第14話 奴隷
「本当に……行ってしまうのね……グリムナ……」
「すまないな、ラーラマリア。俺には俺の使命がある。たとえお前のお願いでも、俺のやり方を変えることはできない。」
珍しくしおらしいラーラマリアにグリムナもなんだか調子が狂うような感じである。
「そんなに……男がいいの……? シルミラからいろいろ教えてもらったけど、やっぱり、一度男同士を知ってしまったら、あとには戻れないの……?」
「い、いや……そういう話じゃなくてだな。お前なんか俺の事勘違いしてないか? シルミラは腐女子だからな? あいつの言うことは真に受けるなよ!」
「もういい!」
ラーラマリアはもう話を切り上げて仲間たちの元に戻ろうとした。グリムナを置いて。しかしその後姿をグリムナが呼び止める。
「これを……」
グリムナはラーラマリアの首にネックレスを提げた。
「以前にとある身分の高い人からもらったお守りだ。やり方は違っても俺とお前の目指すものは同じ。それに、俺にとっては大事な幼馴染なんだ。無理はしないでくれよ……」
グリムナのこの言葉にラーラマリアは複雑な表情になる。
「そういう……優しいところが嫌い……」
そのままラーラマリアは走って去っていった。
時間軸的には第1話の続きとなる。こうしてグリムナは勇者ラーラマリアのパーティーを追放された。二人は世界を平和にするという共通の目的を目指しながらも結局そのアプローチの仕方の溝を埋めることはできず、物別れとなった。尤も、『ホモ疑惑』という別の側面もあるのだが。
グリムナは途方に暮れて街を歩く。これからどうすればよいのか、勢いよく飛び出したものの、そのビジョンが全くないのだ。
「こんなことなら、少々危険でもレニオにも来てもらうんだった……」
世界を平和にする。その目的はあるものの、具体的に何をすればいいのかは分からない。実を言うとそれは勇者一行の中にいた時も同じだったのだが、正直言ってレニオやラーラマリアが決めた方針に付和雷同に付き従うだけだったのでそこは深く考えたことはなかったのだ。
世界が疲弊し、人々が絶望すると、どこからともなく竜が現れて世界を滅ぼすという伝説。それを防ぐため、竜の復活を阻止する。もしくは復活した竜を倒す、というのが勇者の第一の目的である。竜はまだ復活していない。ならばすることは一つ。絶望に打ちひしがれる人々を助けることだ。
ゴルコークに苦しめられていた人々を助けたように、各地で困っている人たちを助ける。
それに、困っている人たちを助けるだけではなく、グリムナは違ったアプローチからの解決方法も試してみたいと考えていた。
400年前の竜の出現に関してはまだ文字の普及が遅れていた時代ということもあり、ほとんど記録が残っていない。なので過去の遺跡などを当たって、そもそもの竜が出現した理由そのものを調べてみたい。もともと考古学志望であった彼はそう言った活動をしてみたいとずっと思っていたのだ。それが、今回勇者一行を追放されたことでやっと自由にできるようになった。なったのだが……
「先立つものがないとなあ……」
先行投資なしに金を稼ぐ方法、パッと思いつくものはいくつかある。まず一つ目は日雇いの肉体労働だ。これは土木工事や農家のヘルプなど様々だが効率が非常に悪く、下手すると日々食いつないでいくだけで精いっぱいになってしまうことがある。世界を救う旅どころの話ではない。
もう一つが『冒険者』だ。この世界には『冒険者ギルド』なるものがあり、危険な魔物の討伐や傭兵の募集から町のドブさらいまでありとあらゆる仕事の情報が共有されるシステムがある。こういったものが職を失った無頼の輩どもの受け皿になっている側面もあるのだ。下位の仕事は前述の日雇いの仕事と全く変わらない、下手するとそれよりも稼げない程度の仕事ばかりだが、上位の依頼になると難易度とともにその報酬も青天井である。
さらに依頼にない内容、未発掘の遺跡での遺物を鑑定してくれたり買い取ってもくれるのだ。
竜の事を調べたいグリムナにとってはこれが最も魅力的な職業である。しかし……
グリムナはこの町の冒険者ギルドの建物をしばらく眺めてからまた歩き出した。
一人でできる仕事など限られてるのだ。
