第4話 夢でkiss kiss kiss

「グリムナ、最近こそこそどこに行ってるのよ……」


 昼飯を食い終わった後、お茶を飲んで一服しているところにラーラマリアが話しかけてきた。


 正直言うとグリムナは彼女が苦手であった。今もそうであるが、他の者と話すときはそこまででもないのにグリムナと話す時だけは妙に怒ったような表情を見せるのだ。そのくせやたらと絡んでくる。

 村で一緒に育った幼馴染ではあるものの、昔っから会うたびに意味不明な因縁をつけて、意味不明な要求をしてくる『厄介な女』、という認識であった。


「いや、まあ……ちょっとその辺をぶらぶらとね……」


 やんわりとお茶を濁すような言い訳をグリムナがする。ネクロゴブリコンとの修行の事については彼自身から強く『他言無用』と言われている。ネクロゴブリコン自身があまり人前に出ることを望まないようであるし、何よりラーラマリアは『魔物』を『人間と敵対する種族』と位置付けて考えており、旅先で出会えばたとえ相手に敵意がなかったとしても決して容赦しない。

 この二人を絶対に合わせてはならない、という考えである。


 テーブルの上にドンッとこぶしを置いてラーラマリアがさらに尋ねる。


「女か……」


 いつの間にやら不機嫌そうな顔から憤怒の表情に変わっている。


「い……いや、女というか……オスかな……? てかそんなことラーラマリアには関係ないだろう。言われた通り何かあればすぐに駆け付けられる範囲には居るんだから。」


「関係あるわよ!たとえば……」

 言いかけて彼女は黙って考え込んでしまった。あまりアドリブが効く方ではないようだ。


「……考え込んでる時点で大した理由なんてないような気もするけど……」


 グリムナがやんわりと突っ込みを入れようとしたところをラーラマリアが遮って話す。


「たとえば、そうね……将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、って言葉があるじゃない。こう、……勇者を落とすにはまずヒーラーから、的な……」


「そんな言葉聞いたことない!じゃあな!」


 話を無理やり終わらせてグリムナはネクロゴブリコンのいる洞窟に向かっていった。


「行っちゃったねぇ、グリムナ……」


「うう……」


 意気消沈するラーラマリアにシルミラが話しかけた。


「『オス』がどうとか言ってたよね……レニオの事もあるけど、やっぱりあいつホモなんじゃないの……? ラーラマリア、ホモは決して忌むべきものじゃないわ。むしろ素晴らしいものなのよ。ただ、女と結ばれることはない、というだけでね……」


「グリムナはホモなんかじゃない……グリムナはきっと私の事が好きなはず……ただそれに自分でも気づいていないだけで……」


「まあまあ落ち着いて。まずはホモに対する忌諱感をなくすことから始めましょう。私の持ってる小説を貸してあげるわ。大丈夫、初心者用のソフトな奴から始めるから……」


 うつむいて力なく答えるラーラマリアに、慰めてんだか道ならぬ道に引きずり込んでるんだか分からない言葉をシルミラがかける。




 シルミラがとんでもないことを吹き込んでいるとはつゆ知らず、彼はネクロゴブリコンの待つ洞窟の中まで来て、鍛錬の成果を確認していた。


 ペッとグリムナが口に含んでいた金属の塊を掌の上に出した。その金属はボウッと青緑の光が炎のように揺らめいて上がっていた。


「どうですか、師匠?」


 グリムナはネクロゴブリコンに師事するようになってから彼の事を『師匠』と呼んでいる。


「ふむ、完璧じゃな……今日で一週間であったか?正直ここまでモノにできるとは思ってはおらんかったわ。やはりお主は天稟てんびんがあるようじゃ。」


 グリムナは粘膜から魔法を出す練習として口の中に魔法金属マジックメタルを入れ、それに魔力を込める鍛錬をここ1週間ずっと続けていた。


「前々から思ってたんですが、この金属は何ですか?」


 素直にグリムナの事をほめるネクロゴブリコンに質問を投げかける。ネクロゴブリコンは金属の周りの炎のように見えるオーラが消えるまで待ってからゆっくりと答えた。


「これはな、真鍮しんちゅうじゃ。真鍮は魔力をため込む性質がある。しかし、このように回復魔法が視認できるほどに魔力を込められるようになるのは極めて稀じゃ。ここまでできればあとは実戦のみじゃろうな。」


