第401話 竜は去って
終わったのだろうか……
やがてぽつぽつと少しずつ人が戻って来た。
竜は暫く何者かからの攻撃を受けて身動きが取れなくなっていたようだが、やがて時間が経つとそれからも回復したようで、どこかへと歩いて去っていった。
おそらくは、ここはもう破壊しつくし、次なる町へと進撃していくのだろう。
だんだんと遠ざかってゆく足音に、とりあえず
それは別の言い方をすれば、自分達の代わりに殺されるものが出るのだ、ということに他ならないのではあるが、しかし命からがら生き延びた人々にそこまでの配慮を求めることは酷であろう。
そしてその気持ちは、この男、グリムナにとっても同じであった。
もはや言葉を発することもできなかった。ただ、呆然と破壊の跡を眺めるのみ。
冒険の中で、多くの廃墟を見る機会があったが、そのどれもがここまでの規模ではなかった。踏み潰され、擦り潰され、竜が通った跡は建物の形跡も、草木一本すら残っていない。竜の足跡から地下水が吹き出ている場所もある。
かろうじて竜の脚と尻尾が偶然通らず、建物が残っている部分があり、それがここに村がかつてあったのだと主張している。
右腕に暖かい感触があった。
同じく難を逃れたヒッテが彼の腕にきつく抱き着いていた。ともに生き残ることができたことを確かめるためか、それとも未だ恐怖に震えているせいなのか。
「これが……竜の力なのか」
ようやく声を絞り出すことができた。あまりの事態に、声を出すということを忘れてしまったかのようだった。
「あれと、どうやって戦うって言うんですか……」
ヒッテが泣き出しそうな声でそう言った。「確かにその通りだ」とグリムナは感じた。結局彼は竜の復活を止めることは出来なかった。そして、その破壊力をまざまざと見せつけられて、あれは、やはり復活する前に何とかしなければならないものだったのだと痛感した。
復活を阻止できなかった自分は、敗北したのだと。
だがヒッテが言いたいことはそういうことではない。
言葉には出せないが、「もう竜の事は諦めよう、二人だけで、どこか静かな場所に逃げて、穏やかに暮らそう」と言いたいのだ。だがそれを直接的に言わなかったのには、ちゃんと理由がある。
グリムナは辺りを見回し、残った建物に寄り添うように少しずつ集まって来た村人を見て一言喋った。
「けが人の……手当てが必要だ」
両の脚で立てる限り、グリムナが全てを諦めて歩みを止めるなどと言うことは、絶対にありえないからだ。そして、ヒッテもそれを止める術を持たない。なぜなら、そんな彼だからこそ、ヒッテはグリムナの事を好きになったのだから。
諦めの色を少し含みながらも、ヒッテは笑顔を浮かべ、グリムナの手を引いて、村人が少し集まっている廃墟の方に歩いて行った。
竜の脚と尾の被害から逃れた建物と言えども無事なわけではない。竜が巻き上げた土砂……いや、岩や樹木の直撃を受けて屋根も壁もボロボロだからである。
だが、ぼろぼろの壁でもよい。何か寄り添うものさえありさえすれば、人は少しでもそこに安心感を見出すのだ。村の西側の廃墟群の方には20人ほどの村人が集まってきていた。
かろうじて命を拾った村人たち。しかし彼らも無傷ではない。竜の巻き上げた土砂を喰らってか、それとも逃げるときに転倒してか、みな大なり小なり体に怪我を負っている。
「村長さん、生きていたんですね」
ヒッテがそんな村人の一人に声をかけた。村長は大分憔悴しているように見受けられたし、足も引きずっている。彼女が声をかけてもしばらくはぼうっとしていて何の反応も返さなかったが、やがてゆっくりと振り向いてから、力のない声で応えた。
「おお……先ほどの……旅人か
さっきは、すまなかった……」
心底申し訳なさそうな、いや、これはやはり憔悴しきった表情なのだろう、俯き、先ほどグリムナを怒鳴りつけた時とは別人のような生気のない表情だ。
