第15話 ヒッテ
「毎度あり!」
奴隷商の店主は満面の笑みである。一方のグリムナは本当にこれでよかったのか、自分は流されてしまったのではないか、と自問自答しながら金を数える。実際流されているのだ、仕方あるまい。
幸いにもこれまで勇者一行として行動してきた結果、数々の依頼を受け、人を助け、その報酬としてもらった金があった。それを4等分した分を餞別として受け取っていたので、奴隷を買ってもまだ資金には若干の余裕はある。
「よおし、じゃ、新しいご主人様に挨拶しろ! えと、名前なんだったかな?」
この店主は自分の所有している奴隷の名前すら覚えていないようだ。
「ヒッテ、です。よろしく」
奴隷の少女は言葉少なに自己紹介をした。名前は『ヒッテ』と言うようだ。少女は前髪が長く、目が隠れていて、見た感じでは少し控えめそうな、おとなしそうな印象を受ける。しかし初めて会ったときは客引きのような言動をしていたし、途中で急にカタコトになったり、とイマイチつかみどころのない性格のように感じられた。
奴隷契約の呪式を結ぶ、と店主に言われてグリムナは言われるがまま店の奥に入っていく。
「じゃあヒッテ、そこに立て。あんたはヒッテの額に手を当ててくれ。」
店主の言う通りグリムナが額に手を当てると、店主はヒッテの後ろから両肩に手をのせて何やらぶつぶつと呪文を唱え始めた。グリムナは一体何をやっているのかが分からず不安そうな表情で見ている。
「あの……これは、一体?」
「隷属の呪法だ。奴隷が、主人に向かって逆らうことに対して心理的なブロックが発生する。それと、主人に対して少しだが敬意を抱くように思想誘導させる効果もある。」
グリムナの質問に店主はそう答えると、そのまま呪文をつづける。しばらくするとヒッテの首輪がぼうっと光ったように感じた。
「あんたの名は?」
「グリムナだ。」
「グリムナ……?ああ、例の、『ホモのグリムナ』か。」
(え……?俺、今そんな二つ名で呼ばれてんの?どんな噂の広がり方してるんだ?)
店主とのやり取りにグリムナが不安を覚える。余談であるが、この二つ名を広めたのは、実はシルミラである。そうこうしていると店主は呪文を唱え終えたようで、今度はグリムナにもわかる言葉で、ヒッテの肩に手をのせたまま話しかけてきた。
「汝、ヒッテは彼の者、グリムナを主人と認め、忠誠を尽くすことを誓うか?」
「誓います。」
ヒッテが答えると店主は次に同様にグリムナにも問いかける。
「汝、グリムナは此の者、ヒッテを奴隷とし、その存在を庇護することを誓うか?」
グリムナは少し考えていたが、これはやはり同様に自分も答えるのか、と思い、ヒッテと同じように返答した。
「誓います。」
(なんだか結婚の宣誓みたいだな。奴隷って主人が庇護する責任があるのか……知らなかった。)
「よし、これで隷属の儀式はおしまいだ。あとは書類上の手続きがあるからこっちの机に来てくれ。あ、ちなみにその『隷属の首輪』を外しちまうと呪法は解けちまうからな、注意してくれよ。」
グリムナは店主に促されるまま契約書にサインをする。サインが終わると奴隷の扱いについていくつか注意点を聞かされ、契約の手続きはすべて終了した。
「ありがとうございます。優しそうなご主人様に巡り会えて、ヒッテは幸せ者です。」
店の外に出るとヒッテはそう話しかけてきた。いつもラーラマリアに罵倒されてばかりいた彼は、素直に褒められると、恐縮してしまう。
「とにかく、荷物はそれしかないの?着替えとかは?」
グリムナがそう質問すると、ヒッテは確かに荷物などないと言う。どうやら彼女の私物は今着ているワンピースだけのようである。
「それじゃあ冒険どころじゃあないな。とりあえず衣服や下着…いや、櫛とか雑貨も必要になるな…一通り買い揃えに行こう。」
「そ、そんな……あまり奴隷などに金を使わないでください。ヒッテは間に合わせの物で十分です。」
互いに卑屈な性格のためなかなか話が進まない。これではいけないとグリムナは考え、多少強引にヒッテを引っ張って雑貨屋に寄って、女性に必要になりそうなものをいくつか見繕って購入した。
その間もヒッテはずっと恐縮しきりであった。
雑貨を買った後は服屋に向かった。時刻はすでに夕刻であり、閉店間際ということもあり急いで服を選んだ。店に入るとヒッテは明らかに奴隷と分かるような服装と首輪をしていたため、店の人間は露骨に嫌そうな表情をしていた。
この世界の商売人は客を神様だなどと言ったりはしない。自分の感情に正直である。
