第103話 生成ダンジョン

 グリムナ達はネクロゴブリコンの住処の近くであるアンキリキリウムの町を目指しているが、途中、再度地母神の神殿に寄っていた。


 やはり神殿は魔法か何かで内部から爆破されてしまったようで完全に地に埋まっていた。おそらくこれを掘り起こすことができたと仮定しても、内部に重要な証拠や、聖剣エメラルドソードに繋がるものを残すなどという不手際をあのヴァロークが犯すはずがない。


 グリムナ達は失意のうちに、一旦バッソーの家のあったエルルの村に滞在したが、そこである噂を聞いたのだった。


「新しい神殿?」

「なにそれ? 私たちが探してるのは新しい神殿じゃなくて古い神殿でしょ?」


 グリムナとフィーが、ヒッテの持ってきた情報に耳を傾けたが、最初はいまいちどういう趣旨の情報か、それさえ判然としなかった。


「いえ、新しく発見された神殿というか……いや、それも少し違うのかな……」


 ヒッテが少し考え込んでからもう一度説明を始めた。


「確かに以前まではそこには何もなかったらしいんです。でも、ある日突然に現れたとかで……う~ん、自分でも何を言ってるのかよくわからないんですけど……突然発生した神殿? みたいなんですよね……」


「発生? 神殿って発生するものなの? 誰かが発掘したんじゃなく?」


 グリムナはまだヒッテに質問するが、彼女も村で噂を聞いてきただけなので正直言ってよくわからない。すると、バッソーが口を開いた。


「……ふぅむ……ワシも噂でしか聞いたことはないが、もしかしたら、ダンジョンが発生したのかもしれん……」


 ダンジョンの発生。これはグリムナもフィーも、当然ヒッテも初めて聞く話である。バッソーが言うにはこの大地には魔力が流れており、その魔力溜まり、『龍脈』と呼ばれる場所があるという。

 通常、そう言った龍脈が何十年も停滞し続けることはないが、何らかの原因が複合して魔力が留まり続けると、そこにダンジョンが発生し、巨大な洞窟となり、魔物の住処ができる。


「そんなことが……本当にあるんですか? 魔物が大発生するだけならまだしも、ダンジョンが発生って……ファンタジーやメルヘンじゃあないんですから」


 あからさまに怪しむグリムナだが、ここで反論したところで詮無きこと。実際に行って確認してくればすむ話なのである。

 その日はバッソーは自分の家に、他の三人は村の集会場を貸してもらって休みを取り、明日の朝から調査に行ってみることにした。




「話に聞いたところだとこの辺りのはずですけど……」


 翌日、グリムナ一行は噂のダンジョンを求めてヒッテが村人から聞いた場所を捜索していた。あまりにも唐突で、そして荒唐無稽な話である。これが竜や聖剣エメラルドソードにつながるのかは分からない。しかしそもそもが全長数十キロにもなる荒唐無稽な竜を倒すための旅なのだ。何が手掛かりになるのかは分からない。そう思って藁にもすがる思いでダンジョンを探す。

 もしも何か超自然的な力が発生しているのなら思わぬところで竜につながることもあるかもしれない、と思ったのである。


 しばらく捜索をしているとグリムナは足元に何かを見つけた。


「ん……? これは、スネアトラップか?」


 エルルの村の村人が仕掛けたのだろうか、彼の足元にはウサギかタヌキか、そんな小動物を狙ったと思われる木の枝と蔓を結んで作ったスネアトラップが仕掛けてあった。


「小動物用のトラップがあるみたいだから、みんな、気を付けてな」


 そう言いながらグリムナがトラップをつまびらかに確認する。トラップは刃物などの危険な仕掛けはなく、ただ獣の足を引き上げるだけの人にはダメージのないようなものであったのでおそらく他意はない、本当に小動物用のもののようだった。


「こんなところで罠を仕掛けて食料にするのかな? 村人の食糧事情も困窮してるのかな……」


 数週間前に国境なき騎士団に襲われた地である。その時に大規模な略奪と焼き討ちも受けている。さらに言うなら各地で起きている戦乱、小競り合いはおさまるところを知らない。戦となれば市民は徴兵を受けることもあるし、戦には大量の金と食料が必要になる。おそらくこの村も領主からの臨時の徴発を受けているだろう。このトラップはそれだけ食糧事情が厳しいということの証左に他ならないのだ。


