第69話 なんとなくお得な気がしてきた

「騎士団長……イェヴァンでしたっけ? どういう人なんですか? 抵抗すれば簡単に人を殺すような連中ってのはさっきのあなたを見れば分かりますけど、もし素直に出頭してきた場合どうですか? 話を聞いてくれそうな人ですかね?」


 ヒッテの問いかけにゲンは腕を組んでう~んと考え込んでしまった。そもそもが力づくですべてを解決してきたような集団なのだ。そういった経験が少ないのかもしれない。


「団長は……まあ男気のある人間だな。実直に真っ直ぐぶつかってくる人間には真摯に向き合うと思うぜ? だが相手に少しでも打算が見えれば容赦なく殺す……そういった奴だな。ところで潜入ってどうする気なんだ? 俺に捕まったことにして牢屋に入って隙を窺うのか? それとも自分から出頭して交渉をするのか?」


 グリムナは少し考え込む。今ゲンから聞いた話から考えて、どうするのが良いのか、考えをまとめている。やがてゆっくりと口を開いた。


「今の話を聞いた感じだと、もしゲンに捕まった、って言ってそれが嘘とばれたら、俺だけじゃなくゲンまで殺されそうな気がするな……もし勘の鋭い奴なら、それは悪手のような気がする……」


「賢明だな……俺もそう思うぜ」


 この意見にゲンも同意する。


「騎士団には俺一人で出頭する。そして俺の身柄と、関係のない村人の開放、これを持ちかけて交渉する。可能ならバッソー殿もだ」

「そ、その後どうするつもりですか……」


 ヒッテが嫌そうな顔で訪ねる。しかしグリムナはそのまま考え込んでしまう。やはりその先の手がないのだ。するとフィーが作戦会議に参加してきた。彼女もなんとか汚名返上したいのかもしれない。


「わたしが外で騒ぎを起こしてなんとかその隙に脱出するしかないでしょうね……あとは不確定要素になるけれど、牢の中のバッソーと協力できるといいんだけど……バッソーは今どういう状態で捕まってるの?」


「御多分に漏れず魔封じの腕輪をしてると思うぜ。魔法使いを封じるなら必需品だわな」


 フィーが尋ねるとゲンは素直に答えた。この程度の情報なら大勢に影響はない、との考えかもしれない。続けてゲンがさらに口を開く。


「それにしてもあのじじい、聞いてた話じゃ『千の魔道を極めし者』って話だったのに全然しょぼい魔法しか使ってなかったぜ? 捕まえるのは楽勝だったからよかったけどよ、あのじじいもしかしたらボケちまってもう魔法が使えねえんじゃねえのか?」


 ゴルコークからも賢者がそんな状態だと聞いていなかったグリムナは首をひねる。彼の知っている魔法の定説から行くと、年を取って体や耳目が衰えてきても魔力は逆に強くなることが多いと聞く。戦いを好まない性格なのか……しかしゲンは魔法自体は使ったが、それが弱かったと言っていた。もしかして体調が悪いのか、それも気になる。


「それと、先に言っとくが、俺はあんたたちの作戦には協力はしねぇからな。手伝えるのはここまでだぜ? 仲間を裏切るなんて御免だ」


 仲間の首を刎ねるのはいいのか、とグリムナはとっさに思ったが、これ以上この倫理観のぶっ飛んだ奴らに真面目に取り合っても仕方ない気もする。それよりは脱出の際の陽動作戦をどうやって行うかが最も重要事項だ。そう考えているとフィーがグリムナの傍に歩み寄ってきて彼の右手を取り、何かを握らせた。


「私だってあんまりあなたに無茶をしてほしいわけじゃないの。絶対に、無事に帰ってきてね。あなたのいない世界なんて、退屈で生きていられないわ……」


 潤ませた瞳でフィーがそう呟きながら見つめてくる。瞳に涙をにじませた美女に至近距離でこんなことを言われるとうっかり勘違いしそうになるが、当然彼女の言っている『退屈』とはもちろんBL的な意味で、である。


