第62話 やおい穴
「じゃあ、気をつけてね、グリムナ」
「ああ、レニオの方こそな」
朝になり、干し肉とクラッカーだけの簡単な朝食を済ませると、レニオは身支度をして出発の準備を済ませた。
「ラーラマリアのこと、頼むな……」
グリムナがそう言うと、レニオは少し不満そうな顔をしたが、グリムナの元に歩み寄って頬にキスをして言った。
「アタシのことも心配してよね」
グリムナはどういうリアクションをとったらいいのかが分からず、ただ赤面するだけで戸惑っていたが、レニオは、フフっと笑ってフィーの方を見てウィンクしながら言った。
「フィーさん、だっけ? 見かけによらずいい人ね」
「ば、バカ、私は見かけもいい人よ」
さすがのフィーも顔を赤くする。好意を素直に表すレニオには弱いようだ。レニオはそのまま振り返らずに昨日来た道を帰って行ったが、フィーはそれを見送ってから照れ隠しか、苦し紛れにグリムナに話しかけた。
「にしても情けないのはあんたの方よ、グリムナ!」
どうやらグリムナに一言もの申したいようである。
「女の子が迫ってきてるのに、一人だけさっさと寝ちゃって、恥をかかせる気なの!?」
「女の子とは……」
「黙らっしゃい!」
グリムナの反論も許さないようである。よほど腹に据えかねてるのか、それにしてもこの女もしかして夜の間ずっと聞き耳立てていたのか。
「草食系男子って奴ね。とんだインポ野郎だわ。いい!? あなたに想いを寄せてる女の子が居て、あまつさえ野営中に一つの毛布で寝ることになったのよ! ハイ! それであなたはどうする!?」
パン、と手を叩いた後グリムナを指差してフィーが問いかける。一晩中起きていたはずなのにこの元気はどこからくるのか。
「どうって、どうもしないが……まず女の子じゃないし」
「チッ……死んでるのかコイツは」
フィーが唾を吐きながらそう言い放った。
「まあ、ね。あなたが何を危惧しているのかはだいたい分かるわ。こっちだって子供じゃないからね。」
ため息をつきながらフィーはポーチから小瓶を取り出した。
「下準備ができてないってことなんでしょう? 確かにBL小説と違ってリアルの男には『やおい穴』があるわけじゃないし、『やおい汁』も出ないしね……」
「や、やおい穴? やおい汁?」
初めて聞く単語の連続にグリムナは驚きの表情を隠せない。
これは解説が必要であろう。やおい穴とはそっち系の同人誌(稀に商業誌でも)で男性同士の性交に際し女性器の代わりに挿入される穴の事である。特徴として、本来穴のない肛門と男性器の間に位置し、特に下準備なく挿入でき、感じてくると濡れる、などの同性愛を描写する上で非常に都合のいい特徴を持つ架空の臓器である。ここから分泌される滑り性の高い液体をやおい汁という。作者が特殊性癖を患っていた場合、この穴で妊娠することもある。
「そこで、これよ!」
フィーはそう言ってさきほどの小瓶をグリムナの目の前にかざした。瓶の中には何やらさらさらとした粒のようなものが大量に入っている。しかし粒は均一でなく、乾燥した何かを砕いて粉にしたような感じだ。
「こ……これは一体……?」
正直言うと全く聞きたくなかったが、グリムナは一応儀礼上の通過点として何が入っているのかをフィーに聞いた。どうせ碌な答えは返ってこないであろうが。
「これはね、死んだスライムを天日で干して、からからに乾いたものを砕いて粉状にしたものよ……」
グリムナもヒッテも首を傾げるばかりである。そんなモンスターの死骸をどうしろというのか。フィーは瓶のふたを開けて少し掌の上にそれを出してグリムナ達に見せた。
「大体このくらいの量ね……小さじ半分くらいかな……これを500mlから1Lの水で溶くと、粘性の高いローションができるの……」
「あ、もういいです」
グリムナは説明の途中で割り込んで、ヒッテを庇うように少し遠くへ追いやった。大体話の概要が見えたのだ。やはりろくでもない話であった。
「確かに下準備が面倒なのはわかるんだけど、こういう便利アイテムもあるから次から行為に及ぶときは私にも声をかけてね。簡易的に行為に及ぶならもっと少ない量で唾液とか、体液で溶かしてもいいわ。これを竿はもとよりお菊様の周りと中に重点的に塗って……」
「もういいって言ってんだろうが!!」
さすがのグリムナも久しぶりにブチ切れた。彼女が自由に行動し続ければバンされるのも時間の問題である。
「とにかく! 何か楽しいことをするときは私を呼んで! 私なら40年に及ぶ執筆生活で培った適切なアドバイスを送ることができるし……」
大抵何の役にも立たない執筆である。ヤマなし、オチなし、イミなし。
「うるさい! お前が喜ぶことなんてなんも起きんわ!! 大体お前昨晩ずっと聞き耳立てて起きてたくせになんでそんなに元気なんだよ! 今日も歩きっぱなしになるんだぞ! 大丈夫なのかよ!!」
突っ込みの中にそこはかとなく優しさを感じさせる。しかしフィーにはそんな心遣いは関係ない。
「そんなの私の勝手でしょうが! それにね! 私は寝るのが一番嫌いなのよ!! 私が寝てる間に楽しいことが起こったらあんた責任取れんの!?」
ひどい逆切れ様である。もはやグリムナは言葉を失ってしまった。しばらく沈黙が続いたが、ヒッテが前に出てきてフィーの手の中を覗き込んで先ほどの粉をじっくりと観察していた。
「な、なに? ヒッテちゃん……もしかしてこれ欲しいの? ごめんね、これはグリムナの為に私が用意したものだから……」
いらぬ心遣いである。しかしその言葉を遮ってヒッテが話し始めた。
「大丈夫ですよ、ご主人様は回復魔法のエキスパートですから、多少乱暴に扱って切れても、回復魔法で治せますから」
「そっ、そういうことじゃないだろう!!」
思わずグリムナは再び声を荒げてしまう。彼の味方などこのパーティーには居ないのだ。
「あ、そうだ、あなたのあの悪人を改心させるキス、あれって何か分からないけど粘膜同士が接した状態で精神魔法か何かを発してるってことでしょう?」
突然フィーが核心を突くようなことを言った。この女、回復魔法だということまでは気づいていないようだが、グリムナの『技』の概要を見ただけで掴んでいたのだ、油断ならない女である。
「あれをさ……お〇ん〇んとお〇りでやってさ……射〇の瞬間に魔法を放ったら、きっとすごいことになるんじゃないかなあ……」
「すごいのはてめぇの脳みそだぁ!!」
この日、とうとうフィーにグリムナの鉄拳制裁が飛んだ。
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