第66話 痛み止め

 国境なき騎士団……ここ十数年ほどで有名になった組織で、基本的には規模が大きいだけの傭兵団である。普通の傭兵団よりは多少装備を整えて、騎士風に装おうとしているのは分かるのだが、さすがに金が足りないのか、何とも中途半端な兵装となっている集団である。

 その名の通り国境やイデオロギーに関係なく雇われれば誰のどんな依頼だろうとこなし、休みなく戦を求めて大陸中をさまよう。


 さて、その国境なき騎士団がバッソーをさらった、となると話が大分変ってくる。つまり、何者かがそれを依頼し、その通りに行動したということなのだ。やはり村を荒らしたのは『ついで』であった。そしてこれでバッソーの家が荒らされている理由も分かった。情報を集めれば敵の規模も分かろう。


 そしてそれが生きるのはグリムナが目の前にいる男から無事生き延びられれば、の話なのだ。


 ドサッ、と手槍で腹を貫かれた男が音を立てて倒れた。


「こいつがグリムナか、ゲン……! うっかりやっちまうところだったゼ」


 口から血を吐きながら男がそう言った。げに恐ろしきはこの言葉を並べながら、男が顔に笑みを浮かべていることである。憤怒や恐怖ではなく、である。


「痛み止めが要るか……」


 そう言って腰の剣を抜きながら後から来た男、ゲン、と呼ばれていたその男が歩み寄ってくる。


「頼むぜアニキ!」


 倒れている男は血を吐きながらサムズアップしてウィンクしながらそう吐き捨てた。


「ま、待て! 俺の回復魔法で……」


 ザムンッ、と剣は振り降ろされ、刃は地面にめり込み、あわれ男の頭は胴体と泣き別れである。


「なんてことを……俺の回復魔法で治せたのに……」


「回復だなんだと魔法に頼るから隙が生まれる。人生は一期一会、剣と剣も一期一会だ」


 ゲン、と呼ばれた男はそう言い切って真っ直ぐグリムナの顔を見つめた。その瞳には一点の曇りも、後悔など微塵も感じられなかった。グリムナの口からは思わず悪態がこぼれた。


「狂犬め……!! いや、狂犬の方がまだ分別があるぞ……ッ!!」


 最初の男はグリムナのことを知らないか、と彼に聞いておいて、面倒になったのか分からないが答え終わる前に剣を振り下ろそうとした。ゲンはそれを言葉ではなく手槍で止め、回復魔法が使えるというグリムナの声を無視して最初の男の首を落とした。それでいて何の後悔もないというツラをしているのだ。殺された男の方も自分がこれから死ぬというのに平気な顔を見せていた。いったいこの野蛮人集団は何者なのか。


 考えなしの山賊どもとも違う、ひたすらに残酷な暗黒騎士のベルドとも違う。これは、そう、まるでトロールのリヴフェイダーに会った時の感覚に似ていた。自分とは違う、まったく異質な価値観を持った生き物との遭遇、それに近い感覚であった。


「さて、貴様はグリムナだな? 一緒に来てもらうぞ。理由は面倒だからオカシラから聞け。殺すなとは言われているが、まあ勢いってもんもあるしな……保障はできんよ」


 ゲンが剣を構えるとグリムナもそれに応じて剣を構える。彼の要求に応じる気はない。命の保障はやはりないだろう。戦いの流れの中でうっかり殺しても、こいつらの命の扱いの軽さから考えると、てへぺろで済まされる可能性が高い。

 しかしそれは仮に奴らの虜囚となった場合もやはり命の保障などないのだ。それこそどんな理由でグリムナを捕えようとしているのかが分からないのだから。


 対峙する二人、マチェーテを右手に持ち、半身に構えるグリムナに対し、ゲンは正眼に構える。行動は無茶苦茶だが構えは正統派である。しかし、実を言うとグリムナ、この戦いには勝算があったのだ。


 わずかにグリムナが重心をずらす。来るか、と思いゲンが少し身構えると、時を同じくして炎の矢が横から飛んできたのだ。そう、グリムナの勝算とはこれである。先ほどの男はグリムナが一人でないことに気づいていたものの、あとから来たゲンにはそれが分からない。


 「むおっ」と声を上げて剣で火を払ったゲンであったが、その時にはグリムナが跳躍し、彼の肩口に剣を振り下ろそうとしていた。しかしゲンは恐るべき速さで火を打ち払った剣を戻し、グリムナの正面に戻す。これではグリムナは下がるしかない、また振出しに戻るか、と思われたが、なんとグリムナは止まらなかった。