「もしいざとなったらこれを使って……」


 そう言ってフィーはグリムナの手の中に何かを残したままその美しい手を離した。彼の手の中に握らされていたのは、細かい粉の入った小さいビンであった。


「こないだのスライムじゃねーか!!」(62話参照)


 グリムナはバンッと、ビンを地面に叩きつけた。すると「ああっ」と言いながら慌てた様子でフィーがそれを拾い上げる。幸い地面は腐葉土で覆われており、柔らかかったのでビンは割れていなかったようである。


「ちょ、ちょっと! これ作るの結構大変なのよ!! 私はあなたの体のことを心配して……」

「お前が心配してるのは俺のケツの穴だけだろーが!!」


 それも心配しているかどうか微妙なラインだと思うが、グリムナ、今日何度目かのぶち切れである。一応忘れている読者のために説明すると、彼女の渡したのは乾燥したスライムの粉末。水で戻すと大量のローションになる代物であり、男同士で性交を行う上で必要欠くべからざる重要な代物である。


 フィーは「はあぁ……」と、大きなため息をついてから話し出した。


「ちょっと真意が伝わってなかったみたいね……陽動作戦を起こしてその隙に逃げる、っていうのはあくまで次善の策、プランBよ。あなたには他にも手があるでしょう?」


 フィーがやや呆れたような表情でそう話しかけてくるが、グリムナとヒッテは首をかしげるばかりである。まさかグリムナに一人で騎士団を壊滅させろとでもいうつもりなのか。

 フィーは「本当に分かってないのか」と呟くと、やはり呆れたような顔のまま話を続けた。


「いい? 騎士団はね、別に依頼者はいるかもしれないけど、基本的にあなたのケツを狙っているのよ? つまり牢屋にぶち込まれた後、夜になればあなたのメスイキ穴にいろいろぶち込もうとしてくるに決まってるわ。常識でしょう? あなたエロ同人読んだことないの? そこで一人一人お相手をしつつ、片っ端からあんたの魔法を注ぎ込んでやればいいのよ。おしりから魔法を出すのよ!!」


「誰がメスイキ穴だコラ」


 この女、無茶苦茶言いよる。グリムナはこの女をグーで殴りたい気持ちでいっぱいである。そしてそれはヒッテも同様であった。しかしフィーはそれに気づかず話を続ける。


「とはいえ、よ? いくら回復魔法の得意なあなたでも切れ痔の回復が間に合わない可能性もある。そんな時役立つのがハイ、こちら! フィーさん謹製のスライムローションになります!」


 そう言ってフィーは先ほどの小瓶を自分の顔の横に掲げてグリムナに良く見えるようにした。突然口調が変わるのもご愛敬である。


「こちらですね! たった一つまみ使って唾液で溶かすだけでぬるぬるねとねと、夜のお供に、一人遊びに、大活躍の定番ローションの出来上がり!! これがあれば夫婦円満、家内安全! ついでに腸内も安全ときたもんだ!!」


 村人二人とゲンがここで「オオー」と声を上げた。コンビネーションはバッチリである。


「でも、お高いんでしょう?」


 なんと、ここでヒッテが乗ってきた。フィーのあまりのハイテンションぶりに彼女もなんだか楽しくなってきたようだ。フィーはヒッテの問いかけにチッチッチ、と人差し指を左右に振って答える。


「今ならパーティー割引きでなんと、プレイの感想を後で提出してくれれば初回タダ! しかもこれだけじゃないんですよ、お客さん!」


 そういうとフィーはポーチの中をごそごそと探り出した。村人とゲンは「ええ?」と疑問符を投げかける。


「今なら一本貰うともう一本タダでついてくる! こんな大盤振る舞いは二度とないですよ!?」


 なんと、予備のビンもあったようである。グリムナはバンッと、フィーの手をはたいて両方とも落とさせた。


「お前らホンマええ加減にせぇよ……」

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