第3話 粘膜

「ね、粘膜……?」


 全く予想外の単語の登場にグリムナは唖然とした。


 魔法は空気中ではその効果が減衰し続ける。道理である。だからその威力は近ければ近いほど上がる。なるほど。直接接触して魔力を流し込めば爆発的に威力が上がる。ここまでは分かる。粘膜を使えば威力はさらに上がる。ここが分からない。


(粘膜……粘膜?

 粘膜ってあれか?目とか、鼻の孔とか……?なぜここで粘膜が出てくる?確か魔法の話をしていたはずだが……)


 グリムナは完全に固まってしまって、激しく思考をめぐらしてはいるが、答えは出てこない。ネクロゴブリコンに向かって話の続きを促すと、彼はさらに詳細な説明をしてくれた。


「いいか、そもそも魔法というのは体内をめぐる魔素を溜めて、体の一点に集めることで発現する。つまり、この体内には目には見えなくとも魔力がみなぎっておるのだ。」


 ネクロゴブリコンがグリムナの胸板をトントンと拳で叩きながら言い、さらに続けた。


「つまり、体内に最も近いところが魔力が高く、そこから離れるほど魔力は弱くなるのじゃ。さすがに内臓を相手にぶちまけるわけにはいかんから、最も魔力を強く発現できる部位というのは、粘膜になる。」


 ネクロゴブリコンの自信に満ち溢れた説明にグリムナはごくりと生つばを飲み込んだ。結局この老ゴブリンは何を言いたいのか。粘膜から魔法を出せとでもいうのか。


「お主には、その強力な回復魔法で、争いだけで物事を解決しようとする愚か者どもを強制的に『賢者』にし、世界に平和をもたらしてほしいのじゃ。

 イマイチ納得いっていないようじゃから補足説明をするがな、スライムっておるじゃろ?」


 スライム、湿気の多い洞窟などの光の当たりにくい場所を好んで生活の場とするゲル状のモンスターである。当然冒険者であるグリムナはこれを知っているし、実際に戦闘をしたこともある。


「物理攻撃の効きにくい、厄介な奴らですよね?そういえば、スライムは99%が水分と聞きます……待てよ、クラゲも99%が水分と言いますね。……ということは、スライムはほぼクラゲ……?」


「そういうことではなくてじゃな……」


 話がそれてしまったことに気づいてネクロゴブリコンが話を軌道修正する。


「スライムは物理攻撃が効かなくて、魔法攻撃のみが有効じゃろう。あれはあいつらの体組成に由来する弱点じゃ。つまり、全身粘膜のあやつらは魔法の影響を非常に受けやすいんじゃ。同じように受ける側だけでなく、発する側も粘膜が最も魔力を強く発現できる場所なのじゃ。」


 一応このネクロゴブリコンの説明にはグリムナも納得したようである。


「ということは、粘膜……例えば口から魔法を出すのがいいってことですか?いまいちイメージしづらいですし、口から魔法を出すって、見た目がちょっとアレですけど。」


「まあ、そういうことになるな。まずは粘膜に魔力を集中させることに慣れることじゃな。それができたら、実際にどう使うかを教えてやろう。お主らはしばらくこの辺りに滞在するのか?」


「ええ、大きな依頼を解決した後ですし、1週間は滞在すると思います。」


 ネクロゴブリコンの問いかけに、グリムナはこう答えた。今回勇者一行は村人の依頼を受けて、一部には逃げられたもののオークの一団をせん滅した。普段こういった大きめの依頼を解決した後はラーラマリアたちはその後異常がないかの見極めと、疲れをいやすために1週間ほど依頼主のいる村に滞在し続けることが多い。おそらく今回もそうだろうと踏んでいるのだ。さらに、ラーラマリアは今いる領地で少し調べたいことがあるとも言っていた。


「ふむ、それだけあれば基礎は教えられるだろう。基本的には今まで魔力を発現していた場所を変えるだけの単純なものじゃからな、そう時間はかからん。」


 こうしてグリムナはオークの集落跡で出会った不思議な老ゴブリンに師事することとなった。

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