第74話 魔剣サガリス

「何のつもりだ、アルトゥーム……」


 イェヴァンは未だ立ち上がれず、四つん這いのままであったが、鋭い目つきで男達を睨む。イェヴァンがアルトゥームと呼んだ男を中心に6人ほどの男が洞窟に入ってきている。この展開、グリムナは何となく嫌な予感がしていた。首領を落とせば、話が大分簡単になるのではないか、と思っていたのだが、事態は思わぬ方向に進展しているのではないか、そんな予感がしたのだ。もちろん『思わぬ方向』とは悪しき方向に、である。


「いちいち言わなきゃわかんねえかい? 下克上ってやつさ。この国境なき騎士団は力さえありゃ誰でもアタマをはれるはずだろう? その隙をずっと伺ってたのさ。『魔剣』さえ手に入れちまえばこっちのもんさ!」


 やはり、グリムナの思った通り内ゲバであった。これが行われると、もっと早く分かっていれば焦って突入することも無かったかも知れない。しかし、それは最悪のタイミングで起こってしまったのだ。

 グリムナが潜入して、イェヴァンを無力化したこのタイミングで。


 反乱勢力がどの程度の規模なのかは未だ分からぬ。しかし、たった6人ということはないだろう。綿密に計画を練っているはずだ。


 ゲンは知らなかったようなので全員ではないはずだ。しかしこの状況ではグリムナは誰の助力も得ずしてそれらを納めなければならない。もはや是非もなし。グリムナは立ち上がりながら口を開く。


「イェヴァン、お前は今戦えない。ここは俺に任せろ」


 しかし、その言葉を言い終えるか否か、その刹那にイェヴァンは大きく息を吸い込んだ。彼女の上半身が河豚の如く膨らみ、直後、ぶはあっと臓腑の気をすべて吐き出した。息吹である。


 イェヴァンは頼りない足つきで自らの体を押し上げる。戦う気だ。


「やめろ、今は無理だ!」


 グリムナの言葉にも彼女はとどまらぬ。アルトゥーム達はにやにやと笑みを浮かべている。


「噂のグリムナに何かされたってわけか。だがそんなこと関係ねぇ! 俺にはこのサガリスがあるんだからな!! てめえの事は前々から気に食わなかったのさ。女の分際で魔剣なんてチートアイテムをたまたま手に入れたからって親分面しやがってよ!!」


 アルトゥームはそう言って剣を後ろに水平にテイクバックする。横薙ぎの構えである。まだ彼らの間には10メートル余りの間合いがあるが、そこから切り込むつもりであろうか。


「ぬんっ!」


 気合い一発、アルトゥームが踏み込みながら剣を水平に振る。如何様な魔術か、剣は薙ぎの最中にむくむくと大きくなり、バスタードソードほどの大きさまで膨れ上がった。


(あれが!! 自在に大きさと質量を変えるという魔剣サガリスの力か!!)


 グリムナは驚愕したが、イェヴァンは動かない。逃げようともしない。まさかあれを素手で受けようと言うのか。


「ぬあっ!?」


 情けない悲鳴とともにアルトゥームの剣速がぐんぐんと下がっていき、イェヴァンはそれを見越していたのか、左手を思い切り振り降ろし、拳でサガリスを叩き落とした。

 ガランガランと無情な音を出してサガリスが地に転がる。一体何が起きたのか。


「ふん、こいつを扱うにはちぃと気合が足らなかったみたいね」


 そう言いながらイェヴァンがサガリスを拾い上げる。まだ若干ふらついてはいるようだが大分持ち直してきたようではある。しかし問題なのは体力面ではなく精神面なのだ。今の状態で武器を手にしたところで戦えるのか。

 イェヴァンはサガリスを手に持って静かに、しかし怒りを含ませた口調でアルトゥーム達に問いかける。


「あんたら、何のつもりだい? このアタシのやり方に文句でもあったってことか?」


 しかしアルトゥームも引く気はない。彼にしてみれば反乱の露呈してしまった今、イェヴァンに殺されるのは動かしようのないの事実。ならば最後の最後に派手に一花咲かせてやろうという気持ちなのだろう。


「まだ外でごたごたやってるがよ、あんたのやり方についていけねぇって奴は結構多いんだぜ? ちょっと命令違反したり舐めた態度取っただけでポンポン殺しやがってよ! 外のカタがつきゃ残りの奴らもここになだれ込んでくる。てめぇはもう終わりさ!」


 その言葉を聞いてイェヴァンは少し目を伏せ、考え込むような態度をとった。グリムナを刺したときは「意見の異なるものは全て殺す」と豪語していたが、これは少し変化が現れ始めたのではないだろうか。グリムナが傍で見ていてそう感じていると、アルトゥーム達が自身の得物を抜いてイェヴァンとの間合いを詰め始めた。


