第318話 私の居場所

「とにかくまあ、次の目的地なんだけどさ……まず一つ目は、ベルドの捜索よね」


 リビングのテーブルに着席しているフィーがちらりと顔を上げ、全員の顔を見回す。


「ベルドは国境なき騎士団の本拠地に向かっておる」


 バッソーがそう言うと即座にメルエルテが質問を投げ入れる。


「国境なき騎士団に本拠地なんてあるの? あれって確か名前は騎士団だけど実際には傭兵団で、各地を転々としてるんじゃなかったかしら?」


 物凄くスムーズに作戦会議に参加してきた。もう完全に仲間面である。しかもポンコツ発言ばかりのフィーよりよほどまともな意見を言っているように感じる。


「それはちょっと古い情報でのお、最近は土地と難民を手に入れて領地経営に乗り出したらしいんじゃよ」


「領地経営? どっかの三文小説じゃないんだからそんなことできないでしょ? あの狂犬集団にそんな高度な真似ができるとは思えないんだけど」


 フィーもこれには疑問を唱える。しかしそれを覆い隠すようにメルエルテが言葉を重ねる。


「領民は難民を元にするとしても土地はどうするのよ。何の後ろ盾もない傭兵どもが領地なんて持てるわけないでしょ」


「ぐ……」


(まずい……)


 フィーは焦る。


(私よりも、ツッコミの内容が、的確だ……)


「それがのお、ウニアムル砂漠の北端に勝手に住み着いて独立国を名乗っておるらしいのじゃよ」


「ウニアムル砂漠は地図上はオクタストリウム共和国ですね。でも、オクタストリウムは、今……」


「そう。内乱が長引いて無政府状態ね」


 ヒッテが地理的状況を語り、即座にメルエルテが政治的状況を語る。そこにはポンコツエルフの入り込む隙は無い。


「ちょ、ちょっと待ってよ、内乱でバタバタしてるところに勝手に入り込んで国を作ったっていうの? 無茶苦茶じゃない! そもそもなんで内乱なんかおきてるのよ」


 やった。私が疑問をさしはさんだところでナチュラルに状況説明ができる。これはファインプレーだ。そう思ってドヤ顔のフィーではあったものの、しかし返ってきたのはため息であった。


「え? あれ……?」


何が悪かったのか、状況が把握できず戸惑っているフィーにバッソーが呆れ顔で囁く。


「内乱がはじまった時、首都のボスフィンにワシらおったじゃろうが……」


「…………あー、あれね! ……あの……そう、あの時のね! めちゃ大変だったわよね! あれ!」


(コイツ分かってないな)


 曖昧な答えしか返せないフィーの状態を即座にヒッテが見抜く。逆にヒッテの方は、朧気ながら、マフィアの抗争により夜の街が燃える景色を思い出しつつあった。

 記憶喪失のヒッテが覚えているのに、そうでないフィーが覚えていないのだ。


 さて一方、強大な敵に対峙した時どうすればよいのか。そこはやはりサバイバルのプロ、野生動物に学ぶべきである。それは当然『隙を見て逃げる』この一言に尽きる。そして当然この女もその方法をとった。


「とりあえずその話は置いといてさぁ!」


 大胆な話題転換である。


「ベルドは自分で何とかするわよ! あの子は強い子だから! そっちよりはやっぱりヒッテちゃんの記憶を取り戻すのが先なんじゃないかなぁ!」


 かなり強引ではあるものの、しかし筋は通っている。とりあえずオクタストリウムの話からは離れていくのだが、しかし。


「フィーさん、グリムナの出身地を知ってるんですか?」


「えっ?」


 当然と言えば当然の仕儀である。


 彼の出身村に行けばもしかしたらグリムナが帰っているかもしれない。そう思っての話であったが、そもそもその村とはいったいどこにあるのか。


「ど、どこって……アンキリキリウムじゃないの?」


 フィーが初めてグリムナに出会った町の名である。だからそこの出身だと思ったのだが、安直すぎる。そもそも自分達はそのアンキリキリウムから来たのではないか。


 しかしこの考えにヒッテは心乱される。なぜならば件の町でグリムナに実際に出会っているからだ。


 冷静に考えればその前の5年間もアンキリキリウムに住んでおり、その時にはグリムナに会っていないのだからその可能性は薄いと類推できるものの、しかし態度には出さないが、冷静さを失ってしまう。


「バッソーさんは知らないんですか? 彼とそんな話は?」


 ヒッテがそう尋ねるが、バッソーは残念そうに首を横に振る。しかしここで頬杖をついたままつまらなそうな表情でメルエルテが呟いた。


「あんたら本気でそんな事言ってるの? 分からないなら調べればいいじゃない」


「その調べる方法がないって言ってんのよ、お母さん! よくよく考えてみたら私達1年近くも一緒に冒険してたのに、お互いの事ほとんど知らなかったわね……」


 お前の性癖だけは皆に知れ渡っていたが。


 しかしメルエルテは大きくため息をついてから再度口を開く。


「もう一回言うけどそれ本気で言ってるの? あんた達そんな脳みそでよく一年も冒険なんかできたわね。出身地なんてその辺を歩いてる奴にでも聞けばいいじゃない!」


「あっ、そういうことか……」


 ヒッテが小さく声を上げた。どうやらメルエルテの言葉から何か思い浮かんだようである。


「え? 何? どういうことなの、ヒッテちゃん? もしかして何か思い出したの?」


「いや、そうじゃなくてですね。確かにグリムナさんの出身地は分かりませんが、一緒に冒険していたラーラマリアさんの出身地なら分かりませんか?」


「?」


 フィーはまだ察することができないようでアホ面に疑問符を浮かべる。しかし補足するようにバッソーが言葉を足した。


「ラーラマリアとグリムナは幼馴染みじゃったじゃろう? なら当然出身村も同じじゃ。グリムナの事は一般にはあまり知られてはおらんが、教会に認定された勇者ラーラマリアの事を知らん奴なんぞ居らん。誰かに聞けば出身の村も知っておるものがおるかもしれんのぅ」


「ああっ、そういう……」


 フィーは言葉を失ってしまった。結局自分がこのパーティーの中で一番察しが悪いという事が露呈してしまった。実を言うとそれは既に周知の事実ではあるのだが、本人的にはまだ『ミステリアスお姉さん系キャラ』のつもりだったのだ。


 フィーは冷や汗を垂らしながら、メルエルテの方を睨む。


(まずい……このままではまずい。頼りになるところを見せるなり、この女を追放するなりしないと、このパーティー内の私の居場所がなくなってしまう……)


 フィーは気づいていなかった。


 彼女の居場所。そんなもの、最初から無いという事に。

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