「グリムナ、こっちじゃ……」


 そう言って手招きをするバッソーに全員が寄っていく。彼の近くまで歩み寄るとバッソーは森の奥の方を指さして言った。


「あそこじゃ、少し木が少なくなって開けている場所があるじゃろう……」


 全員が彼の指さした方向に注視する。すると確かに気の少し開けた場所があり、さらに遠くてよく分からないが何やら白い、階段のようなものが見える。全員が一か所に集まり、周囲を警戒しながら慎重に歩みを進めていく。もしバッソーが言っていたような『龍脈』によるダンジョンの発生だとすると、魔物も多く発生している可能性もあるのだ。


 一行は慎重に進んでゆく。正直言って全員が、魔物との闘いなどあまり経験がない。唯一グリムナだけがその手の経験は豊富なのだが、ラーラマリア達に同行していた時は魔物の討伐はよく請け負っていたものの、戦っていたのはほとんどラーラマリアとシルミラであって彼は戦闘要員ではなかったし、それを除くとターヤ王国の山賊のボス、トロールのリヴフェイダーと戦ったきりである。


 野生動物のように強い力と俊敏性、それに柔軟性。さらには野生動物にはない特殊能力を持つ危険な生き物である。リヴフェイダーは切断された腕を瞬時に繋ぎなおすすさまじい再生力を持っていた。


 ともかく、必要性がなければできればそんな化け物とは遭遇したくない。慎重に辺りを警戒しながらゆっくりと進んでいくと、やがて『神殿』の概要が見えてきた。


 そこに至るまでに参道や灯篭のようなものは一切見当たらなかったが、突如として地面の中から神殿が現れるような構造となっている。まるで地中に埋まっていたダンジョンの入り口が掘り起こされたような構造である。見えている部分は幅10メートル、長さ20メートルほどの矩形となっており、階段があって下のスペースに降りられるようになっている。内部の壁面には小さめの柱があり、質素な装飾が施されている。何に使うスペースなのかは分からないが、階段を降りたところはさらに一段下がっている小さなくぼみとなっている。


 そこからさらに奥に入れるように横穴があいており、通路になっているようなのだが、その奥は日が差さないため、中の様子はようとして知れぬ。


「何か妙だな」


「何が?」


 グリムナが違和感を感じてそう呟くとフィーが聞いてきた。しばらくグリムナは考え込んでいたが、やがて違和感の正体が分かった。階段である。


「階段だ。普通の地面の高さから、下りるように設えてある」


 フィーは首を傾げ「それがどうかしたの?」とグリムナに問いかけてきた。


「つまり、このダンジョンは古いもので、塵や土砂の堆積によって埋まったものじゃなく、今の地面の高さの時にできた物ってことだ。最近できた、新しい物ってことだな」


「ってことは、やっぱりここ最近で急に発生したダンジョンってこと?」


 フィーがさらに質問して来たものの、それはグリムナとて分からない。彼はとりあえず全員に慎重にダンジョンの中に降りてみよう、と提案した。全員が慎重に階段を下りて遺跡の前庭だろうか、一段下がったところに降りていく。階段も床も、よくよく見てみると、石造りではなく土を削ったままのような材質になっており、慎重に歩かなければ崩れそうな脆さに見える。


 慎重に歩いている理由は、奥から魔物が出てこないかを警戒しての事、というのもある。しかしここまで様子を見た限りではそんな気配はない。それどころか全く生物の気配は感じられなかった。


「ご主人様、この柱を見てください。何か、おかしいです……それともこういった建築様式なんですかね?」


 ヒッテの言葉にグリムナが壁面にある柱を見てみた、が、よくよく見てみるとそれは柱ではなかった。


 なんと、周りの土をくり抜いて、器用に模様付けをして柱『風』にしてあるだけの、ただの壁だったのだ。


「なんだぁ? ……この雑な作り……」


 神殿というものは作られた年代、文化によって様式は全く変わるものである。しかし柱『風』にするなど聞いたことがなかった。柱が欲しいなら柱を作ればいい、壁にするなら壁のままでいいのだ。偽物を柱『風』にするなどあり得ない。そんなイミテーションは神殿の『格』を下げることにもなりかねない。


 宗教とはナメられたら終わりである。いつの時代のどんな文化圏だろうと、それだけは変わらないことのはずなのに、この遺跡はその『禁忌』を容易く犯しているのだ。


 グリムナが柱風の壁を見ながらぶつぶつ呟いていると、甲高い叫び声が聞こえた。


「コラーッ!!」

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