第359話 ガラテアファミリー
「ここが、ボスフィンか……なんというか、小汚い街、だな……」
グリムナの正直な感想であった。
リズとは砂漠を抜けてステップ地方に入った時点で別れ、後は一路ボスフィンを目指して南へ。
遺跡で見つけた植物、オリザのこの大陸での原産地はもっと南西の方向ではあるが、しかし一旦真南にあるオクタストリウムの首都、ボスフィンを目指すことになった。フィーの提案によって。
「う~ん、前に来たときはここまででもなかったんだけどねぇ……」
街並みはいたるところで建物が半壊、全壊しているものがあり、一本裏道に入れば、どころか、メインストリートですら日常的に治安の悪さを感じることが珍しくない。
当然それは町を歩いていれば暴力を目にする、という意味ではないが、しかしそういったものは街並みに如実に表れるものなのだ。
町の雰囲気が悪ければ、その街は当然のように治安が悪い。
グリムナ達一行は、今はそれを覚えているのはフィーとヒッテだけであるが、5年前、内戦状態に入る前のこの町の姿を知っている。
その時も治安の悪い街ではあったものの、しかし無政府状態となってマフィア同士の内戦の続いている今とは比べるべくもない。
「まあ、今日は大通りに面する宿を取ってゆっくり休みましょう。明日はちょっと見てもらいたいものがあるのよ」
フィーのその言葉で、出来る限り大きな道に面した、出来る限り大きな宿を取って休みを取った。
「で、なんなのよ? 見てもらいたいものって?」
宿の部屋に荷物を置いてからグリムナ達は1階にある食堂で夕食を食べた。その後部屋で一息ついている時にメルエルテがフィーにそう尋ねた。
娘とグリムナを命の危険がある様な罠にはめた事件から、砂漠、ステップを横断してこの町まで来たのでもう一か月ほどが経っているとはいえ、すでに何事もなかったかのような顔をしている。
フィーはグリムナの方に顔を向けて問いかけた。
「もちろんグリムナの記憶関連の事よ。グリムナはこの町に来て、何か思い出すことはない?」
「以前にこの町に来ているってことか?」
グリムナはそう聞き返した後、顎に手を当てて首を傾げる。このリアクションでは今のところ何も思い出してはいないようだ。
「思い出したくない記憶っていうのもあるかもしれないけどさ、この町には、噂じゃまだ
「アレ、って何ですか?」
ヒッテがそう尋ねるとフィーはウィンクをして「それは見てのお楽しみ」と答えた。今の話では悲しい思い出のようなのに、受け答えがおかしい。
とはいえヒッテもそれについてはあまり思い出せない。この国の内乱に関することなのだとは思うが、詳細が思い出せない。彼女が思い出せないという事は、その過去の出来事にグリムナが深くかかわっているという事なのだろう。
その時ガタッ、とラーラマリアが椅子から立ち上がった。
何事か、と全員が彼女の動向に注視していると彼女は人差し指を口に当てて静かにするように、というジェスチャーをし、耳の後ろに手を当てて、何か音を確認しているようであった。
ついで彼女は壁の方に歩み寄っていって木窓をほんの少しだけ開けて外の様子を窺った。
「……囲まれたわ」
「えっ!?」
グリムナも窓際に駆け寄り外の様子を窺う。たしかにガラの悪そうな男どもが彼らの宿を囲んでいる。それも数人というレベルではない。二、三十人はいそうだ。
「どういうこと? あんたらこの街に前に来た時になんかやらかしてるの?」
他の者は『囲まれている』という事態に色めき立っているが、メルエルテだけはつまらなそうな表情で椅子に座ったまま尋ねる。
「ええと、えと……あれぇ? なんかやったっけ?」
フィーがあわあわしながら頭を抱える。この女の記憶に頼るというのはかなり不安が残る。
「ヒッテ達が狙いじゃない可能性もありますよね?」
「それもあるけど、用意しておくに越したことはないわ」
ヒッテの言葉にラーラマリアが答えながら、エメラルドソードを手に取る。その様子を見てグリムナが彼女を諫めた。
「ま、待て。暴力は最小限に、だ。なるべく穏便に済むならそれに越したことはない」
グリムナの言葉にラーラマリアは柔らかい笑みで返す。
「大丈夫よ、グリムナ。私だっていつまでも昔の私じゃない。短絡は起こさないわ」
「あ、思い出した」
その時フィーがボソッと呟いた。
「グリムナがマフィアの女ボスにキスしてたわ」
ドオン、と爆音がしてグリムナの身体が壁にめり込んだ。
「どういう事よグリムナ~~~ッ!!」
「お、落ち着け! ラーラマリア! 短絡は……ッ!!」
しかしラーラマリアはグリムナの両肩を亀裂の入った壁に押し付け、なんとそのまま壁を破壊して宿の外に二人で落下していった。
「凄まじい短絡っぷりね……」
メルエルテが呆れた表情で呟く。 あほくさいにもほどがあるが、結局二人は大勢の男たちが待ち受ける宿の外に落ちてしまったのだ。
「お久しぶりねぇ、グリムナ」
ラーラマリアの下敷きになったグリムナに、甘ったるいような鼻にかかった女性の声がかけられた。
外にいる宿を囲んでいる連中は男ばかりかと思われたが、どうやら女性がいたようであった。
グリムナが顔を上げると男たちは道を開けるように両脇により、その中心には紫色のセクシーなドレスに身を包んだ黒髪の女性が現れた。
「ああっ! マフィアの……確かノウラ・ガラテア!」
「まふぃあ……?」
フィーの言葉にラーラマリアも顔を上げる。
「さっき言った、キスした女ボス」
「ヒッテ!! エメラルドソードこっちに投げろやオラァ!!」
鬼の形相でラーラマリアが叫んだ。先ほどグリムナを壁に押し付けた時に剣は落としてしまい、まだ二階の、ヒッテ達のいる場所にある。
「フィーさん、投げたらどうなると思います?」
「間違いなく地獄になるわね」
「ですよね……」
他人事みたいな言い方をするフィーだが、この女が余計なことを言ったせいである。しかしフィーは続いて何かに気付いたらしく、暗闇の中、目を凝らして町明かりに照らされているノウラ・ガラテアの顔を見て呟いた。
「あれ……? ノウラ・ガラテア? ……ガラテアって眼帯してなかったっけ……」
空中に視線をやり、首を傾げる。
「あれ、もしかして……ガラテアじゃなくて、リヴ……」
「ストップよぉ」
マフィアの女ボスが再び声を上げ、フィーの言葉を制止すると、グリムナ達の方に歩み寄りゆっくりと話しかける。
「そんな怖い顔しないで、ラーラマリアちゃん……
上でゆっくり話しましょう。あなた達はここで待っててくれるかしらぁ」
「はい、ボス」
いまいち事情のつかめないグリムナ達に先行して、ノウラ・ガラテアは宿屋の中に入っていった。
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