第348話 男と女、密室、遺跡、何も起きないはずが無く

「上手くいったッスか?」


「まあね。かなりギリギリだったけどね」


 グリムナとフィーが崩落に巻き込まれ遺跡の中に吸い込まれていった岩場。そこから少し離れた場所に二人の女性がいた。一人は赤毛にソバカスのおさげの女性。もう一人は老齢のエルフである。二人とも岩陰に隠れて日差しを避けているものの、それでもマントのフードを被っているのは、厚さを避けるためか、それとも人に見られたくないためか。


 「後をつけられてないか」と心配する赤毛の女性、レイティにエルフの女性、メルエルテは「問題ない」と答えた。人族よりも聴力に優れるエルフを尾行することなどできるはずもなし。


 「しかし、フィーさんもそうだけどエルフって結構めちゃくちゃッスね」


 レイティが少し顔をしかめてそう言うとメルエルテは「何が?」と尋ねる。その言葉にレイティは一層驚いた様子だった。


「いや、魔法で岩盤を崩して娘をそれに巻き込むって! ヘタしたら死んでたッスよ!? 今だってもしかしたら大怪我してるかもしれないスし……」


 しかしメルエルテは全く表情を崩すことなく涼しい顔で呪符を懐から出し、それを見せながらこれに応える。


「大丈夫よ。あの子の荷物に呪符を忍ばせてバイタルは今もチェックしてるし……それにね、人間なんて死ぬときはバナナの皮踏んで転んだだけで死ぬし、死なない時はオーガに腕千切られたって死なない。そういうもんよ。死んだら切り替えて次に行けばいい。ヒューマンは大げさに考えすぎなのよ」


 あまりにもドライな言葉にレイティは絶句する。しかしすぐに持ち直して現場の様子を尋ねた。彼女は遠くから様子を窺ってはいたものの、しかし当然細かいところは分からないようであった。


「ラーラマリアが相当ショックを受けてたわね。この調子ならあんたらの目論見通り案外簡単にんじゃないの? 上手くいけばグリムナはうちの婿としてもらうからね?」


「……その、メルエルテさんは竜の復活に加担することに抵抗はないんスか? 世界が滅びるかもしれないのに……」


 レイティの言葉にもメルエルテは平気な顔で答える。


「『人間の』世界が、でしょ? 私達エルフには関係ないわ。人間が自分の意志で勝手に滅ぶのに口出しする気なんてないわよ。それに多分もう放っといても竜は近いうちに完全復活するしね。エメラルドソードも呼び水もいらないわよ」


(スナック感覚で人類滅ぼそうとするッスね、このババア……)


 自分の娘の婿が欲しいがために人類の存続にかかわる竜を簡単に天秤に乗せてしまう。協力者と言えどもその軽はずみな行動にレイティは恐怖を覚えていた。


「それより、玄室のは指示通り上手くやれたんでしょうね……?」


 メルエルテは不敵な笑みを見せる。



――――――――――――――――



「ぐおおお……」


「が、がんばれー! グリムナー!!」


 一方そのころ遺跡内でのフィーとグリムナはトカゲと格闘していた。文字通り、格闘していた。


 全身を強固なうろこに覆われた、尻尾を含むと優に2メートルを越える体長。トガ、というには少し小汚い、もはやただのぼろきれをまとった体に装備は石の槍。但し、その槍は格闘の最中に落としてしまっていたが。


 そしてトカゲとの最大の違いはその二足歩行にあるのだが、現在はグリムナと取っ組み合っている状態なのでほぼ、ただのぼろきれの絡みついたトカゲである。


 遺跡の通路で寝転がっているグリムナとリザードマン。グリムナが下でリザードマンが上。しかしグリムナの脚は下側からリザードマンの胴をがっちりホールドしているし、彼の腕はフロントチョークで完全にリザードマンの首を締めあげている。


 フィーはそんなグリムナに声援を送っている。


 リザードマンは鋭い爪と牙を持っているものの、しかし骨格上、密着した状態では相手に有効な攻撃を加えることができない。せいぜい相手の肌を引っ掻く程度であり、『第3の手』である尻尾もやはりこの体勢のグリムナには届かない。


