第324話 見世物

「さあ、お立合い、お立合い! 世にも珍しい見世物小屋の一座、ノルディン一家の興行だぜ! 近き者は目にもみよ! 遠き者は音にも聞け! でもお金だけはどっちも払ってくれよ?」


 眼帯の男の軽快な語り口調に村人たちがドッと笑う。


 周りでは四人ほどの男がカトラスを三本使ったジャグリングを見せている。それほど難しい技術ではないものの、それでも村人たちは大きな歓声を上げて拍手している。


 少し離れた場所では1メートルと少しくらいの身長しかない筋肉質の髭面の男数人が斧を構えている。ドワーフである。


 人間以外の種族など始めて見る村人たちはこれにも大いに沸いていた。子供くらいの身長に異常に発達した筋肉。大人の男でも持ち上げるのが困難なほどの大きさのバトルアクスを軽々と振り回す姿に人だかりができている。


 なにせ娯楽というものが性行為くらいしかないド田舎である。人々は娯楽に飢えているのだ。どんなものでも暇つぶしになるのなら大歓迎である。男たちが妙に柄が悪いのなど特に気にしない。


 そしてなにより、彼らの中央に位置する巨大な塊。


 大きな布をかぶせられた小山の如きそれからは有機物特有の獣の匂い、息づかい、鼓動が感じられた。これが今日のメインディッシュである。


 眼帯の男は辺りを入念に見回す。


(おかしい……やっぱり人相書きの女、ラーラマリアはいねぇな……あの赤毛の女の情報が間違ってるのか……? ラーラマリアが聖剣を持っているはずだってのに)


 小さく舌打ちをした。レイティから依頼を受けて、一週間ほど手下に行商人などに化けさせて様子をうかがわせていたものの、しかし情報にある様な女、ラーラマリアの存在も、聖剣の存在も確認することができなかった。


(まっ、それならそれで別に構わねぇか。どちらにしろ、俺達にゃあがあれば……)


 眼帯の男、ノルディンは巨大な物体にかけられている布に手をかけた。



「さあさあ皆さん、こいつが気になって仕方ねぇよなあ? 南の魔王国、ウェンデントートより手に入れたる悪魔の末裔、竜の尖兵たる地獄の手先。コイツが見られるのは世界広しと言えども俺達の一座だけだぜ!!」


 バッ、とノルディンは一気に布をはぎ取った。


 そこにはまぶしそうに目を細める二頭の巨大なオーガの姿があった。醜悪な顔の額に生える短めの角、象のような巨躯に大木のような腕。


「ぐろろろろ……」


 それはほんの吐息に過ぎなかったのだが、村人たちは思わず息をのんだ。これだけ巨大で邪悪な形相の化け物だというのに、おとなしく地べたに座っているのがさらに恐ろしかった。


「おいおい! そう、しんとしないでくれや! こいつぁおいら達のかわいいペットさ。ホラ、リディーにモリー、お客さんたちに挨拶だ」


 ノルディンがそう言うと二頭のオーガは両手指の第二関節を地面につけて、ぺこりと会釈をした。その従順な姿勢に村人たちは「おおっ」と声を上げて拍手喝采。やっと笑顔が戻って来た。


「ようやっと分ったかい? こいつは可愛いおいらの家族さ!」


 そう叫んでノルディンが何か合図をすると、オーガは大きく口を開けてノルディンの上半身を口の中に入れた。またも村人たちは恐怖に静まり返る。


 が、すぐにオーガは元の姿勢に戻り、何事もなかったかのようにノルディンが口の中から姿を現して観客に会釈をした。


 村人たちの万雷の拍手に手を振って応えながらノルディンは考える。


(こんだけ大うけなら本当に見世物だけで飯が食えそうだな……でも悪りぃな、俺達ゃそんな死んだような生き方はまっぴらごめんなのさ)


 次々とオーガに教えた芸を見せながらもノルディンは辺りを見回す。やはりラーラマリアはいない。この村にはいないのか。まあいい。いないならいないでやるだけだ。団員の食い扶持だけではない。これからはこいつらにもやらなきゃならない。


 客も大分あったまって来た。おそらく村のほとんどの人間がこの広場に集まってきている。だ……


 ちょうど、村人の一人、14歳くらいの男の子だろうか。オーガの口の中に入るパフォーマンス、先ほどノルディンがやった物をやっているところだった。


 ノルディンはそれとなく団員に目配せをする。


 その時であった。


「みんな!! 逃げて!! こいつらは野盗よッ!!」


 甲高い少女の声が村中に響いた。


 『なぜ分かった』……ノルディンは舌打ちをしてから大声を出す。


「やれ!! 作戦開始だ!!」


 そう言ってから大きな音で指笛を吹いた。


 その瞬間、バクンッとオーガが口を閉じた。その口の中に上半身を納めていた少年は体を食いちぎられ、両腕の前腕部がぼとりと地面に落ち、下半身は膝をついて、ゆっくりと倒れた。


 ひどく、現実離れした光景であった。それゆえ、誰も、逃げようとも、悲鳴を上げようともしなかった。


 ボリッ、ボリッとオーガは少年の上半身をゆっくりと咀嚼し、やがて口の中に指を入れ、ずるりと長い何か、ひものようなものを引っ張り出した。それは食われた少年の腸か何かのようであった。どうやらそれが歯に挟まったのだろう。


 べちゃり、と腸が地面に投げ捨てられ、そこでやっと村人たちは膠着と沈黙から解放された。しかしまだ逃げることは出来ずに恐慌状態に陥って、何の役にも立たない悲鳴を上げるばかりであった。


 先ほどまで見世物を務めていたドワーフたちがバトルアクスをやたらめったらに振り回し、周辺にいる村人たちがあっという間に輪切りになってゆく。


「逃げて!! 走って!! 走るのよ!!」


 少女の悲痛な叫び声が広場に響く。人は、動物もそうであるが、想定の範囲を超えた事態に直面すると硬直してしまう。そういう時は『逃げろ』と行動を促すのではなく『走れ』と動作を促すのが正しい。


黒髪の、長い前髪で目の隠れた小柄な少女の大声に呼応するようにようやく村人たちは逃げ始める。だが用意周到な傭兵団どもがこの程度の事態を想定していないはずがない。


 トゥーレトンの村は特に城壁も柵もない普通の村である。だがその村の周りをぐるっと囲むように弓矢で武装した傭兵団が構えているのが見て取れた。見世物に気を取られているうちに、いつの間にか囲まれていたのだ。


「ざ~んねん」


 眼帯の男、ベスティルの妖精団のリーダー、ノルディンはにやにやと笑いながら口を開いた。右手にはいつの間にか先ほどのジャグラーが持っていたカトラスを手にしている。


「一匹も逃がさねぇよ。みんな仲良く皆殺しにしてやるぜぇ?」

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