第188話 恋占い

「まあ、魔術や呪術と言うよりは、占いみたいなもんじゃな……」


「占い……?」


 バッソーの言葉にグリムナがそう聞き返す。


「そう、それも恋占いじゃ」


 そう言ってバッソーは野風の笛をつまむようにぶら下げて持つと、ぽとりと地面の上に落した。笛は当然だが垂直に立つことなく先端が地面につくと、ぱたりと倒れた。グリムナは不思議そうな顔をして「これは売らないというよりは適当に方角を決めたいときにやるものではないのか」とバッソーに聞く。しかしバッソーは首を振った。


 前回、フィーが野風の笛を天秤のように吊って、てっきり呪術か何かで本来の持ち主であるベアリスの位置を探し出すのかと思われたが、結局彼女にそんなことはできず、話しは振出しに戻ってしまった。いったいあれは何だったのか、ポンコツ女め。そこで別の方法を提案したのが賢者バッソーであった。


「こっ……恋占い?」


 グリムナが微妙な表情をする、と同時にヒッテが眉間にしわを寄せた。


 正直に言うと、ベアリスはグリムナにとって初恋の人ではあった。しかし今はそういう目で見ていない。異性として見られなくなってしまったのだ。異性、というよりはもう『ああいう生き物』だと思ってみている。異生物である。当然恋愛対象ではない。


「別に恋愛対象として見てなくともよいのじゃ。『性欲』でもよい」


「性欲……ですか……」


 グリムナは一層微妙な表情になってしまったが、バッソーはそのまま話を続ける。


「性欲とは最も簡単で、強い『情念』の一つじゃ。『怒り』と並んでな。……それで、魔力を込めながら対象のことを、性欲をもって強く思い描くんじゃ……やってみい」


 そう言ってバッソーは野風の笛をグリムナに手渡してきた。グリムナはそれを受け取ると、先ほどバッソーがやったように笛の片方の端を持ってぶら下げるようにし、目をつぶって静かに精神を集中させる。


「ほれ、しっかり思い出すんじゃ……彼女の住処でのこと……水にぬれた彼女の肢体……あのワンピース、水にぬれてぴったりと体に張り付いておったのう……わずかなふくらみの先の自己主張をする先端……お主もみておったじゃろう……?」


(集中できないから話しかけないでほしい)


 言われずともグリムナはあのプールでの一件を思い出していたのだが、今まさにその甘酸っぱい記憶がバッソーの音声によって上書きされ、苦酸っぱい記憶となり始めていた。しかし精神力の強さには定評のあるグリムナである。何とか負けずに集中力を増し、十分に魔力と性欲を込めて笛を地面に落すと、笛は北西の方角を指してぱたりと倒れた。


「ご主人様……ベアリス様の事を、やっぱりそういう目で見てたんですね……」


 ヒッテの冷たい視線が刺さる。グリムナは思わず冷や汗をだらりと垂らしてしまう。この状況はいったい何なのか。まるで浮気がバレてしまったような、そんな経験はグリムナにはまだないのだが、なんとなくそんな感じがした。先ほども書いた通り彼はベアリスを恋愛対象として見てはいないのだが、しかし両の眼に焼き付いた彼女の肢体ははっきりと覚えている。バッソーの口車に乗って『そういう気持ち』で思い出してみてはみたものの、決してやましい気持ちなどないのだ。


「い、いや……決して彼女を、そういう対象として見ているわけでは……」


 苦し言い訳をするグリムナであるが、少し冷静になって考え込んでしまう。そもそもである。なぜヒッテにそれを咎められるのか。彼女に『家族』宣言をして、なんかいい雰囲気になったのは確かだ。ハグもした。しかしだからと言って別にヒッテの方こそ異性として見ているわけではないのだ。裁判でも争点になったのだが、グリムナは別にロリコンではない。