 密着した状態で十分に力を発揮して戦うことができるのは、ヘビとヒトだけが持つ特殊能力なのだ。


 「ぐぇ」と小さい声を上げて、不意にリザードマンの体が脱力し、しきりにグリムナの腕を引っ掻いていた腕がだらりと力なく垂れた。


「っしゃオラッ!!」


 グリムナが拘束を解き、天に向かって拳を突き上げる。しかしそんな彼にフィーが歓声を送ると急に冷静な表情になった。


「あのさあ、お前のその腰のレイピアは飾りかよ」


「え、だって、あんな大きい生き物殺したことないもん。気持ち悪くて無理よ。無理無理」


「クソッ、まあいいや……」


 グリムナは息を整えてからカンテラを拾い上げて通路を照らす。


「竜のレリーフがあるな……竜とコルヴス・コラックスに、何か関係が……?」


 二人はしばらく辺りを眺めていたが、グリムナを先頭にゆっくりと歩きだした。歩きながらグリムナは小さい声でフィーに話しかける。いや、考えをまとめるために独り言を言っているのかもしれないが。


「見ろ……床に人間の、靴の足跡がある……それも新しい上にでかい。俺の足跡と比べても二回りは大きい。これ、ベルドの足跡なんじゃないのか?」


 人知れず地中に、静かに埋まっていた遺跡だと思われたが、存外に床には多くの足跡が残されていた。爬虫類の様なとげとげしい足跡に、獣らしい肉球のついた足跡、偶蹄類のようなものもある。


 どうやら先ほどのリザードマンだけではなく、ここには多種多様な魔物が住み着いているようである。砂漠の強い日差しを避けられる場所となればそれも当然かもしれないが。


 しかしいずれにしろ、それらの雑多な足跡の上にある一番新しい足跡。それがどうやら靴を履いた人間の、それも大柄な男のものだというのはグリムナにとって朗報であった。


「とりあえず、奥の方に進んでみよう……」


「え?」


 グリムナの言葉にフィーは疑問を呈した。


「いや、足跡を辿ってけば外に出られるわよね? とりあえず一旦外に出てみんなと合流した方がよくない?」


 「む……」とグリムナは押し黙ってしまう。当然ながらグリムナもその可能性には思い当たっていたようなのだが、しかしそれよりも彼はどうやら自分の知的好奇心を優先したいようなのだ。


「まあ、そんなに広い遺跡なわけじゃないしさ……まず一旦奥に行ってみない?」


 嫌な表情を見せるフィーであるが、しかしグリムナは人当たりは柔らかいがしかし、一旦「こう」と決めたら絶対に心を変えない人間だと彼女は知っている。しかもやはりグリムナは退く気はないようだ。


「なあ、ホント、少しだけ。少しだけでいいから。少し玄室に寄るだけでいいんだから」


「ええ~、でもモンスターもいるし……こんなときじゃなくてもさぁ……」


「なあ、いいだろ? 先っぽだけ。ホントに(玄室に入るのが)先っぽだけでいいから……」


「もう……しょうがないにゃあ……」



――――――――――――――――



「でも、いくらフィーさんとグリムナを遺跡に閉じ込めたって何か間違いが起こるとは限らないんじゃないんスか?」


「ふん、誰もいない遺跡に密室状態で二人きりなのよ? 何も起きないはずがないじゃない。あんたエルフの美しさをちょっと舐めてるわね」


(確かに美人だけど、なんでエルフってこう根拠のない自信に満ち溢れてるんスか)


 レイティが全く納得していない表情をしていることに気付いたメルエルテは先ほどの呪符をまた懐から出して見せた。


「そんなに気になるならちょっと聞いてみる? この呪符で音だけなら向こうで何が起きてるか分かるかもよ。 ……ちょっと静かにしててね」


 そう言うとメルエルテは左手で呪符をぶら下げるように持って、右手で刀印を結び、何やらぶつぶつと呪文を唱え始める。


「ともに響け、対なる子らよ。お前の同胞はらからはこの世に一つ。くびきたる力は我が貸そう。ともに響け。ともに響け……」


 呪符がぼうっと光る。メルエルテはレイティに対し人差し指を立て、「静かにしろ」というジェスチャーをしたままである。

 と、呪符の方から話し声が聞こえてきた。


「……先っぽだけ……ホントに先っぽだけだから…………もう……しょうがないにゃあ……」


 ごくり、とレイティが生唾を飲む。聞こえてきたのは何か押し問答をしている男女の声。パチン、とメルエルテが指を鳴らしてから呪符をしまう。


「ねっ?」


 超絶どや顔であった。

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