第24話 トロールデイケアセンター

 グリムナは三人組の報告を受けて思わず眉間にしわを寄せて天を仰いでしまった。本来なら人の話を聞いて、相談を受けて、こんなリアクションをすべきではない。しかし無理もないだろう。


 辞表て。


 山賊から足を洗うのに辞表て。


 グリムナのキスで改心したのはいいのだが、少し真面目になりすぎではないだろうか。いやそもそも、持って生まれた頭が残念だからこんな事態になってしまったのだろうか。いや、疑念を持つまでもない。そんな残念な頭だからこそ山賊みたいな仕事にしかつけなかったのだ。きっとエントリーシートの時点で全て落とされて、最初に内定の通った山賊にすぐに就職を決めたのであろう。


 とりとめもないことを考えていたグリムナであったが、はた、とある思いに至った。トロールたちを従えているという山賊どもの本拠地を探していて、上司に辞表を叩きつけに来た彼らと出会った。これは偶然ではあるまい。とすれば彼らの所属している山賊とは?


「あの、もしかして君たちの所属してる山賊団って、1年くらい前に勇者に壊滅させられた……?」


「あれ? 知ってるんスか、グリムナの兄貴? その通りですよ。」


 むしろお前らなぜ俺の顔を知らないのだ、とグリムナが微妙な表情になる。確かにあの山賊討伐の時に活躍したのはほとんどラーラマリアとシルミラだけだったが、そこまで俺は存在感なかったか、と。しかしグリムナはすぐに気を持ち直す。過ぎたことをくよくよしたって仕方ない。確かにあの時自分は存在感がなかったし、きっと彼らはその後で山賊団に合流した奴らに違いない。


「ご主人様が『兄貴』って呼ばれるとますますホモっぽくなりますね」


 ヒッテが話の本筋に全く関係ないことをしゃべるので無視してグリムナが進める。


「その盗賊団って最近復活して、しかもトロールを手下に従えてたりする?」


 グリムナがアキネイターのような質問を続けるが、山賊達はそこで答えに詰まってしまった。しきりに首をかしげて考え込んでいる。グリムナが違うのか、別の山賊なのか、と尋ねるとどうやらそれも違うようで、こう答えた。


「いや、まあ、最初は手下って感じだったんですが、最近はもう、ボスって感じになってまして……」


 三人組が言うには、最初は落ちぶれた山賊団の起死回生の一手としてトロールをエサで釣って用心棒としたのだが、そのトロールは存外に知能が高かった。トロールは略奪が成功するたびに少しずつ報酬を上げるように要求し始め、とうとう人間を食べたいと要求し、もし断るならお前らを食う、と脅して山賊団を恐怖で支配しているのだという。


 やはり予想通りだった。山賊団にさらわれた人たちは奴隷として売られているのではなくトロールにエサとして食われていたのだ。


「それ……辞表持ってったところで足抜けなんてさせてもらえないと思いますよ?」


 ヒッテが頭の弱い山賊達にそう言った。グリムナも同意見である。


「もはや山賊団じゃなくてトロールの介護団になってますよね? 三人が抜ければそれだけ残った人達の負担が増えるんですから足抜けなんて絶対にさせませんよ。少なくともヒッテがその山賊なら絶対にさせないです」


「そ、そんな……じゃあ、俺達は一体どうすればいいんですか?」


「まあ、山賊団ごと、解体するしかないだろうな……最初っからそうするつもりだったし。今山賊団はどのくらいの人数が残っているんだ?」


「ええと……たしか……俺達三人が抜けて、11人のはずですね。」


 グリムナの質問に山賊が答えた。11人。山賊団としては小規模である。しかしグリムナ一人で戦う数としては多い。そしてさらに人食いのトロールがボスとして君臨している。非常に厄介な相手である。少し考えこんでからグリムナは山賊達に問いかけた。


「他の山賊どもはどう思ってるんだ?今の状況を」

「今の状況……ですか……」


 少し考えこんでから山賊は話し出した。


「正直、最初のうちは少し戸惑ってるだけでした。状況の変化についていけないっていうか……」


 ゆっくりと話し始める山賊にグリムナが相槌を打つ。もともとトロールは自分達の取り込んだ外部勢力である。最初のうちはトロールも本性を隠していたであろうし、多少の状況の変化があってもそれは許容できる範囲だったのだろう。


「でも、ある時気づいたんです。もしかして、もう後戻りできないんじゃないか、って。前の生活を続けることはできないんじゃないかって。」


 確かにそのとおりである。山賊として生計を立てていたのだ、当然人をさらって奴隷にしたこともあったろうし、村人と戦闘になって殺すこともあっただろう。しかし、人をさらってトロールの餌にするなど、すでに人間の常識の範疇を超えていることだ。そこが彼らのポイント・オブ・ノーリターンだったに違いない。


「あのキスを知ってしまったらもう戻れないって。だからこうやって三人で辞表を書いてきたんですが……」


「おめえの話じゃねえぇぇぇーーッよ!!」


 頬を赤らめながら答える山賊にグリムナの怒りが爆発した。


「違うだろ! お前の話じゃないし! 他の山賊、ってのも! 他の二人の山賊じゃなくて、本拠地にいる残り11人の山賊の事に決まってるだろう!! あと『あのキスを知ってしまったら』とか言うな! そういうセリフが耳に入るたびに俺の清純なグラスハートがキシキシと音を立てて傷つき始めるんだよ!!」


「ハートがグラスな人はそうやたらめったら悪党相手に舌入れてキスしたりしないと思いますけど」


 泣きながら山賊を責めるグリムナにヒッテが冷静に突っ込みを入れた。


「あ、そう言うことですか。てっきりキスの感想を聞いているのかと」


「誰がそんなの聞くかぁぁぁ!! 流れで分かれやああぁぁ!! このキング・オブ・ノータリンがあぁぁ!!」


 グリムナはもはや涙が止まらない。

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