第68話 駄ークエルフ
「てっきりシルミラがまた何か変な噂でも流してんのかと思ってたが……お前の仕業だったのか、この駄エルフ……」
憤怒の形相で歩み寄るグリムナに村人たちも、ゲンも、そのあまりの威容に恐れをなしている。ヒッテはグリムナと同様怒りの表情を隠していない。フィーは半笑いで仰向けのまま上半身だけ起こして少しずつ後ずさりしている。人間本当に追いつめられると笑うものなのだ。散り際に微笑まぬ者は生まれ変われぬぞ。
「い……いや、違うのよ……落ち着いて? グリムナ……」
フィーが見苦しくも言い訳を始めた。しかしもはや言い訳の余地などあるのだろうか。彼女が趣味のBL小説でグリムナをネタにした題材を書いて、どのくらいの規模なのか分からないが、いつの間にかこの大陸で出版したのだ。それは恐らく彼女とヒッテの会話からも確実だろう。これだけでも十分罰するに値する事態であるが、それだけでは済まなかった。
シルミラと会った時の彼女のリアクションから、どうもフィーは『その道』の有名人らしいのだ。おそらくその『出版物』は『その界隈』で大変な話題を呼んだに違いない。彼女の小説はBL界隈に飽き足らず、どういう経緯か一般生活者にまで広がり、最悪の形で、『グリムナとヤると強大な力が得られる』という噂が広がり、世界中の男達が彼のお菊様を狙っているのだという。これがナマモノの弊害というものである。
地獄というのはこういうものを言うのだ。
「このド変態……何か申し開きはあるか?」
グリムナの顔に張り付く仁王の如き憤怒の形相、それも是非もなき事。
「ち、違うわグリムナ。私はド変態じゃないわ……落ち着いて。いや、もちろん反省はしてるのよ? でもね……」
必死な表情でフィーが言い訳を始めた。
「ただ、こっちの事情もあるのよ。最近その……グリムナで妄想して小説を書くのが、良く言えばライフワークになっているところがあってね……」
全然良く言えていないが。
「試しに予告編として短編を書いてみたら、これがもうバズるバズる! 私だけじゃないの、何千何万の読者達が待っているのよ!!」
この女は謝罪しているのだろうか? それとも煽っているのだろうか?
「いや悪いのはもちろん私だけど、グリムナにも責任が全くないかと言えば違うと思うし……むしろ私が一緒に冒険してる目の前でレニオやらゴルコークやらどんどん新キャラと絡んでいくグリムナの方が悪いってところもあると思うの!」
結局この女は自分は悪くない、と言いたいのだ。
「とにかく、今執筆してるところはレニオとの三角関係に発展してアツい展開なんだから! 出版、言論の自由を邪魔しないで!!」
まさかの逆切れである。もはやグリムナは血管がはち切れそうなほどに怒り、顔を痙攣させている。ここまで怒っているグリムナを見るのは誰もが初めてである。
「そっちの事情なんか知るか! こっちは実害を被ってるんだよ!! もう二度と俺をネタに小説なんか書くなよ……」
「わ、分かったわ……もう二度と書かない。約束するわ……」
結局こういうところがグリムナは甘いのであるが、そうとだけ言ってグリムナは怒りの矛先を納めた。
しかしそうは問屋がおろさない。フィーの後ろからヒッテの呟き声が聞こえた。
「月の光、嘘の輝き、
そう言いながらヒッテはフィーに首飾りをかけた。
『途中まで書いた物をそうそう簡単に引っ込められる訳ないじゃない。大人しく大陸全土の腐女子のオナネタになりなさい』
本音がダダ漏れである。なんと、ヒッテはネクロゴブリコンに着けられた真実の声が聞こえるネックレスをそのまま借りパクしていたのだ。
「フィー……?」
再びグリムナが彼女に歩み寄る。
「なっ、何よ! 私は言論の弾圧には屈しないわ! フィーは死すとも自由は死なず!!」
挙げ句の果てに正義のヒロイン気取りである。この女、どこまでクズなのか。もはやグリムナは呆れて怒る気が失せてしまっていた。
「ええと、結局のところ、どうするんですか?」
まだその場にいた村人から助け舟が入った。何とかフィーもこれに乗ろうとして口を開いた。
「そうよ、グリムナ。大切なのはこれからどうするかよ。結局はバッソーは助けに行かなきゃいけないんだから!」
これからフィーが続編を執筆するかどうかも結構重要なファクターのような気がするが。
「ね、グリムナ。私に一つ考えがあるのよ。さっきからずっと考えてたんだけど……」
失点を取り戻そうとフィーも必死である。そういえば先ほどは深く考えていたところをヒッテに邪魔されたのであった。グリムナは小説の事は『過ぎた事』として諦め、フィーの案を聞いてみることにした。
「わたしも国境なき騎士団の事は噂で聞いたことあるんだけど、正直言って正面から行って話を聞いてもらえるようなまともな集団じゃないわ。そこのゲンって奴がスタンダードになるような、苛烈な略奪と命をゴミとも思わないことで有名なキチガイ集団だよ。あんまり関わり合いになりたくない連中ナンバーワンね」
フィーがそう言うとゲンは大げさに肩をすくめて見せた。ちなみにグリムナからするとフィーが関わりたくない奴ナンバーワンである。
「もちろん100人以上からなる集団をたった三人で正面から潰すってのも得策じゃないわ。と、なると、方法はおのずと限られてくる……潜入よ!」
このフィーの言葉にグリムナは半ば覚悟していたのか腕を組んで考え込みながらも黙って聞いていた。彼自身、それが最も現実出来だとは思っていたのだ。しかしヒッテは途端に険しい顔になった。
「またそうやってご主人様を危険な目にあわせようと!! もう賢者も村人もどうでもいいです! ご主人様、この件は諦めてもう帰りましょう! もう打つ手なんかないですよ!!」
しかしグリムナは動かない。分かっているのだ。それを承知するようなグリムナではないことは、ヒッテも分かってはいるのだ。
「ご主人様、ご主人様は世界を救うために旅をしてるんでしょう……だったらご主人様がすべきはこんなところで少人数を助けるために命を張ることじゃないはずです。もっと他にすることがあるはずです! 竜の謎を解き明かすために旅をするんじゃないんですか……」
ヒッテはさらに言葉を続ける。
「いいですか、こんなことは、珍しいことじゃないんです。戦乱のこの世の中、大陸中で起きていることの氷山の一角に過ぎないんですよ。全てを助けられるわけじゃないのに、たった一つの目の前の事だけ対処しようとしてどうするんですか! 他の人たちは今も苦しんでるのに、偶然目の前にいる人達だけを特別に助けてあげるんですか!? それは差別っていうんですよ!!」
しかし苦悶の表情を浮かべながらもグリムナは頑として動かない。ヒッテの言っていることは正しい。それは分かっているのだ。しかし……
「目の前にいる人達は俺だけが助けてあげられる人たちなんだ……たとえ総合的に見てその判断が効率的でないとしても、ヒッテの言うことが正しいと分かっていても……これを見捨てたら、それはもう俺じゃあない」
グリムナがそう答えることは分かっていたのだ。そうでなかったらヒッテはグリムナにここまで律義についてこなかっただろう。分かっている。分かっているのだ。そういう人間だからこそ『自分が傍についていなければ』と思ったのだから。
はぁ、とため息をつきながらもヒッテは答えた。
「分かりました……でも、危ない時は自分の命優先で行動してくださいね……それに準備もちゃんとしていきましょう……」
全員が覚悟を決めたのだ。
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