第423話 世界樹のもとへ

「……? 今の声はいったい……?」


 竜の腕の上に乗ったラーラマリアが耳の後ろに手を当てて音を確認する。確かに、女の声が聞こえた気がした。全く聞き覚えのない声。


「きゃあっ!?」


唐突に大地が動きラーラマリアが振り落とされる。いや、動いたのは大地ではない。背に乗られるのを嫌がった竜が急激に移動することでラーラマリアを落としたのだ。


 数百メートルの落下を複数回にわたる空気の障壁を展開して衝撃を緩和、ラーラマリアは着地するが、すぐに異変に気付いた。地鳴り、いや、轟音が聞こえる。


 振り向けば竜の頭のあった方向と逆方向から津波が押し寄せている。わずかに残った建物を根こそぎワイプアウトしながら迫りくる津波、しかし海とは反対方向からそれは襲ってくる。


「尻尾か!!」


 そう叫び、正体に気付くとともに土石流どせきりゅうにラーラマリアは巻き込まれたかに見えた。単発の攻撃が躱されるのならば範囲攻撃で一気に巻き込む。攻撃の柔軟性が高く、判断も早い。


 しかし気付けばラーラマリアは竜の尾の上に逃れていた。


 津波を視認した瞬間から被害の少ない尾の根元の方に全速力で移動を続け、またも竜に攻撃をしながらその体を登っていたのだ。


 竜の背中にさえ上ってしまえば攻撃の種類はかなり限られてくる。脚は体を支えるために使っているため、尾か頭突きによる攻撃しか竜は出来ないのだ。


「どこかにコアがあるはず……それを破壊できれば……ッ!!」


 ラーラマリアはやたらめったらに周囲の地面を聖剣で切り刻みながら竜の頭の方に移動していく。この竜に核があるならば、それはおそらく心臓か、もしくは頭部だろうと当て込んでいるのだ。


『悪いが、コアなどと言うものはないのじゃ』


「!?」


 またも『声』。しかしやはり姿は見えない。一瞬脚のとまったラーラマリアに何か、鞭のようなものが襲い掛かった。


「あぶなっ!」


 鞭というよりは触手。5メートルほどの触手が竜の肌から生えて打撃を加えようとしたのだが、間一髪でそれを躱しつつ剣で両断した。


「ここに来てエロ触手とかなかなか気合が入ってるわね。姿を現しなさい!」


『姿なら見せておる。ワシの本体はこの竜自身じゃ。あと触手ってだけでエロとか風評被害にもほどがあるわ!』


(……女? 子供の声?)


 ラーラマリアが慎重に剣を両手持ちに構えると、数十、数百の触手が目の前に立ちふさがる。ゆらゆらと蠢くそれは海中に漂う昆布のようであるが、しかしそれぞれが明確に意思を持ってラーラマリアに攻撃を仕掛けてくるのだ。


「フン、ちょうど物足りないと思ってたところよ。私相手に数で押せば勝てるって考えが気に食わないけど」


 つむじの如く触手の中心に攻撃を集中させる竜に対し、ラーラマリアはそれを切り払いながら頭部を目指してゆく。



――――――――――――――――



「核がない? 竜には、行動を制御する、私達みたいな脳はないってことですか?」


「ん~……」


 ヒッテに問われてフィーは気まずそうにぽりぽりと頭を搔いた。


「正直言ってその辺はちゃんと話を聞いたけど難しすぎてよく分かんなかったのよね……おっ、ようやく里が見えてきた」


 フィーは馬に跨ったまま、後ろにヒッテを乗せ、下馬することなく里の中を進み続ける。てっきりエルフの里にある彼女の実家に案内されるのかとヒッテは思っていたのだが、しかしフィーはそのまま里を横切り、さらにその奥へと進んでいった。


「もしかして、今向かっている先って……」


 ヒッテが語り掛けると、フィーは勢いよく馬から飛び降りてヒッテに正対し、右腕を掲げるようにその先を指して言った。


「そう。世界樹よ」


 少しヒッテの表情が複雑になる。それは『あのめんどくさいメルエルテもここにいるんだよな』と思ったからだけではない。そもそも『世界樹』というものが何なのかがいまいちよく分からないのだ。前回訪れた時は正直言って『でかい木』以上の存在感を何も示せなかった存在である。


 その世界樹が自分の記憶を取り戻すことと何か関係があるのか。しばらくヒッテは考え込んでしまっていたがフィーは世界樹の根元にある詰所のドアを開けて手招きしている。ヒッテは慌てて駆け寄っていった。


「うっ!?」


 フィーはそのまま詰所の奥に入っていく。つられて入って行ったヒッテに一斉に注目の視線が注がれる。


 先ずメルエルテ。これはなんとなくいるだろうなという事は想定していた。次に不躾な視線を投げかけるのは暗黒騎士ベルド。人相が悪いので凄い圧を感じる。隣には聖騎士ブロッズ・ベプトもいる。この男は敵なのか味方なのかイマイチ分からない。


 部屋の中には賢者バッソーもいた。リウマチがひどくて旅ができないと聞いていたのだがもう大丈夫なのだろうか。


 詰所にはもう一人老人、……老人というか、老ゴブリン。ネクロゴブリコンの姿があった。彼を巣穴以外で見るのは初めての事である。


「んん……?」


 奥の方にもうすぼんやりと人の影が見えた。妙に青白い肌の不健康そうな男。だがしかし、この男にも見覚えがある。


(ニブルタさんのレイス……ッ!)


 部屋の中央にまで進むと全員の視線がヒッテに注がれる。


(完全に……突っ込むタイミングを見失った)


 人口密度が多い。小さな詰所の中にレイスも含めて8人の人間がいる。しかもそのうち7人が三十代以上。後期高齢者が3人、四百歳越えが2人もいる限界集落である。


 しかも換気をしていないので加齢臭がきつい。


 なぜ全員が集まっているのか。なぜニブルタまでいるのか。バッソーのリウマチはもう大丈夫なのか。ネクロゴブリコンまでいるのはどういうことなのか。なぜ換気しないのか。ヒッテの頭の中でツッコミが渋滞を起こしてしまって何から突っ込んでいいのか分からない。


「ヒッテちゃん、こっちこっち」


 ハッと気づくと、フィーは部屋にいる全員を無視して一番奥にある作業机に座り、ヒッテを呼んでいた。まさかのオールスルーである。


 ヒッテは『助け船だ』と思い、彼女と同様スルーを決め込んで部屋の中を横断していく。


 すると、全員が無言で彼女を視線で追う。針のむしろである。

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