第25話 ジャンプしてみろよ

「あの三馬鹿ども、上手くやってるかな…?」


 現在グリムナとヒッテは山賊達の本拠地から数キロ離れた位置に本拠地を展開している。遠すぎず、近すぎず、そして彼らが人里に出るときに通らない位置にである。そして グリムナがカルドヤヴィに行く途中で改心させた3人の山賊、彼らの報告を気長に待っているところである。


 果報は寝て待て、とはいうものの、何もせずにただ待ち続けるというのは精神衛生上よくない。ましてや敵地に忍び込ませたのがあの三馬鹿トリオではなおさらのことである。三馬鹿トリオに指示した内容は二つ。一つは現在山賊団の中で体制に不満を持っているものはどのくらいいるのか、そして不満を持つものがもしいるなら、それは山賊から足を洗ってもいいと思っているほどなのか。それとなく調査してきてほしい。そしてもう一つは可能であればその者らに事情を話してこちらに引き入れることである。


 ある程度相手側の人数を把握することができれば、あとは少しずつグリムナの『技』で山賊どもを減らす。グリムナの『技』を受けたものはもう戦うことはできない。敵ではなくなる。共に戦ってくれることはないが、暴力や法に触れない範囲であれば協力もしてくれる。今の三馬鹿トリオのようにだ。

 そうして少しずつ戦力を削いで、最終的にはボスのトロールと戦ってこれを倒すのだ。山賊団の、現在絶対的王者として君臨しているトロール。名をリヴフェイダーと言うらしいが。


 しかし、遅い。彼らがアジトに帰って、もう三日目になろうとしているが、何の音沙汰もない。上手くいかないならいかないで経過報告があっても良いはずだ。彼らにそんな常識が抜け落ちている可能性もないとは言い切れないのがつらいところだが、だがそれよりは説得を失敗してしまって、捕らえられてしまった可能性の方がよほど高い気がする。


「助けに行くしかないか……」


 グリムナが諦め顔でそう呟くと、ヒッテが口を開いた。


「ヒッテはどうすればいいですか?」

「危ない戦いになるだろうし、ここで待っててもらうしか……」

「そうではなくてですね」


 グリムナの言葉をヒッテが遮った。


「ご主人様が死んだら、ヒッテはどうすればいいか、ちゃんと考えてますか?」


 考えてないわけではないが、いきなり核心を突かれて、グリムナは固まってしまう。ヒッテは「はぁ」とため息をついてから話始める。妖精が死ぬとか言っていたくせに。


「とりあえず、お金を出してください」

「え?」


 予想外の言葉が出てきて思わずグリムナが聞き返す。


「お金です。持ってるお金、出してください。全部」


 状況を飲み込めないながらも、グリムナがおずおずと財布を差し出す。ヒッテは差し出された財布をひったくって中を確認した。


「これで本当に全部ですか? 他に隠してません?」

「え? いやあ……それで全部ですけど……」

「じゃあちょっとジャンプしてみてください」

「え?」

「ジャンプ」

「え?」


 煮え切らない態度のグリムナを見てヒッテがダンッと地面を思い切り踏みしめる。グリムナはビクッと驚いてその場で数度飛び跳ねた。


 チャリン、チャリン……


 チッ、と舌打ちをしてヒッテがグリムナのズボンのポケットに手を突っ込む。5枚ほどの銀貨が出てきた。


「いやあ、なんかあった時の為に必要かなぁ、って」

「山賊倒すのにお金が必要ですか?」

「ああ……どうだろう……」


 グリムナはすでに泣きそうな顔をしているが、一転ヒッテは優しい声で語り掛ける。


「別に有り金巻き上げて逃げるつもりじゃないですよ。ご主人様、必ず生きて帰ってきてください。その時にこのお金はお返ししますから」


 この言葉にグリムナの表情も少し和らいだが、だまされてはいけない。死地に赴く者が安全な場所に残る者から何か物を預かって「貰うんじゃあない、借りるだけだ。必ず返しに来る」というのはよくあるシチュエーションではあるが、これでは完全に逆である。死地に赴く者からさらにむしり取ってどうするのだ。ただのカツアゲである。


