第360話 撫でポ
「ふぅ……」
マフィアの女ボス、ノウラ・ガラテアはグリムナ達のとっていた部屋に入ると、丸テーブルの周りに置いてあった椅子に座って小さくため息をついた。
「あんた何もんなの? 人間じゃないわね?」
彼女が座ると、先ほどの騒動の間もずっと椅子に座って一人落ち着いた様子だったメルエルテが尋ねる。その言葉に反応するようにフィーも口を開く。
「トロールのリヴフェイダーでしょ! なんであんたがマフィアのノウラ・ガラテアに成り代わってるのよ!」
「トロール?」
その言葉にグリムナがいぶかしげに聞き返す。
「あら、覚えてないのぉ? ショックねぇ。って、前にもこんなやりとりしたわねぇ。なんならここで
この言葉でようやくヒッテも思い出した。ターヤ王国で討伐し、ボスフィンで再会した身の丈4メートルを超えるトロール。その変身した姿が目の前にいるマフィアのボスなのだ。トロールは妖精の一種で、オーガのような強靭な体に変身能力、そして再生能力を持つ化け物であり、リヴフェイダーは以前に山賊のボスをしていたところをグリムナのキスによって改心している。
「変身はしなくていいです。この宿が潰れちゃいます」
彼女の正体を思い出したヒッテがそう言って止める。さらになぜマフィアのボスに成り代わっているのかを訪ねると、リヴフェイダーはくすっと笑ってから話し出した。
「私がこの町に来て人間の姿に変身したときにねぇ、外見が好みの女の子がいたから、その子をモデルにしたのよ。その子は眼帯をしてたけれど。それがどうやらガラテアファミリーの女ボスだったらしいのよねぇ……」
「その女ボスにグリムナが情欲たっぷりのキスをぶちかましたのね」
メルエルテの言葉にラーラマリアがギリッと歯噛みする。グリムナは生きた心地がしない。
「で、どういったいきさつかは知らないけれど、内戦が起きた時にそのボスが殺されちゃったらしいのよぉ」
暴動……内戦が起きるのとほぼ同時期、グリムナ達は猫獣人の少女、メキの救出のためガラテアファミリーの本拠地に乗り込んだ。その後、彼らと入れ違いに本拠地に侵入した聖騎士ブロッズ・ベプトによってノウラ・ガラテアは殺され、そして彼女が持っていた竜の魔石を奪い取り、そしてそれは今、ベルアメール教会のトップ、大司教メザンザの手の内にある。
「それはいいとして、なぜリヴフェイダーさんがノウラさんと入れ替わったんですか?」
そう。一番不可解なのはそこである。リヴフェイダーはヒッテの質問に笑顔で答える。
「だから、私とノウラの外見が似てたからよ」
「それだけ!?」
思わずグリムナが叫び声をあげると、横に座っていたメルエルテが耳を抑え、憎々しげに彼をにらみながら呆れたような表情で言葉を発する。
「
「……じゃあ、この女はグリムナがキスした女ボスとは別人ってこと?」
イライラしていたラーラマリアもようやく落ち着きを取り戻したようで、そう尋ねた。結局彼女が気になるのはその一点なのだ。
「あ、私は私でグリムナとキスはしてるわよぉ」
「うがぁ!!」
またもラーラマリアが鬼の形相になって暴れだそうとするのを、立ち上がったグリムナが必至で抑え込む。
「落ち着いて! ラーラマリア!! 記憶にはないけど、きっとやむにやまれぬ事情あってのことだから!! 落ち着いて!!」
「無理!! ひと暴れしないと収まりつかない!! ……でも、よしよししてくれたらおさまるかも」
「…………」
「……よしよし」
グリムナがラーラマリアの頭をなでると、彼女の怒気をはらんだ表情は見る見るうちに安らかなものへと変わっていき、ほんのり上気して笑顔を浮かべた。まるで母親に慰められる幼子のようであるが、しかしグリムナよりも身長があるので何とも変な絵面だ。デカイ幼児である。
「さらに言うなら、今のガラテアファミリーの幹部はみんな5年前にグリムナにキスされた人物で固められてるわぁ」
リヴフェイダーが余計な情報をしゃべると、ゆっくりとラーラマリアの眉間にしわが寄り、口はへの字に曲がり、だんだんと怒りの形相に変わっていく。
『まずい』、そう感じたグリムナは焦って、ラーラマリアの頭をなでていた手を火おこしでもするのかという勢いでこすり始める。
「よ~しよしよしよしよし……」
頭だけでは足りない、そう感じ取ったグリムナはもう片方の手でラーラマリアの喉をくすぐりながらなだめる。
「よしよしよしよし、いい子ですね~、ラーラマリアはですね、こうやってなでてやるとですねぇ、気持ちが落ち着いてくるんですよね~、おお、よしよしよしよし……」
完全にムツゴロウとゆかいな仲間たち状態である。しこたま頭をなでられたラーラマリアは髪の毛がボサボサになってしまったが、しかし本人は上機嫌なようで、トロンとした表情になって、そのまま床の上に仰向けに寝転んで腹を見せる。
「よ~しよしよしよしよし、いい子ですね~……」
グリムナはその腹をわしゃわしゃとなで続ける。ラーラマリアはすでに満面の笑みを浮かべ、なすがままである。
「グリムナさんがラーラマリアさんをあやしている間に話を進めましょう」
「そうね」
手を離せないグリムナに変わりヒッテとフィーが話を進める。
「ところでさっきの、ガラテアさんが偽物、って話、外の皆さんに聞こえちゃってますけどいいんですか?」
ヒッテがそう言って壁を指さす。先ほどラーラマリアが破壊したので,ここまでの話は外に待機しているマフィアの男たちには丸聞こえであった。
「別に構わないわぁ。あの子たちも薄々分かってる上でやってることだからぁ。右目もあるし
ねぇそんなことよりも、グリムナは記憶を失っているのぉ?」
「そうなのよ! ほかにも理由はあるけど、この町にはまだ
「あの彫像?」
フィーの言葉にヒッテが聞き返す。確か少し前にも『アレが残っている』と言っていた。
「そう。5年前の旅の時、グリムナが救いたくても救えなかった、大きな後悔を抱えている事件の象徴、その彫像がこの町にはあるのよ」
リヴフェイダーはその言葉を聞いて、少し考えこんでから、ゆっくりとフィーに尋ねる。
「……ヤーンの骸、のことかしらぁ?」
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