「儂が、どうかしておった……冷静になれば、あんな化け物、人にどうこうできるはずもないのに……」
しかしグリムナは優しい表情で、ただ憔悴している村長を責めないよう配慮した口調で話しかける。
「過ぎたことを言っても仕方ありません。私は回復術師です。生き残った村人のけがの手当てが必要でしょう。村人を一カ所に集めて貰えますか?」
そう言ってグリムナは引きずっていた村長の脚のズボンをめくり、転んだのか、飛礫を受けてか、派手に出血している。
「ヒビが入ってるか……?」
けがの程度を確認してグリムナはすぐに回復魔法で怪我を直した。村長は「おお!」と、感嘆の声を上げ、そして涙を流しながらグリムナに感謝の意を示した。
自分はあれほどにあなたを疑い、八つ当たりともいえる疑惑をかけて怒鳴り散らしたのに、それを責めることなく傷の手当てをしてくれるとは、何と慈悲深いのか。
だが、グリムナはそれを手で制した。
「今はそんな言葉よりもやるべきことがあるはずです」
彼の言葉にヒッテも同意を示す。もはや以前のようにお人好しのグリムナを責めるような言葉は口にしない。
「そうです、村長さん。けが人の手当てはヒッテとグリムナがしますから、生き残った村人の確認、それに、物資……食料がどのくらいあるのか。確認をお願いします」
二人はすぐに行動を始めた村長を後目に、残った廃墟に集まってきている村人の方を見た。
やはりというかなんというか、その中にはアムネスティもいた。多くの村人が亡くなり、生き残ったのは傭兵と合わせても20人程度であったが、殺しても死なないあの女が死んでるはずもなかったのだ。
しかしさすがのアムネスティも焦燥しているようで、ちっちゃいグリムナを抱いてうずくまっている。そして彼女を気遣う様にミシティとリカウスが隣で様子を窺っている。
「よかった、四人とも無事だったんだな……」
知っている顔を見つけてグリムナも安堵のため息を漏らす。小走りに駆け寄り、声をかけようとしたが何か様子がおかしい。
見れば、アムネスティが涙を流していた。
(この人、泣くんだ……)
失礼なことをヒッテが頭の中で考えるが、実際あのアムネスティが泣くなどよほどの事であろう。
アムネスティはグリムナに気付くと涙も拭かずに顔を上げた。アムネスティは年の割には若々しい顔をしているが、涙に濡れ、焦燥しきった顔は年相応か、それよりも老けて見えるほどだった。
「この子が……グリムナが息をしていないの! 助けて! あなた、回復術師なんでしょう! この子を……!!」
差し出された赤ん坊を見て、しかしすぐにグリムナの表情は暗くなった。ゆっくりと、首に手を当て、確認をし、そして悲しげな眼でアムネスティに話しかけた。
「すまない……俺の力では、すでに亡くなっている人を、治すことは出来ない」
おそらくは、飛んできた石が直撃したのだろう。頭部には大きく陥没した後があり、血痕が付着している。
「どうして!? あなた回復術師なんでしょ!! 諦めないでしっかりやりなさいよ! 昔私が逮捕したのを恨んで手を抜いてるんじゃないの!?」
アムネスティが食って掛かり、グリムナの胸倉を掴んでがくがくと揺らす。ミシティもあまりの彼女の剣幕に不安そうな表情を見せて尋ねる。
「ねぇ、グリムナ、死んじゃったの?」
涙目でそう尋ねるミシティを、ヒッテは何も言わずに抱きしめた。
アムネスティはグリムナをゆするのをやめて、ガックリと項垂れた。子供を抱いたまま。
よく見てみれば彼女のからだ中にも大小の傷がいたるところについていた。おそらくは子供を守るために盾になったのだろうが、それでも防ぎきれなかったのか。
グリムナがそれに気づいて、ケガを治そうと手をかざすと、彼女はそれを振り払って怒鳴りつけた。
「さわらないで!!」
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