 しかし、押し切られてしまう。正しいことをしているのはグリムナなのに、間違っていることをしているのはヒッテなのに、押し切られてしまう。会話の主導権を握られるということは、こういうことなのだ。


 結局しばらくすったもんだしていて、グリムナはけつの毛までむしり取られた状態で死地に送られた。


 しばらく森の中を進むとグリムナは三馬鹿から聞いていた山賊のアジトにたどり着いた。彼はとりあえず風下に移動する。アジトは自然に空いている洞窟か何かを利用したものだった。崖の壁面に空いている穴がその入口だ。山小屋のようなものであったら外から中の様子をうかがうこともできただろうが、洞窟なのでそれもできない。


 しばらく様子を見ていると、二人の男が洞窟から出てきた。例の三馬鹿ではない。グリムナは気づかれないようにそっと後をついていく。しばらく進むと男二人は並んで立小便をし始めた。辺りは少し臭いので、おそらく山賊どもが用を足すために決めている場所であろう。二人とも小便を出し始めたのを確認してからグリムナは姿を現して一気に間合いを詰める。


 小便をしている間というのは無防備な瞬間である。狼狽えている山賊の一人にグリムナが口づけをかます。いつも通り口づけをされた男は白目をむいてその場にあおむけに倒れる。小便をしている途中だったのでズボンはえらいことになっている。

 さらにグリムナはもう一人の男にも続けて口づけをする。無防備な瞬間を狙って二人一気に無力化する。グリムナの作戦勝ちである。静かな森の中ちん〇ん丸出しでズボンをびしょ濡れにして失神している男二人。すさまじい絵面だ。


「起きろ、いつまで寝てる気だ。あとちん〇んをしまえ」


 グリムナが山賊の頭を軽く蹴って起こす。彼は山賊が意識がはっきりしていることを確認すると、手短に事情を説明した。用を足しに行って二人が戻らないとなれば当然怪しまれる。その先で待っているものは何か、彼は良く知っている。ホモ疑惑である。自分と同じような犠牲者を出したくはない。そう考えたグリムナは要点をまとめて手早く話す。


 ここ数日アジトを離れていた三馬鹿がすでに山賊から足を洗う気でいること、現在アジトで山賊内部の離間工作をしていること、自分はトロールから山賊を助け出すために来たのだということ。

 それだけ説明すると山賊の二人も納得したようである。どうやら彼らのところにも三馬鹿から「今後の進路に関するアンケート」という問診票の形で現状への不満などを確認していたらしい。


「アンケートて……」


 グリムナは一瞬目頭を押さえて頭痛を感じたがすぐに持ち直した。やることがいちいちずれている感じはするが、それはもうおそらく彼らの持っている『味』なのだろう。しかし彼らは正体がばれてもおらず、作戦自体も問題なく進行しているようなのだ。ならばこちらもできることをすべきである。


 グリムナは二人にいくつか指示を伝えると、アジトに戻らせた。


 もうあまり長い時間は残されていない。山賊どもは気づかないだろうが、野生動物であるトロールが洞窟の外に出れば、そのでかい鼻をもってして自分のアジトの周りをかぎまわっている小うるさいネズミに早晩気づくであろう。さらに言うならヒッテの方もあまり長い間一人にしておくのは危険だ。森の中には危険な獣やモンスターが潜んでいるし、彼女はサバイバルについても素人だ。森の中で大けがを負ったり命を落とすことだって考えられる。尤も、今の状態だとそんなことよりも先に金を持ち逃げされる危険性の方が高い気がするが。


 先ほどの二人の山賊にヒアリングした感じでは現在の状況をよく思っている山賊は一人もいない。さすがに足を洗おうとまで思っているものはまだいないようだが、人を食らう魔物の下でこのまま働き続けたいと思っている者は一人もいないだろう、とのことだ。


「今日中に仕掛けてやる……」


 グリムナは決意を固めた。

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