第424話 淫獣
「その……」
ヒッテが口を開くと全員の視線が集まる。
メルエルテ、バッソー、ベルド、ブロッズ、ネクロゴブリコン、そしてニブルタのレイス。ニブルタだけでもなんでここにいるのか聞いた方がいいだろうか。一瞬そう考えたものの、もうなんだか今更声も掛けづらい。そう思ってヒッテはフィーに声をかけた。
「ヒッテの記憶を取り戻すのと、世界樹が何か関係が?」
「そうそう、あれから……グリムナにパーティー追い出されて二人がしっぽりしてる間に世界樹の事を色々調べてみたのよ」
少しトゲのある言い方である。
彼女の説明によるとそもそも『世界樹』とは多くの民族、文化において世界を支えるものでありながら同時に天界、冥界をも内包していると言われている。そしてその概要はどこの神話でも基本的には変わらないのだという。
「でも、ここにある『世界樹』って、ちっちゃ……おっと、そこまでの大きさはないですよね?」
メルエルテの視線がギラリと光る。
「世界樹は、あくまで象徴的なものよ。本当に大事なのはその裏に何があるのか、何の象徴なのか」
「何の象徴なんですか?」
「え~、っとぉ……なんだっけ……しゅ、酒豪?」
「お酒?」
急に酒の話になった。
「しゅ、酒豪的……そのぅ、自意識?」
「酒飲みの自意識がどうかしたんですか?」
途端にフィーの説明が怪しくなってきた。
「あ~ん、バッソー、助けてぇ」
「おぅ、ワシの出番か」
部屋に車座に胡坐をかいて座っていたバッソーが立ち上がって作業机のところまで来て説明を引き継いだ。
「グリムナが前に少し言っていた『集合的無意識』じゃな」
「なんでしたっけ、それ?」
「個人個人の経験や知識を超えた人類全体が抱える普遍的な無意識領域にある認識の事じゃ。代表的なもので言うと……まあ、今一番ホットなのは竜かのう」
「その集団的自衛権と世界樹がそのぅ……なんだっけ?」
何とかして話題についていこうとフィーも必死になって頭を突っ込んでくる。正直足手まといである。
「人間のはるか昔の祖先の生物はサルじゃったと言われておる。つまりは、元々は木の上で生活しておったという事じゃの。そんな我々にとって『木とは世界そのもの』という共通認識が無意識下にあるという事じゃ」
「その無意識下の世界樹とこの世界樹が同一っていうわけでもないんですよね?」
「まあ、のう……」
ヒッテの言葉に、バッソーは天井を見上げる。そこから世界樹が見えるわけではないが、その視線の先、天井の向こうにはもちろん世界樹がある。
「ワシも正直これが本物の、世界を一繋ぎにする伝説の
ドンッ
メルエルテの必殺技の一つ、壁ドンが炸裂した。
「黙って聞いてりゃいい気になりやがって……」
ゆっくりとヒッテ達に近づいて歩いて来る。
「あんた達ヒューマンがサルなのは知ってるけどねぇ! そんなものとこの世界樹を勝手に結び付けないでくれる!? これは! 正真正銘!! 世界の中心たる世界樹なんだから!! いい? 世界の始まりにはまず混沌の海だけがあったのよ! その海の中から伸びてきたのがこの世界樹なのよ。つまり、世界樹はこの大陸よりも先に……」
「ま、まあ、それはおいておいて、じゃ」
ヒートアップするメルエルテをバッソーが必死で抑え込む。
「その、まあ……本物かどうかは置いておいてじゃな、人々にこれだけ知られ信望されておる世界樹じゃ。その真偽に関わらず力を持ってくるものじゃ。鰯の頭も信心からというじゃろう」
今重要なのはその世界樹とヒッテの記憶を取り戻すことがどう繋がるのか、である。
「ヒッテさんの記憶はコルヴス・コラックスの秘術を使ったことによって代償として心の中の最も深い部分に閉じ込められています」
(喋れるんだ……!!)
唐突に会話に参加したのはレイス状態のニブルタである。
(完全に聞く機会を逃してしまったけど、この人はなぜここにいるんだろう?)
六年ほど前、ヤーンを探していたこのレイス状態のニブルタにヒッテ達は出会っている。この大陸は今、竜が闊歩し、危険な状態。そのため再びレイスの状態になってヒッテ達に助言をしに来たようである。
「通常の方法ではその記憶を呼び覚ますことは無理でしょう。しかしより深い領域、無意識の領域、それも人に備わっている集合的無意識の層からならば、そこにアクセスできるかもしれません」
「ぐ、具体的にはどうするんですか?」
「そこはワタシに任せなさいッ!」
やっと出番だ、とばかりにフィーが鼻の穴を膨らませ、自分の胸をぽよん、と叩きながら言った。
「まあ、儀式に使う細かい小道具や方法なんかはいちいち説明なんかしても仕方ないけどね、簡単に言うとヒッテちゃんの意識の扉を開いたまま昏睡状態にして
「意識の扉を開いたまま昏睡状態に……? どうやるんですか?」
ヒッテの問いかけにフィーは笑って応える。
「前にやった時はベルドとネクロゴブリコンのおじいちゃんをキスした状態のまま後頭部をぶん殴ったわね!」
「!? キっ……ええ?」
信じられないような二つの言葉、『キス』、それに『ぶん殴る』……事情を知らないヒッテには何の話をしているのか全く分からない。
「あの……世界樹要素はいったいどこに……?」
ヒッテの質問も尤もだ。今のフィーの説明では世界樹の話が一切出てこない。というか何の説明にもなっていない。ニブルタの説明の方がまだ分かる。
その疑問の眼差しに気付いたようでメルエルテがつまらなそうな表情をしながらも説明に入って来た。
「薬物と呪術を使用してトランス状態にして、まあ、催眠状態みたいなもんね。そのトランス状態を維持したまま精神を他人に繋ぐのよ」
「せ、世界樹は?」
「その時の触媒になるわ。被術者と
「ちなみに術者は?」
「もちろんこの私よ!」
フィーが自信満々にサムズアップする。今の今まで世界樹の事も儀式の事もろくに説明できなかった奴が術者になるというのだ。ヒッテの脳裏に不安がよぎる。
「まあそんな不安な顔せずに。なあに? まさかキスさせられるとでも思ったの? グリムナとのキスもまだなのにヒッテちゃんにそんなことされるほど私鬼じゃないわよ?」
「しましたよ」
「え?」
フィーが聞き返す。聞こえてはいた。
『しましたよ』
だが何をしたのか。自分の発言に対してのヒッテの答えではあったのだがその答えの意味が理解できなかったのだ。
「だからキス。しましたよ。グリムナと」
ぐらりと、フィーの体幹が揺れた。
重心がズレ、そのまま床の上にぺたんと座り込んでしまった。
「え? ……え?」
「だから、グリムナとキスしましたけど」
「キス……って、あの……キス?」
「口と口をつけるアレですが……ほかにどんなキスが?」
フィーは何かぶつぶつと言いながら細かく震えている。異常なリアクションを察してヒッテが彼女の身を気遣って近づく。
「あの……大丈夫ですか? 何にショックを受けてるのか分からないんですが……フィーさんはヒッテとグリムナが婚約してるって知ってましたよね?」
「ひっ、寄らないで、淫獣 !!」
「誰が淫獣だコラ」
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