 グリムナからすれば「ちょっとハグしたからって彼女面はやめてよね、私そんな安い男じゃないわ」という感じであるが、さすがにそれを口に出すほどアホな男ではない。


「いや、ホント……すみません」


 結局なんだかよく分からないままグリムナは謝罪の言葉を口にしてしまった。ヒッテは相変わらず不機嫌そうに腕を組んでいるが、フィーは楽しそうに口に手を当ててニヤニヤとそれを眺めている。


「まあ、いいんですけどね……そのくらいは、男の甲斐性というか……その程度で咎めるほどヒッテは心が狭くはありません」


 完全に彼女面である。


「いや……あの、なんか勘違いしてない……?」


「何がですか……」


「なにが……って……なんだろう?」


 お互い言いたいことが言えずにいまいち会話が成立しない。二人がしどろもどろしていると、フィーが声をかけた。


「あのさあ、痴話げんかはどうでもいいんだけど、その占いって本当に信ぴょう性あるの? どういう条件でやっても今と同じ結果が出る? 例えば、風が吹いてたりしても」


 やっと話が前に進んだ。いつもはくその役にも立たない女であるが、魔術、呪術関係ではある程度彼女のは理にかなった発言をする。


「例えば今笛が倒れた方向から私が魔法で風を送るから、その状況でやっても同じ結果になるか、試してみない?」


 なるほど、確かに『占い』が正常に作動しておらず、見当違いな方向に進んでしまってはベアリスを探し出すことはできない。彼女の言うことはもっともである。フィーは笛の倒れた方向に回って魔力を込め、そちらからそよ風、とは言わないまでも弱めの風を起こしてグリムナの方向に吹き付ける。グリムナの方はもう一度笛の端を持って魔力を込め始め、精神を集中させる。


「はぁ……ベアリス様、確かにかわいいですもんね……完全に野人になってましたけど、泳いでた時に見えた、日に焼けてない太ももとか、きれいでしたし、ねぇ……はぁ……それにしても、ねぇ……」


 ちくちくとヒッテのお小言がグリムナに刺さる。言われた通りやっているだけなのになぜこんなに攻撃されねばならないのか、しかしそれでもグリムナは負けずに精神の集中を続ける。何度も言うが、彼の精神力は常人のそれをかけ離れた強さを持っている。


 今度も笛を先端からぽとりと落とすと、一瞬直立したまま静止した後、風が吹いているにもかかわらずまたも風の吹いている方向、北西に向かってぱたりと倒れた。


「おお……また同じ方向に……」


 グリムナが思わず感嘆の声を漏らすとフィーも感心したように納得の言を放った。


「へぇ、ホントにできるのね、こんなこと。ヒューマンもたまにはやるじゃない」


「まあ、この『野風の笛』が魔力の強く込められた魔道具じゃからできることじゃのぅ……それにしても、この笛……」


 バッソーはそう言いながら野風の笛を拾い上げてまじまじと見つめる。


「本当に……普通の魔道具とは違う、『呪い』ともいえるほどの強い魔力が込められておるぞ……グリムナ、試しに吹いてみてもいいかのう?」


「ダメですよ、陛下から『時が来たらベアリス様に渡してくれ』って託されたものなんですから。それに……」


 グリムナは少し考えてからさらに言葉を続ける。


「なんかこう、間接キスみたいでキモイというか……後々ベアリス様がそれを使うことを見込んで変なことしそうで……誰も見てないうちに股間に擦り付けたりしないでくださいよ……?」


「エスパーかお主は! そんなことせんわい!」


 バッソーは起こったような表情でそう言ってからの風の笛をグリムナに手渡した。


「北西の方角ですか……」


 ヒッテがそう言って笛の指示した方向を眺める。


「ここから北西ってなるとステップ地方ね……まあ、行く先々でベアリスの情報を集めながら、何回か占い直してみるのがいいかしらね?」


 フィーも同様に北西の方角を見ながらそう呟く。北西は、遊牧民の暮らしているステップ地方、そしてそのさらに北には小さいが灼熱の砂漠もある。グリムナ達はまだ行ったことのない場所である。グリムナはしばらく顎に手を当てて考え込んでいたが、やがて口を開いた。


「バッソー殿、『エスパーか』ってどういう意味ですか」

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