 この言葉にグリムナは少し表情を明るくして答えた。


「ありがとうございます、師匠。しかし、ここのところずっと考えてはいたんですが、粘膜から魔法が出せるようになったのはいいとして、それをどうやって使うんですか? 口から魔法が出せるようになったとして、それを普通に使ったら意味がないし……そうすると相手に噛みついて魔力を流し込むとか……?それじゃまるでヴァンパイアだな……」


 グリムナが思案しているとネクロゴブリコンが口を開いた。


「前に言ったスライムの話を覚えておるか?」


「スライム……たしか……」


 グリムナが記憶の糸を手繰り寄せながら答える。


「スライムとクラゲはほぼ同じ、という……」


「それはお前が勝手に言った話じゃ。そうではなく、スライムは全身粘膜じゃから、魔法の影響を受けやすい、という話じゃ。」


 ネクロゴブリコンの言葉にそういえばそんな話もあったな、とグリムナが合点のいった顔を見せる。しかし、同時にあることに気づいたようでもある。


「ん……粘膜から出した魔法を粘膜に……?スライムに噛みついて……いや、人間同士でやるなら粘膜と粘膜……口と……口?」


 一転、グリムナの顔色が青ざめた。


「く……口と、口で……まさか、悪人を改心させるために……キスをしろと……?」


 もはや脂汗を頬に伝わらせながらグリムナが問いかける。しかし『勘違いであってくれ』という願望が見え隠れする問いかけだ。


「ふふ……ようやく気付いたか。そのまさかじゃ。それもただのキスではないぞ、粘膜同士を絡め合わせてこすりつけるような濃厚なやつをかましてやるんじゃ!そしてその最中に強力な回復魔法を流し込む!これで悪人を改心させるんじゃ!!」


 まさかのベロチューである。


「こ、こう、もっと……格好いいのはないんですか!?貫手で相手の体内に手を刺して回復魔法を流し込むとか!なんならヴァンパイアみたいに噛みつくのでもいいですよ!!」


 当然これに納得のいかないグリムナは激しく抗議をするが、ネクロゴブリコンには届かない。彼にも何か深い考えがあっての事のようである。


「たわけ!儂が目指してるのは愛と平和の使者、たとえ相手が悪人でも決して暴力を行使しないチビッ子にも安心して見せられるヒーローじゃ!!

 平和のために暴力を使っては本末転倒じゃい!!」


 確かにネクロゴブリコンの言うことには一理ある。一理あるのだが、グリムナはどうしても納得がいかない。当然であろう。


「あのですね!!悪人にいきなりねっとり舌からませてキスする奴のどこが『安心してチビッ子に見せられる』んですか!!そんなもの見せたら変なものに目覚めちゃいますよ!!」


 ネクロゴブリコンはグリムナの反論をひとしきり聞いてから、ゆっくりと語りだした。


「儂は……以前から疑問に思っておったんじゃ……正義の味方や、勇者を名乗る者が悪人に対して容赦なく暴力を振って力尽くで言うことを聞かせる様にな…それはお主も同様の疑問を抱いていたのではないのか……? チビッ子が変な道に目覚めたからなんじゃというんじゃ。たとえ『その道』に目覚めたとしてもじゃ、力こそが正義と考えるアナーキストになるよりはよっぽどマシじゃないのか? お主には世界を変える力がある。その方法も教えた。あとはお主が『やるかどうか』じゃ!」


 『世界を変える力があり、その手段も持ち合わせている』そう言われてはグリムナも無碍には断れない。そもそも彼こそが誰よりも平和な世界を望んで生きているからだ。グリムナは戸惑いながらも口を開いた。


「その……この方法、本当に可能なんですかね?理論としては分かるんですが、もしうまくいかなかった場合、最悪のケースは俺はただ『突然敵に抱き着いてベロチューしただけの変態』になって終わるんじゃないですかね? さすがにそこまでの醜態晒して生きていけるほどメンタルに自信ないんですけど……」


「なるほどのう……お主の言いたいことは分かる。尤もな意見じゃ。」


 ネクロゴブリコンはそう言うと洞窟の奥の方に歩いて行って、しばらくしてから振り向いてさらに言葉をつづけた。


「卒業試験を始めるとしよう……卒業試験であり、実戦テストでもある。これが上手くいけばお主を免許皆伝として認めよう……」


「卒業試験……それは一体……?それができれば、確実に悪人を改心させられるということですか……」


 グリムナの言葉にネクロゴブリコンは大きく頷き、真剣な表情でグリムナに向かって言い放った。



「儂に……キスしてほしいんじゃ……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る