 剣はグリムナを串刺しにし、彼はくし刺しにされたまま、自らの剣は投げ捨て、無理やり間合いを詰める。さすがのゲンもこれには面食らい、頭の中が真っ白になった。しかしグリムナはお構いなしに鍔の位置まで前進し、ゲンの髪の毛をひっつかんで、キスを敢行したのだ。


「ご主人様!!」


 思わずその光景にヒッテが茂みから立ち上がり姿を現した。


 グリムナはいまだ血走った目でくし刺しのまま唇を重ね続ける。国境なき騎士団もキチガイ集団ではあるが、彼もなかなかのものである。やがて、ゲンはぐりん、と白目をむきその場に崩れ落ちた。グリムナはごぼっと血を吐いたが、自分で剣を腹から引き抜くと、その場にうずくまった。


「大丈夫ですか、ご主人様!!」


 ヒッテがグリムナに駆け寄る。グリムナはハァハァと荒い息をしているが、やがて落ち着いてきた。魔法で傷口をふさいだのだろう。


「ご主人様、いくら回復魔法があるからって無茶しすぎです!!」


 ヒッテがそう言いながらグリムナのシャツをめくりあげて傷口を確認する。剣が刺さっていた部位は既にきれいに穴がふさがっていた。しかし魔力は消耗しているし、それ以上に血を失っている。


「心配かけてすまん……でも急ぐ理由があったんだ……」


 グリムナはそう言って足に力を込めて立ち上がると、そこら中に散らばっている村人の死体を確認し始めたのだ。先ほどのようにまだ息があるものがいないか、自分が助けられるものがいないかを確認し始めたのである。ヒッテはしばらく怒りでわなわなと震えて立ち尽くしていたが、でかいため息を一つつをついて、仕方なくグリムナの手伝いを始めた。


 結果二人の村人が息を吹き返した。グリムナは疲れ果てて座り込んでしまった。ゲンはまだ目を覚まさず、大の字になって転がっている。


「すいません、ありがとうございます……」


 息を吹き返した村人がグリムナに感謝の意を伝えた。疲れ果てたグリムナは膝をついたまま、手を上げてそれに応えた。一人は右腕を欠損したままである。正直よく生きていたものだ。


「この腕は……治るんでしょうか……」


 村人は腕の切断面を撫でながらそう言う。ヒッテは助けてもらっておいてさらに欲しがるのか、と憤ったが仕方あるまい。この後も人生は続く。現代日本のように保険などないのだ。片腕で野良仕事をして生きていなければならなくなるのだから。


「治せるが、今はやらない方がいい。腕の材料になるものは自分の体から作ることになる。多分失血死するぞ」


 彼の回復魔法も万能ではない。傷をふさぐことはできても欠損部位を復活させるのはそれなりの準備が必要なのだ。グリムナは彼ら二人には村に戻ってまずは静養することだ、と伝えた。そうこうしているとゲンが目を覚まして起き上がった。


「くそ、無茶苦茶な野郎だな……」


 そう言って上体を起こしてから、その場に座り込んだ。


「無茶苦茶なのはそっちの方よ。賢者バッソーを誘拐した理由、それにグリムナを捕まえようとしてる理由、それぞれ話してもらうわよ!」


 ヒッテの少し後に茂みから出てきていたフィーも少し怒り顔でそう言い放った。戦いの間中身を隠していたのに、相手が攻撃できなくなればこの強気である。フィーはグリムナの方に振り向いて尋ねた。


「で、こいつはグリムナの奴隷状態なわけ? 今どうなってんの? こいつ」


「キスするだけで奴隷になるなんて、そんなチートな魔法なんてないよ……」


 自分の腹を貫かれながらその困難な条件を達成している時点でチートもへったくれもないと思われたが、グリムナはそのまま言葉を続ける。


「彼の自由意思を阻害するものは基本的に何もない。俺の術の結果としては闘争本能が薄れて、自分が『悪』と認識する行動への忌諱感が高くなる、その程度のささやかなもんだよ……」


「ええ……? そんなショボい能力であのトロールをやっつけたっていうの?」


 フィーはあまりの能力のショボさに驚いているが、実際そうなのだから仕方ない。確かに命がけで条件を成立させたにしてはリターンの少ない能力ではある。


 グリムナはゲンの方に向き直って問いかけた。


「しかし、話してもらうぞ……一体何がお前たちの目的で、あんな無法を働いたっていうんだ……?」

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