第347話 叙述トリック

「確か、ヒッテの一族の名前が『コルヴス・コラックス』だったよな?」


「そうですね、この遺跡と何か関係が?」


 先ほどリズから聞いた話。『コルヴス・コラックス』とはオオガラスの別称であるという事実。そして遺跡に記されたオオガラスのレリーフ。


「関係があるかどうかは分からないが、もっと調べたいな。この遺跡、どこかから中に入れないのかな……手分けして入り口を探そう」


 この地下にうずもれた遺跡がある、それはグリムナにとって半ば確信に近いものがあった。


「普通の地域でも、たい積する土砂や塵により、古い建物や遺跡は沈んでいく。この砂漠ならばそれは一層激しくなるはずだ。最悪入り口を探すんじゃなく発掘になるかもしれないけど……」


「このくそ暑い中発掘? 死んじゃうわよ、冗談じゃない」


 露骨にメルエルテが嫌そうな表情をするが、正直言って他の面々もそんな作業をやれるわけがない、という意見では一致している。


 実際ベルドはここで何かを見つけたはずなのだから、おそらくは入り口か、それに準ずるものがあるはずなのだ。


「ねぇ、そっちのフィーの後ろの方にある岩が不自然じゃない?」


 メルエルテの言葉にグリムナが視線を移し、フィーの後ろにある岩を見る。


「妙だな……他と違いがあるようじゃないのにあそこだけ砂が積もってないな」

「え? ホントだ」


 フィーとグリムナを先頭に他のメンバーもゆるゆるとついていく。岩が折り重なったようなその場所は確かにグリムナの言うとおり砂が全くたい積していなかった。


「頃合いかしら」


 誰にも聞こえないような小さい声でメルエルテがそう呟く。一方グリムナは岩の上にフィーと一緒に立って辺りを見回す。


「確かに不自然な……おわっ!?」


 二人の立っていた岩場が崩れて二人が地面に空いた大穴に岩と共に崩落していったのだ。どうやら中は空洞になっていたようで、地面に空いた大穴の、さらにその先に二人が転んでいるのが見える。どうやらお目当ての遺跡の内部に入り込んでしまったようだ。


「グリムナッ!!」


 最後尾にいたラーラマリアが慌てて駆け寄ろうとするが、その時グリムナはフィーの襟首を掴んで「危ない」と叫んで彼女を奥に引っ張った。その瞬間さらに崩落が重ねて起き、地盤沈下した穴の先に転がり落ちた二人を覆い隠すように蓋をしてしまったのだ。


「クソッ!」


 ラーラマリアがそう叫んで腰のエメラルドソードを抜く。たしかに今までもモルタルなどの壁を苦も無く切り刻んでいるこの剣ならば固い岩でも破壊して二人を救出できるかもしれないが、それをメルエルテが止めた。


「待ちなさい! 下手に刺激すればさらに崩落を起こしかねないわ! そうすれば今度こそ奥にいる二人が落盤に潰されるかも……」


「クッ……」


 ラーラマリアは剣を取り落とし、崩落した岩場の前にひざまずき、そして歯を食いしばったままぽろぽろと涙をこぼした。


「こんなっ……こんなことなんて……こんな終わり方ッ!!」


「お、落ち着いて、ラーラマリアさん! 崩落は限定的です。地下の空間でまだ二人は生きてるはずです!!」


 ヒッテが取り乱すラーラマリアを落ち着けさせようと抱きしめて慰める。ラーラマリアは幼子のようにひたすらに声を上げて泣いていた。


「少なくともまだ、二人は生きてるわ」


 崩落した岩に手を当て、メルエルテがそう呟いた。


「魔力を放射状に発して反射を見ることで生物反応を確認できるわ。少なくとも今は二人とも大きなけがもなく、無事よ」


 それでもラーラマリアはまだ泣き止むことはない。彼女の頭をなでながらヒッテはリズに語り掛ける。


「リズさん、下の遺跡の大きさはどのくらいか分かりませんか? どこかから入れないんでしょうか」


 しかしリズの返答は色よくないものであった。


「知らない。中に遺跡があること自体、初めて知った。誰からも、忘れられた遺跡」


 当然である。知っているのならば先ほどグリムナが遺跡の入り口を探し始めた時にその場所を教えたはずである。


「ああああ、グリムナ……」


「落ち着いて、ラーラマリアさん。皆、一旦岩陰に移動して休憩しましょう。冷静になって、一旦策を練りましょう」


 そう言ってヒッテはラーラマリアを立たせると、岩陰に引きずるようにして連れて行った。ラーラマリアは涙にぬれた瞳で崩落個所を眺める。


「こんなことなら、昨日のうちに世界が終わっていれば……こんな哀しい思いをせずに済んだのに……」



――――――――――――――――



「い、いててて……」


 グリムナが目を開けると、そこは真っ暗な空間であった。


「くそ、真っ暗だな……岩が崩れて、地下の空間に滑落しちゃったのか」


 周りをきょろきょろと見渡すが全く光がない。そこでふと一緒に崩落に巻き込まれたフィーの事を思い出した。彼女は無事だろうか。嫌な汗が背筋を伝う。


「フィー、近くにいないか? 無事か?」


「わ、わたしなら……ここよ……」


 怪我でもしているのか、すぐ近くで小さい声が聞こえた。荒い息遣いなどはしていないので少なくとも重篤な怪我などはしてなさそうだ。


「フィー、そっちか? 魔法で明かりは出せないか?」


 両手を頼りなさげに前に出し、声の聞こえる方向に少しずつ歩みを進める。その時、ふに、とその指先に柔らかい感触があった。


「キャ! どこ触ってるの!?」

「あっ、ちょっ……」


 どてん、と驚いた弾みに二人は暗闇の中で転んでしまった。今度は指先ではなく、両の手のひらに、がっしりと、豊かな二つの丘の感触があった。


「ちょっ、揉まないで!!」

「ご、ごめん、そんなつもりは!!」


 次の瞬間、シャッ、という何かを擦る音と共に、明かりがついた。グリムナの瑪瑙めのうの火起こしの火花が、彼の持っていた木くずに火をつけたのだ。


「いつまで俺のケツを揉んでるつもりだ、フィー」

「あ、いやぁ……ハハ」


 明かりに照らされたのは自然にできた洞穴ではない。明らかに人工物、岩を切り出して敷き詰められた床、壁、そして目の前で崩れているものの、同じく石で作られた天井。


 地下に広がる広大な遺跡。その中でフィーが、うつ伏せになっているグリムナのケツを揉みしだいていた。


 グリムナは急いで荷物の袋の中からカンテラを取り出し、木くずについた火をそれに移し、高く掲げて辺りを見回す。


「どう思う……フィー……」


「そうね……」


 二人がいるのは幅が2メートルくらいの通路の途中のようであった。両側の壁には簡単な装飾の模様が彫られている。


「今みたいなヒロインムーブばっかりしているからみんなにケツの穴をねらわれるんだと思うわ……『キャ』は、ないわよ普通……」

「俺のケツの話はどうでもいいんだわ」


 グリムナはフィーに意見を求めるのはやめて壁際に寄って、その感触を確かめるように撫でた。


「砂漠の砂に埋もれてたおかげでほとんど劣化してないみたいだが、どうやらコルヴス・コラックスの遺跡にたどり着いたみたいだな。半分以上偶然ってのが癪に障るが」


 その時、ズズ……と、何かを引きずる音がした。


 グリムナが振り返る。何者かの気配が。二人以外の存在が、確かにその通路の向こうから感じられた。

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