冒険者ギルドに依頼を出す側も、当然選ぶ権利がある。そういった人間がたった一人でいるグリムナに仕事の依頼を受けさせるわけがないのだ。単独で遺跡を調査するにしても、荷物持ちなどの人手は必要になる。ならば仲間を集めればよい、という話になるのだが、それもそう簡単にはいかない。ラーラマリアと違って彼自身は有名な冒険者というわけでもない。それどころか『誰彼構わずディープキスしまくる危険人物』というのが彼のもっとも有名な評価である。
冒険者という男社会の中で『男の貞操を狙う危険人物』というレッテルを張られてしまったのだ。これでは仲間が集まるはずがない。
グリムナが歩きながら独り言ちる。
「くそっ、結局一人じゃ何にもできないのか……せめて一人でも、荷物持ちくらいでもいいからいれば……」
「そんなあなたには奴隷がおすすめ。」
突然聞こえた声にグリムナが顔を上げてきょろきょろと辺りを見回し、やがて近くにいた一人の少女に目星をつけて声をかけた。
「今言ったのお前か?」
声の主はどうやら少女のようだった。その少女は奴隷商と思しき店の前で大きな樽の上に座って足をぶらぶらと揺らしていた。小汚い麻のワンピース、というよりは貫頭衣であろうか、さらに首輪をしていることからやはり奴隷であろうということが見て取れる。
少女はこくこくと頷く。
(奴隷って客引きするもんなのか……?自分を売り込んでるのか?この子……)
グリムナがあっけにとられていると奴隷商の店主らしき男が店の奥から出てきた。少しグリムナの表情に緊張の色が走る。実を言うと彼はこの手の店、奴隷商や風俗店には意識的に近寄らないようにしていた。
彼は自分の性格を把握していないほどの愚か者ではない。そういった店に入れば不幸な境遇の人間に同情して、いいように搾り取られてしまうだろうと、自分でも思っていたから敬遠していたのだ。
しかし、事ここに至っては奴隷、というのもそう悪い選択肢でないような気もしてくる。
「お客さんこういった店は初めてで?どんな人手が必要なんで?」
以外にも気さくな口調で話しかけてきた店主に少し安心しながらグリムナがその質問に答える。
「ええと……冒険者なんで、荷物持ちくらいでいいんで人手が欲しいんですが……」
「冒険者ですか……戦闘ができる方がいいんですかな?」
この店主の質問にグリムナは「戦闘はしない」ときっぱりと答えた。確かにそういう種類の冒険者もいるにはいるが、普通は全く戦闘がない、という事態にはならない。行商人が普通に街道を歩いているだけで山賊に皆殺しにされて金を奪われる世界である。『戦闘を想定しない』ことなどあり得ないのだが、グリムナは『あの技』で戦闘を回避できる自信があるからそう答えたのである。
この言葉を聞きながら店主は少し歩きながら考える。
(こいつは世間知らずのカモ、だな。使いどころのないごみを引き取らせるとするか。)
先ほどグリムナに声をかけた少女の奴隷に近づき、グリムナに気づかれないように耳打ちをした。
(いいか……教えたとおりにしろよ……)
「だったらこいつなんて調度おすすめですよ。性格が悪いんで買い手がなかなかつかなかったが、意外と根性もあるし体が丈夫だ。荷物持ちくらいなら問題なくできまさあ。そして何より安い!年は、確か11か12だったかな?夜の相手だってそろそろできますぜ。ほれ、貧相な体を見せてやれ。」
店主がそう言うと少女はワンピースの裾をめくって体を見せようとしたので慌ててグリムナがそれを止めた。
(やっぱりこいつチョロそうだな……こりゃいけるぞ!)
店主はそう考えてグリムナに見えないように少女に合図を出した。
「ご主人様……私、買てください。お店に来る男たち……怖くて悪そうな人ばかり……助けて……」
(なぜカタコト……?)
その言葉に疑問を感じながらも、涙を流して訴える少女にグリムナは抗えない。とうとう店主に少女の金額を訪ねてしまった。ここまで終始店主のペースである。グリムナは会話の主導権を握るのが苦手だ。
(うむむ……少し厳しいが、買えない金額じゃない……荷物持ちは、本当に必要だし、俺の金で不幸な少女が一人減ると思えば……)
自分に言い訳をするようになったら人間おしまいである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます