第37話 ブロッズ・ベプト
「どのようなご用向きで?」
グリムナが騎士の表情をうかがいながらそう問いかける。ここ数週間で彼の名を知っていて訪ねてきた人間は、ホモか、腐女子か、このどちらかである。例外はいない。そのうちの一人が今目の前でアホ面晒して騎士とグリムナを見ている。話の進展によってはこの二人をさっそくカップリングするつもりであろう。
「なあに、任務の途中だったがな、あまりにも賑やかだったから様子を見に来ただけさ。大した用事はないよ……」
騎士はそう言いながらフッと、柔らかい笑みを見せると、落ちていた木の枝で焚火の火を突っつき始めた。
「近づいてみたら、かの有名なグリムナ君がいたから、ちょっと話でもしてみようかとね……」
「有名なんスか……」
騎士はにこりと笑いながら流し目でグリムナの表情をうかがう。まつげが長く、美しい横顔ではあるが、こういう話し方をされると、どうしてもグリムナは「またホモのお出ましか」という考えが浮かんでしまう。
任務、という言葉の意味を考えながらグリムナが騎士の胸元をちらりと見る。騎士の胸元には鎧の上から白い布が当てられており、襟首の近くには鎌のマークがある。これは豊穣の神でもある地母神ヤーベを信仰するベルアメール教会のシンボルマークである。ベルアメール教会はラーラマリアをこの世界の救世主であるという神託を下した団体でもある。当然グリムナはそのベルアメール教会の騎士が、なぜこんなところに?と考える。
騎士はグリムナの視線が自分の胸の紋章の辺りをさまよっていることに気づいて自己紹介をした。
「これはこれは、自己紹介が遅れたね。私の名はブロッズ・ベプト。ベルアメール聖堂騎士団のうちの一つ、第4騎士団の団長を務めている」
これを聞いてグリムナの顔がさっと青ざめた。ベルアメールの第4騎士団と言えば通称暗黒騎士団ともいわれ、あまり表沙汰にできない隠密任務に当たっているという噂のある連中である。
その任務には破壊工作、情報操作、収集などの他に、暗殺もある。
「君は村でラーラマリアを探していたね……二、三週間前にパーティーを追放されたと聞いたが、彼女に何か用でも……?」
ブロッズはいつの間にかグリムナの手に自分の手を重ね、眼を見開いて彼の瞳を覗き込むように話しかけていた。グリムナの反応から何かを探ろうというのだろうか。ブロッズの怪しくも美しい顔が焚火の光にゆらゆらと照らされる。
「奇遇だね……私たちも彼女を探していたんだ……グリムナ君はどんな用で探しているのかな?」
フーッ、フーッ、フヒーッ、ンフーンフフフフッ
「フィーさん、鼻息うるさいです。緊迫の場面なのに集中できないです」
二人を見つめながら異常な鼻息で興奮しているフィーをヒッテがたしなめた。
「アハハハハハッ」
急にブロッズが笑い出した。騎士団の団長、普通に考えればグリムナよりはかなり年上のはずであるが、その屈託のない笑顔には先ほどの心の底を覗き込むようなミステリアスな表情と違って少年のような朗らかささえ感じられた。
「意地悪言って悪かったね。ラーラマリアの身に危険が迫ってるんじゃないかって心配して来たんだろう? 噂通りお人好しな子だな。私たちが勇者暗殺の命を受けているって噂を聞いたから不安になったんだね?」
(暗殺? 聖堂騎士団が? 命を狙ってたのはこいつらだったのか!?)
グリムナが驚愕する。何者かがラーラマリアをつけ狙っている、とは思っていたがそれがまさか彼女自身を勇者と認定したベルアメール教会だとは思ってもいなかったからだ。彼のその表情に気づいたようで、ブロッズは少しだけ眉根を上げて言った。
「おっと、そこまでは知らなかったのかな? まあいいか。ラーラマリアと敵対するか否かは団長である私が判断させてもらった。彼女に攻撃する価値なんてないよ」
グリムナがぽかんとしていると彼はさらに話をつづけた。
「彼女は教会の指示にも従わないうえに妙に民衆の人気が高くなってきたからね、調査して、必要とあらば排除せよ、との命令だったんだけど、その必要はないと判断したのさ、私がね」
「あなたは、ラーラマリアをどう評価したんだ? 個人的な興味から聞くんだが……」
『そこまで言ってしまっていいのか?』と思いながらもグリムナはさらにブロッズから情報を聞き出そうとする。ブロッズは口の前に人差し指を当てながらも親切に答えてくれた。
「ここまで話したことも含めて当然他言無用だよ? それを踏まえて答えるが、はっきり言ってラーラマリアは勇猛果敢なだけの一山いくらの勇者様、ってところだな。特段注意するところもない……過激な性格をしてはいるが、まあ、あのまま突き進めば早晩民衆の支持を失って失墜するだけだ。考えを改めて丸くなるならそれで構わないし、そうでないにしても放っておいて何の問題もない。わざわざ教会が危険を冒す必要もないさ」
ふう、と息をついてようやくグリムナは緊張の糸が途切れた。
「ふふ、よほど彼女の事を大事に思っているのだな。それとも誰に対しても君はそうなのか? 私個人としてはラーラマリアよりは君の方がよほど興味があるな」
「んまっ……」
ブロッズの言葉に若干予想通りのリアクションをフィーがするが、それを無視してさらにブロッズは言葉を続ける。
「だが、少し注意した方がいいな……暗黒騎士団はそれぞれが個人商店的に動いているところがあってね。私はラーラマリアに構うことはない、と報告するつもりだが、他の者たちがそれに従うかどうかは分からない」
「なんでっ!? あんた団長なんだろう? 騎士団の!」
「言ったろう? 個人の判断で動いていると。よほど大きい案件でもない限り団長の号令で組織立って動くことはあまりないのさ。まあ、そのおかげで私は好き勝手やらせてもらっているんだがな。ともかく、どこの宗教団体にも狂信的な人間と言う者はいる。私のように初めっから神なんて全く信じていない奴はどちらかと言うと珍しいタイプさ。そういう狂信的なやつが勝手に暗殺に動く可能性は否めないのさ……」
ここでグリムナは村でフィーが見たという人間の事を思い出した。彼女が言うには周辺にいた人間はだれ一人として「身分のわかるものは何も身に着けていなかった」そうだ。しかし目の前にいるブロッズは全身鎧を着こんで目立つところに教会の紋章を掲げているという親切ファッションである。要は彼自身はこれを暗殺ミッションとしては捉えてはいなかったが、同じ騎士団内にそうでないものがいる、と言うことである。
「申し訳ないが、さっき他言無用と言われたけど、命を狙っている者がいるかもしれないってことは、ラーラマリアに報告させてもらう」
グリムナは再び緊張感を顔ににじませながらそう言った。しばらくグリムナとブロッズはそのままにらみ合っていたが、やがてブロッズがフッと鼻で笑ってそのにらみ合いは終了した。彼は立ち上がって歩き出しながらグリムナに話しかける。
「別に構わないさ。本人に言うだけならな。自由にするといい……」
そう言い残して森の奥に消えていった。ふうぅ、と長いため息をついてグリムナはようやく緊張の糸を解いた。暗黒騎士団はこれまでラーラマリアが戦っていた魔物や山賊とはわけが違う。戦闘のプロだ。そのプロフェッショナル集団が、何人か分からないが、ラーラマリアの命を狙っている可能性がある。グリムナは眉間にしわを寄せて考え込み、その日はそれ以上喋らなかった。
「はふぅ……もうお腹一杯よ……」
グリムナに次いでフィーが緊張を解いてそう言った。グリムナとは緊張の意味が大分違ったが。
「やっぱり人里に降りてきて正解だったわ……こんなライブ感のあるネタに触れられるなんて……」
この日のフィーの日記は1ページでは収まらなかったという。
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