 イェヴァンも当然それに気づき、静かに剣を構える。心なしか、少し剣の形状が変わったように見て取れた。「フンッ」というイェヴァンの気合とともにイェヴァンがお返しとばかりに横薙ぎの剣を放つ。しかし今度はアルトゥームの時のように減速はせず、スピードはそのままに、残像を残しながら彼らに吸い込まれるように剣先が走った。インパクトの瞬間はグリムナには見えなかったが、それと同時に6人全員が枯れ葉の如く吹き飛ぶ。


「なぜ……?」


 思わずグリムナの口から疑問がこぼれる。アルトゥームの時は剣速が落ちたのに、なぜ彼女の時には速度を保っていられたのか、ということである。


「簡単な話、単に力が足りなかったのさ」


 イェヴァンは言葉少なにそう答えた。魔剣サガリスは見ての通り自由に大きさと形状を変えることができる。しかしその重量は大きさに準拠し、基本的に大きくなればなるほど重量も上がるのだ。単純にアルトゥームはそれを扱う筋力がなかったのである。イェヴァン風に言えば『気合が足らない』のだ。


「ぐ……うう……」


 アルトゥームが血を吐きながら小さなうめき声をあげる。見ると、全員倒れて立ち上がれないほどの衝撃を受けているものの、だれも死んではいないようである。


(なぜ? あのイェヴァンの力なら一刀のもとに全員とは言わずとも何人かは殺せたはず……まさか……)


 グリムナはある一つの推測が浮かんだ。アルトゥーム達に怒りを表し、戦闘行為に及んだイェヴァン。一見グリムナの術が効かなかったように見えるが、その実効果は少ないものの現れていて部下を殺すことに抵抗感があったのだ。先ほどサガリスが変形したように見えたのは恐らく刃を潰していたのだ。


(やはり俺の術は効いているんだ……これなら、話し合いができるかもしれない)


 希望を見出したグリムナだが、まずはケガ人の治療である。当然彼にはケガ人の治療と、敵の無力化、その両方を同時に行える方法があるのだから。グリムナはすぐに吹き飛ばされたアルトゥーム達の傍に駆け寄る。イェヴァンは先ほどの位置から動かず、何やら自分の掌をじっと見つめている。

 アルトゥームの状態を看てみると刃で切られてはいないものの、血を吐いて苦しそうにしている。おそらく内臓にまで損傷を受けている、危険な状態である。グリムナはすぐに意を決してアルトゥームに口づけをした。


「んむちゅうぅぅ……」


 アルトゥームは白目をむいてビクンビクンと痙攣している。周りの男たちはあっけにとられた表情でそれを見ている。しかし、その光景に一番驚いているのは誰であろう、イェヴァンであった。先ほどの位置から動いてはいないが、目を丸くしてグリムナの方を見ている。


「次!!」


「ひいぃ!!」


 他の5人も同様にけがをしている。グリムナは怪我を負いながらも逃げ惑う男どもを次々と捕まえ濃厚なキスをかましていく。なかなかの地獄絵図である。

 そうこうしているとさらに洞窟の外から10人ほどの男たちが侵入してきた。


「オイ、団長の相手にいつまでかかってんだ! 外を手伝え!!」


 しかしその男たちは団長がいまだ健在で、しかもサガリスを手にしているのに気づいて固まってしまった。しかしさすがに騎士団の男である。すぐに気を取り直して剣を腰から抜いた。男たちの言葉からするとどうやら外でも反乱が起きていて、団長派とアルトゥーム派で激しく争っているようである。よく注意すると怒号や物の壊れるような音も聞こえる。


 しかしその場を動かしたのはグリムナでも男達でもなかった。静かな口調でイェヴァンが言葉を紡ぎ始めたのだ。


「確かに……アタシのやり方にも少し問題があったのかもね……ナメたマネしたからって味方までもすぐに殺すようなやり方はこれからは改めるよ……」


 グリムナは思わずガッツポーズをとった。イェヴァンから自省の念を聞くことができた。やはり彼の術は有効だったのだ。頭は抑えた、これで後は外の反乱さえ鎮めれば、話し合いでバッソーと村人の開放を交渉できるはずである。しかし、彼の淡い期待は次にイェヴァンの口から出た言葉に裏切られることとなるのであったが。


「でもね……」


 『でもね』、である。『しかし』でも『だが』でもよい。いずれにしろ、次に続く言葉はその前に出た言葉と相反する内容なのだ。一気にグリムナの表情に緊張の色が浮かぶ。


「グリムナ……あんたは別よ……」


「え……? 俺?」


「あんたは味方じゃないしね……でも、それ以前にね……」


 緊張の面持ちで次の言葉を待つグリムナ。一体何が彼女の逆鱗に触れたのか。


「こぉの浮気者ォ!! 乙女の純情を弄びやがって!!」


「え?」

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