない?」
とりあえず害意はないと分かったものの、なんとなく彼女が怖くなってフィーは立ち上がり、グリムナ達の方に、状況を聞きに近寄っていった。
フィーもいなくなると、今度は入れ代わり立ち代わり、メルエルテが彼女の横にどかりと座り込んだ。
「幸せそうな表情してるわねぇ。あんたこの生活になんか不満とかないの?」
「不満?」
「そ。不満。アンタあのヒョロ坊の事が好きなんでしょう? 足が臭いとか、オナホ扱いされるとか、態度が偉そうとか、なんかあるでしょう? 男なんて所詮女を都合のいい道具くらいにしか思ってないんだから」
「不満……不満かぁ……」
そのまま腕を組んで考え込んでしまう。本当に何もないというのか、その考え込む姿にメルエルテはある種恐怖さえ覚えていた。
「最近……野菜不足のせいか、指のささくれがひどくて」
「グリムナ関係ないじゃない!!」
「や……でも、本当に最近毎日が幸せで幸せで、多分このまま生きていくと、私は人生の最後に何がつらかったか聞かれたら『指のささくれがつらい人生だった』って答える事になると思うわ」
(マジか……最大限つらい事が指のささくれか……ッ!! こんなハッピーな脳みそしてたのかコイツ。あの女から聞いた情報とまるで違うぞ……)
露骨に狼狽えていたメルエルテであったが、しかし気を取り直して余裕の表情を無理やりに作り、ラーラマリアに一言だけ話しかけた。
「付き合いきれん……ちょっと私も遺跡がどうなったか見て来るわ」
そう言ってメルエルテが立ち上がってフードをかぶり、グリムナ達の方に歩いていくと一人残されたラーラマリアは座ったままの姿勢で静かに笑い、そして少しだけ寂しそうな表情を見せた。
「……この幸せも、いつかは終わる時が来るのね……」
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