第95話 呪いの手紙
グリムナ達はヒッテの呪いについて調べるために北へ向かうことになった。途中地母神の遺跡をもう一度調べようともしたのだが、遺跡は跡形もなく爆破され、埋められてしまっていた。
「ヴァロークの連中に先手を打たれてしまったな……」
力なくそう呟くグリムナの表情にはやるせない辛さが感じられた。彼は普段他人に対して憎しみの感情を持つことは少ない。怒りを覚えてもそれがあまり長続きしない性格なのだが、それでもカルケロを殺し、ヤーンを道ならぬ道に引きずり込んだであろうヴァロークに対しては思うところある。
カルケロに対しても、遺跡に対しても先手を許してしまった。それが後々の大きな失着とならねばよいのだが。
さて、エルフの里を目指しての北への道のりは大変厳しい物であった。それほど遠い距離ではなかったのだが、針葉樹が鬱蒼と茂り、山も谷も傾斜がきつい。気候もかなり寒さを増してきている。もはや持ち主のいなくなったカルケロの家から防寒具を拝借したものの、夜になれば大層冷える。
距離を考えればそう何度も野営をしなければならないような距離ではなかったのだが、実を言うと道のりが厳しいものとなったことの一番大きな原因はフィーである。
こいつがぐだぐだぐだぐだ、やれ足が痛いだ、やれ腹が痛いだ、やれ今日は肉の気分だから狩りをしようだ、とにかく足を引っ張るようなことばかりしてばかりいるのだ。
「あのさぁ……いい加減にしてくれる? 北に行きたくないのは分かるんだけどサ……」
暗い森の中、今日も結局目的地にはたどり着けずに野営となってしまった一行は焚火を囲んで夕飯を取りながら話し合いをしている。そんな中、グリムナがとうとうフィーに対して不満をぶつけたのだ。
フィーはグリムナに睨まれながらそう言われるとごまかし笑いをもって答えとした。しかしグリムナもこのことに関してはそう深くは突っ込まない。正直に言うとフィーがこの冒険についてきていること自体彼女の気まぐれのようなものなので、あまりへそを曲げられてしまうとそれも困るのだ。
「しかし、あのレイスは一体何だったんだろうな……結局その腕の呪い以外には攻撃みたいなことは何もしてこなかったし……元々はカルケロのところに度々訪ねてきて家に侵入しようとしてきたんだっけ?」
グリムナがそう言うと話題を変えたいのかフィーも乗ってきた。
「最初はヴァロークの使い魔とか、なんかそんなものじゃないかって思ってたんだけど、私達に対する態度を見るとそれもちょっと違いそうよね……もしかして、死神の使いとか……?」
フィーの『死神の使い』という言葉にグリムナはフッと思わず鼻で笑ってしまった。
「いや、笑ってすまん。でも、フィー、お前意外とロマンチストなんだな。神様なんて信じてるのか? もしそんなものがいるなら……ん? なんだ?」
飯を食べながら話をしていると、グリムナが何やら自分の尻を気にしてもぞもぞとしている。「どうかしたんですか?」とヒッテが声をかけるとグリムナが答えた。
「いや、なんか尻の下にごりごり当たるものが……石か? ……なんだこれ?」
グリムナは自分の座っていた地面の下をマチェーテで少しだけいじるように探ると、小さい瓶のようなものがされていた。
その瓶にはコルクで蓋がされており、中には何やら紙のようなものが入っている。手紙、だろうか? グリムナがその瓶を顔の前に持ってきてしばらく考え事をしている。フィーはそれを見て、なんだろう? 何か見覚えがある、と考えていた。
「手紙? メッセージだろうか……? 誰から誰への……?」
そうぶつぶつと呟いているグリムナを見て、フィーの表情がみるみるうちに青ざめて行ったのには誰も気づかなかったが、グリムナが瓶のコルクを開けようとしたのをヒッテが制止した。
「待ってください、ご主人様。なんか怪しくないですか、そのビン」
「怪しいって何がだ?」
「何か……呪具の類とかでは……? 私たちを対象とした……」
この言葉に、夜闇の中、焚火の光だけなので分かりづらかったが、全員の顔色がサッと青くなった。
「俺達を狙った呪い、ということか……? 俺がここに座ったのはたまたまで、何か物があるって気になったのもたまたま。さらに言うならここに野営を張ったのだって偶然だろう? それなのにそこを狙って呪具を仕込むなんて、そんなことできるか?」
グリムナはそう言ったが、ヒッテはこれに対する答えをすでに用意していたようで、すぐに答え始めた。