ヒッテはやはり簡素なワンピースと動きやすいズボンと長袖などを手早く選び、支払いを済ませて店を後にした。
「それにしても態度の悪い店員だったな……奴隷だからってあそこまで露骨にぞんざいな扱いになるもんなのか……」
「そんなものですよ? ご主人様は奴隷と付き合いのないところで生活してたんですか?」
ううむ、とグリムナが考え込む。確かにこれまでの人生で奴隷との接点はあまりなかった。故郷は割と生活に困窮することのない肥えた土地であったし、冒険者になって外に出てからは意識的にそういう場所に近づかないようにしていたからだ。
「その……申し訳ありません。ヒッテのせいで不愉快な思いをさせてしまって。」
「いや、いいんだ。ヒッテは何も悪くないよ。奴隷だからって態度を変える人間の方が間違ってるよ。」
グリムナがそう言うと、ヒッテは少し考えてから歩みを止め、グリムナの進行方向に回り込んでから真剣な顔で話した。
「改めて、よろしくお願いいたします。グリムナ様のような優しい方が主人になってくれて、ヒッテは嬉しいです。どんなことでも申し付けてください。命をかけてヒッテはご主人様に尽くします!!」
「い、いや……命はかけなくていいけど……」
グリムナが若干引きながらヤンデレ宣言に答える。この男は頭のおかしい女に好かれる星のもとに生まれたのだろうか。
「それよりもそろそろ夕飯の時間だ。どこかで食べてから宿を探そうか。」
そう言ってグリムナは近くの、なるべくみすぼらしい大衆酒場に入った。奴隷連れなので当然レストランには入れない。トラットリアにも少し気が引ける。先ほどの服屋のような応対をされると彼の心が疲弊するからだ。ということでそれよりもさらに格下の大衆酒場である。
こういった店は自由市民、奴隷、亜人からホームレスまでありとあらゆる底辺の人物が集まる動物園状態であることが多い。彼の入った店も、すでに店に入る前から大きな話し声、怒声、歌声が道まで聞こえてきており、奴隷が一人や二人入ったところで誰も気にしない。
それどころか小遣いをためた奴隷が憂さ晴らしに飲みに来るようなところでもある。
店に入るとグリムナとヒッテは端っこの二人掛けの小さいテーブルに座った。
「お姉さん、お姉さーん、すいません、俺とこの子に麦粥と何か肉料理をお願いします。」
グリムナがウェイトレスにそう注文すると、ヒッテが恐縮してそれを止めた。
「ご主人様、ヒッテは食べ残しで十分です!それにご主人様と奴隷が同じテーブルにつくなんてとんでもありません。ヒッテは外で待ってます!」
この言葉にグリムナは眉間にしわを寄せ、真剣な顔で彼女に語り掛けた。
「いいかヒッテ、奴隷と主人に違いなんてない。同じ人間だ。家族だと思ってくれていい……遠慮することなんてないんだ……」
「え……!?」
「だから、奴隷だからって遠慮することなんてないんだ!」
「はい!?なんて!?」
ヒッテが耳の後ろに手を当てて再度聞き返す。
「俺たちは!か、ぞ、く!!」
「すいません、もう一度!!」
「ああ~、もう!!うるせぇなコイツら!!」
グリムナが周りを見ながら毒づくがそれを気に留めるものなどいない。ヒッテに気を使って大衆酒場にしたのが完全に裏目に出た。こんなことならテイクアウトにするべきであった。
「どぅしますぅ~?最初の注文でいッスか~?」
さすがにウェイトレスは慣れたものである。ちゃんと聞き取れているようで注文を確認してきた。料理が出てきてもまだヒッテは戸惑った表情を見せていたが、ここにいる限りろくに会話もできないので、グリムナは身振り手振りで早く食べるようにヒッテに促し、食べ終わるとさっさと代金を払って店を後にした。
「あとは宿か…遅い時間になっちゃったけど、まだ部屋空いてるかな?」
そう呟きながら町はずれの安宿に足を運ぶ。まだラーラマリア達もこの町にいるはずなのでなるべく離れた場所の宿で、なおかつ安い宿を狙う。まだ資金に若干の余裕はあるものの無駄遣いはできないのだ。
宿についてフロントに部屋が空いているか尋ねると、幸いまだ部屋が一つ空いているという。しかし一人部屋でベッドが一つしかないという。
「どうすんだい? お連れは奴隷だろう? だったら別に同じ部屋で構わねぇだろう。毛布くらいなら無料で用意するぜ?」
宿の親父の言葉にグリムナがちらりとヒッテの方を見る。ヒッテはなんでもない顔をしているが、グリムナは少し悩んだ。
(一応、子供とはいえ男女だからな……)
グリムナ、男の見せどころである。
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