第414話 魂の抜けた村

『この小箱の中身を、ヒッテさんに差し上げます。うふふ、うまく活用してくださいね』

『これは……!! こんな高価な物、頂くわけには……』

『むふふ、私は推しカプの応援のためなら労力は惜しまないのです』



――――――――――――――――


「フェラーラ同盟の都市はまだ無事なんだろうか……」


 ベアリス王女がまずターヤ王国の王都カルドヤヴィに凱旋し、そこから主だった都市、ターヤ国内、国外を問わず遊説を行い、避難を呼びかけていたころ、グリムナ達は彼女たちのアジトから、さらに西へと向かっていた。


「もう少し進めばトゥーレトンでしたよね……」


 そう言ったものの、ヒッテは、少し気が重くなった。


 もうすでに竜に襲われて滅びているのではないか、と思ったからではない。竜はあの巨体であるし、ただ歩き回るだけで砂塵を巻き上げ、積乱雲を発生させ、その膨大な質量により天変地異を巻き起こす。


 つまりは暴れれば数百キロ先からでもその様子が分かるのだ。しかし今のところ大陸の西部を強襲したという噂はない。南部オクタストリウム共和国、中部のピアレスト王国、北西部ヤーベ教国、東部の商業都市コスモポリ。グリムナが5年前に訪れた主だった都市は殆どすでに竜に蹂躙されてしまったようだが、未だ西部はその難を逃れているようだ。


 ではなぜヒッテの気が重いのかといえばひとえにその村の住民性にある。傭兵団に襲われた原因をラーラマリアに求め、落ち武者狩りをするような野蛮な連中だ。


 今の精神の不安定なグリムナを本当に連れて行ってよいものか。シルミラは信用できないが、何かあればレニオの助力を乞うしかあるまい。彼女はそんなことを考えていた。


 そしてグリムナ達が西を目指した理由はただ彼の生まれ故郷があるからというわけではない。もちろんレニオ達に避難の指示をするためでもあるが、もう一つの理由は『野風の笛』である。


 『争いを収める』力があると言われるターヤ王国に伝わる魔道具。しかしその副作用として、人から『生きる気力』を奪い、ニヒリズムから来る虚脱感により、うつ病のような症状が巻き起こされる。


 その影響力は強く、以前の使用から5年もの月日が経った今もベアリスはその後遺症に悩まされ、現在はアル中になっているのだ。


 その『野風の笛』が現在はシルミラの手にある。


 彼女に渡す際にその危険性は十分伝えてはいるが、『できればあれは手元に置いた方が良い』と、ベアリスに強く念押しをされたのだ。


「もう少しですよ。日が暮れるまでには着きますね」


 ヒッテはそう言ってグリムナの顔を見上げる。ベアリスに再会する前よりは随分彼の容体は良くなったような気がする。


 二人で山の中を彷徨い、町から町へと飛び回り、人々の怪我を治していた頃、グリムナは気力が底をついているように見えたし、事実誤認、唐突にフィーの居場所を聞いたり、自分のいる場所や目的を見失ったりという事が頻繁にあった。


 自分では、グリムナを支えるのには力不足なのであろうか。


 ふと、そんな考えが頭をよぎる。もっと、フィーのように底抜けの明るさがあれば。ラーラマリアのような彼を振り回すほどのエネルギーがあれば。


 考えが尽きることはないが、ヒッテはぎゅっとグリムナの手を握る。


(いけない。ヒッテが自信を失ってどうするんだ。グリムナはヒッテを選んでくれたんだから……自分にできることを考えないと……)


 そして、ベアリスから貰った木箱の事を思い出す。


 中身はペアリングであった。


 この大陸でも、男女が揃いのリングを身に着けることは、未婚既婚を問わずカップルであることを意味する。


(ベアリス様も応援してくれているんだから……)


 そうこう考えているうちにいつの間にか村の入り口まで来ていた。以前村を後にした時は入り口の辺りに落ち武者狩りによってとらえた傭兵団の人間の生首が無造作に山のように積まれていたが、さすがにもう片付けられており、以前の静かな村に戻っている。


「静かな村……というか……」


 ヒッテが辺りを見回す。


「なんか、静かすぎません?」


 言われてみれば。


 もう四半刻もすれば日も沈む時間。夕飯の準備と野良仕事の片づけで人が出歩く時間であるはずなのに、ほとんど村人が見られない。


 ちらほらと歩いている人間もいるものの、しかしみな生気がなく無気力な表情を浮かべている。注意深く見てみれば、村の広場も麦畑も、雑草が生え放題でおよそ手入れをしていると思われない状況だ。いや、それよりも本来ならもう麦は収穫を終えていないといけない時期のはずなのだが。


 しかし、では野盗か何かに襲われて村が壊滅したのかと言えばそれも違う。


 村には争った形跡などはないし、何より麦畑が無事だ。


 グリムナは外を歩いているものの一人に声をかけた。


「父さん? 父さんだよね?」


 声をかけたのは、グリムナの父、ウェッドルであった。しかしやはり彼も他の村人と同様生気のない表情をしている。


「一体村で何があったんだ……?」


「何が……とは?」


 答える父の姿に強い違和感を覚えた。


 息子が半年余り経って帰って来たのだ。たしかに急に問いかけたのはグリムナの方ではあるが、『何が』ではない。もっと他に声をかけることがあるだろう。


 そしてこの『何が』という問いかけに、当のグリムナも言葉に詰まってしまう。たしかにその通り。一目見ておかしいところは村にはないのだ。


 竜にやられた町のように破壊痕があるわけでもなし、見知らぬ者共が村にいるでもなし。しかし、長年この村に暮らしていたグリムナだからこそ感じる大きな『違和感』……それを聞きたかったのだが、彼の父は会話が成立しそうになかった。


「レニオは……家にいるのか?」

「? ……ああ」


 全く手の手ごたえの無い回答である。やはり何かおかしい。


「レニオさんは実家に帰ると言ってましたよね? 場所は分かりますか」


 不安そうな表情をしつつもヒッテはグリムナに尋ねる。この村の事はほとんど知らない彼女であるが、しかしその正体は分からないものの、村の様子がおかしい事は一目して理解できた。


 ヒッテを先導して歩くグリムナの中には、逆に一つの答えが頭の中に浮かびつつあった。


 やがてグリムナは一件の家の前にたどり着き、ドアにノックしようとして逡巡する。なぜならば、もしこの村の異常事態の原因が彼の思うとおりの者ならば、それは彼自身が引き起こした事態であるからだ。


 ノックのために軽く拳を作ってそのまま固まっているグリムナの反対側の手をヒッテがぎゅっと強く握った。

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