「人は自分が選んだと思い込んだものには『これは安全だ』と思い込む傾向があります。自分の選択を、自分で考えたものが相手にわかるはずがないと思うからです」
ヒッテは辺りを見回してからさらに言葉を続ける。
「ここを野営地に選んだのはご主人様ですが、それは本当に自分の意思だったと言えますか?」
「何言ってるんだ? 間違いなく自分の意思で……」
「ほかの場所を検討した時、何を基準にここにここを選びましたか? 野営地の選定をしている時、まだ日は出ていました。今日は雲は出ていませんし、それなら月明かりの入る、ある程度開けた場所が最適だと思ったでしょう。あまりにも腐葉土が多くて湿った地面は野営には適さないですし、斜面も良くないです。四人が野営をするならある程度の面積も必要になります。そう考えた時、自分の意思で選択するように見えても、本当はここにしか選択肢はなかったんでは……?」
「全部の選択肢を潰せなくても、ある程度の候補を絞れれば、コストの高くない呪具なら複数仕掛けてもいいと思いますし、ビンに気づきやすいようにもしてるかもしれません。こんな山の中に明らかな人工物があれば目立ちますからね」
グリムナはヒッテのこの言葉を聞いて、瓶を開けようとした手を止め、他の二人にも意見を聞くことにした。フィーとバッソーの方を向いて、二人はどう思うか、このビンに呪いがかけられているのか、魔力の気配で分からないかを聞いた。その言葉にバッソーは少し考え込んだが、すぐにフィーが答えた。
「私は、そのビンに呪いはかけられていないと思うわ。魔力の気配は感じないし、第一そのビンをよく見て。おそらく何十年も昔に埋められたものよ。私たちが北に向かっていることを知っているものならある程度のルートと、進行速度からどこに野営地を設営するかの検討はつけられるでしょうけど、そのビンの古さはそんな昨日今日埋めた物じゃないでしょう」
グリムナはこの言葉にやっと安心したみたいで、少し明るい顔になって瓶を開けようとしたが、フィーはさらに言葉を続けて彼を制した。
「……それを踏まえたうえで言わせて頂くけど、そのビンは開けない方がいいわ」
これにはグリムナも思わず「はぁ?」と聞き返してしまった。フィーの見立てではこのビンは自分達を狙って仕掛けられた罠ではないという。しかし開けるな、とも言う。そしてその理由は教えてはくれないのだ。
グリムナは少し呆れたような表情をしていたが意を決したようで瓶のふたに手をかけた。
「もういい、開けてみればわかることだ。どうせこれから呪いのプロフェッショナルに会いに行くんだ。これ以上呪いがかかったところで一つかかるも二つかかるも同じようなもんさ」
『一人殺すも二人殺すも同じ』みたいな言い方でグリムナは制止しようとするヒッテを無視して瓶のコルクを引き抜いた。フィーは諦めたような表情でそれを黙ってみている。
余談だが『一人殺すも二人殺すも同じ』って何が同じなんだろうか。貰える経験値だろうか。
瓶を開けた時には特に何も起きなかった。グリムナはそのまま中に入っていた丸められた紙を引っ張り出して広げたが、それを見た瞬間「ヒイッ」と悲鳴を上げてそれを落としてしまった。
フィーは右手で顔を覆っていたが、ヒッテとバッソーがその紙を覗き込み、何が書いてあるのかを確認した。
-許さないぞ-
紙には血だろうか、いや古い物ならば血はもっと真っ黒になっているだろうから絵の具かもしれないが、真っ赤な文字で、そう書いてあった。
「くそっ……やはり俺達を狙いに定めた呪いだった……あのレイスの仕業か……?」
グリムナが後ずさりしながらそう言うと、ヒッテも自身の手首を確認しながら言う。
「今のところ何も異変はないみたいですが、一体どんな呪いが……やっぱりヒッテ達がここに野営をすることを知っていて呪具を仕掛けていたんですね……」
バッソーも顔を青ざめて、冷や汗を流しながら周囲を確認している。
「許さない……許さないとは何が……? 遺跡の深部に入ったことか? 他に思い当たることはないが……そのレイスは神殿の遺跡と何か関係あるのか?」
大層取り乱している3人とは対照的にフィーだけはその場に座ったまま、未だ右手で顔を覆ったままである。
(……呪いじゃあない)
「フィー! フィーは何か知っているのか? これは一体どういう呪いなんだ!?」
グリムナがそう彼女に問いかけるが、まだ彼女は動かない。
(だってそれ、私が40年くらい昔に埋めた物だもん……)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます