第410話 なんやかんや
「ん……」
ゆっくりと、ベルドの目が開く。
「んちゅ……ん!? オゲェェェェェ……」
目を覚ますなりベルドは反吐を吐いた。仕方あるまい。目の前には白目をむいた老ゴブリン。その舌をしゃぶっていた状態で目を覚ましたのだから。なかなか経験できないレベルの最悪の目覚めである。
びちゃびちゃと洞窟内で吐いていると、ネクロゴブリコンの方も目を覚ました。夢か
『起きたの? どう? おじいちゃん、ベルアメールには会えた?』
そこでようやく先ほどまでの出来事が夢だと理解したのか、ネクロゴブリコンは、静かに笑って、その瞳に涙を溜めた。
「……ああ……これで、竜と……戦える」
その笑顔は晴れ晴れとしたものであったが……
「ゴホッ、嘘つけ……事態は何一つ、好転してないぞ……」
それを咎めるようにベルドが口を挟んだ。「どういうことなのか」とフィーが尋ねる。ベルドはハンカチで口を拭ってから話し始めた。
やはりベルドとバッソーが予想した通り竜を物理的に破壊することは理論的には可能だが物理的には不可能。そして竜の正体とは、人間の無意識中の罪悪感からなる集合無意識でできた『滅びの願望』なのだという。
『つまり、人類がみんな罪の意識から解放されればいいってことね?』
「簡単に言うがな、そりゃあ皆がお前みたいに他人に迷惑かけても屁でもねぇような奴ばっかりだったら、最初っから竜なんか現れてねぇよ」
『むぅ……』
確かにそのとおりである。悪いことだと思いながらもそれを止められない。そんなアンビバレンツな矛盾した感情が竜を生み出したのだ。
そして、ベルアメールが考える、竜を倒す方法とは。ベルドが口を開く。
「詩的な話で申し訳ないし、こういう綺麗事は言ってる俺が一番嫌いなんだがよ、人の罪を許す者が必要だ。みなの罪を背負って、救いを求める声を受け、竜を鎮める。そんな象徴的な
『……どういうこと? もっと具体的に言ってくれる?』
「聖剣エメラルドソードを持って、誰かが竜を倒すのさ」
ブロッズ・ベプトが険しい表情になってベルドに問いかける。
「それじゃ結局メザンザが描いた絵と同じじゃないか。そもそもいったい誰がやるんだ? 誰にだって、あの竜と戦えるとは思えない」
「待ってくれんかの。『罪を許す者』とはどういう意味じゃ? 聖剣を使うのはラーラマリアではいかんのか?」
バッソーがベルドの言葉で気になった部分を訪ねる。たしかに、なんとも思わせぶりな言い方ではあった。ベルドは地べたに胡坐をかいて座ったまま、苦々し気に応える。
「
『つまり私の出番ね』
「そんなわけねーだろ」
『なんでよ! こんなに美人で、愛らしくって、おっぱいも大きくて! 私以上にアイドルにぴったりの人間がどこにいるっていうの!?』
「そもそもお主はエルフじゃろう」
ネクロゴブリコンが呆れたような表情を見せ、それから真剣な表情になって語りだした。
「罪を背負うのは『人』でなければならぬ。民衆にもよく知られ、他人の罪を背負う事を厭わず、そして竜に立ち向かう勇気を持つ者。そんな者でなければならぬ」
ブロッズが静かに師匠の言葉に応えた。
「そんな人は一人しか思い浮かびませんね……」
『やっぱり、私がエルフであることを隠して聖剣を……』
「お前もう、ちょっと黙ってろ」
さすがにしつこいフィーにベルドが少しキレてきた。というかこの女そんなにアイドルになりたいのか。フィーが反論を続ける。
『いや、だってさ? 私知名度あるじゃん? 小説出版してるし! BL愛好家という深い業を背負ってるしさ? ぴったりじゃん!』
「お前の知名度なんて一部の好事家にしかないだろうが」
喚くフィーにベルドがツッコミを入れて止めると、ブロッズが静かに口を開く。
「グリムナ、だな……」
その言葉にフィーが叫ぶように反論した。
『やめてよ!! そうやってつらい役目は全部グリムナに押し付けようとしてるじゃない!! あんな竜と戦ったらグリムナ死んじゃうわよ!! どうしてグリムナとヒッテちゃんをそっとしておいてあげられないの!!』
フィーはその後も口汚くブロッズを罵りながら抵抗したが、しかしやがて疲れたのか静かになった。それを見計らってからネクロゴブリコンがゆっくりと口を開いた。
「フィー、お主の気持ちもよく分かる。儂にとってもグリムナは愛弟子じゃ。ヒッテも小さい頃から知っておる。本音を言えば、そんな危険なことはさせたくない。じゃが、これはグリムナにしかできん事なんじゃ」
『いや……いやよ……ぐすっ』
だいぶ落ち着いてきてはいるがフィーはまだ納得できていないようである。鼻をすする音が聞こえた。
『そりゃあ私だって、国境なき騎士団のアジトに送り込んだり、裁判引っ掻き回して泥沼にしたり、敵に捕まってお姫様気分味わったりして試練を与えたけど……でも、辛いこと全部あいつに押し付けて後は知らんぷりなんて……間違ってるわよ……』
「試練……?」
ベルドが小声で首を傾げながら疑問を呈する。
『竜を作り出した元凶の一般人共は、ただ自分の罪から逃げてるだけじゃない……それでもきっと、グリムナはこの話を聞いたら、恨み言の一つも言わずに行くんでしょうね……ヒッテちゃんも置き去りにして……』
「ちょ、ちょっと待ってくれんかのう」
バッソーが若干慌てたような表情で会話に割り込んできた。
「『竜を聖剣で倒す』……それはいいとして、具体的にはどうするんじゃ? 現状聖剣エメラルドソードはラーラマリアと共に姿をくらましておる。さらに言うならグリムナもどこにいるのか分からんのじゃぞ? 各地で竜の足跡を追うように人々を手当てして回っておる者がおるという噂はある……おそらくはこれがグリムナで間違いないじゃろうが、具体的な居場所は分からんぞ?」
「そもそも単純にグリムナに聖剣を持たせて竜を倒せばいいだけなのか? 『だけ』と言ってもその時点でかなり無理言ってると思うが……」
ブロッズもベルドの『作戦』に疑問を呈した。ベルドはちらりとネクロゴブリコンの方を見ると、ネクロゴブリコンはこくりと頷いて口を開いた。
「ベルド、お主は『ラーラマリアはエメラルドソードの使い方を間違っている』と言っておったな……
儂もそう思う。ベルアメールから聞いた話じゃと、竜の体は、人の記憶、それによって作られる『魂』を記録しやすい物質で作られておる。そして、400年前、竜の遺骸から作られたというエメラルドソードの魔石も同じじゃ」
「確か……エメラルドソード、竜の魔石には魂を吸い取る力があると聞きましたが?」
ブロッズがネクロゴブリコンの話に神妙な面持ちになって聞き返す。現存する『竜の魔石』は二つ。そのうち一つはメザンザが持っていたが、竜との戦いで死亡して行方知れずとなっている。残るは聖剣である。
ベルドがブロッズの言葉に答えた。
「そうだ。実際俺もエメラルドソードが人の生気を吸い取るさまを間近で見たが、あれは本来の力じゃない。
……俺の考えでは……ベルアメールも同じ考えだったようだが、
ラーラマリアじゃなくグリムナがそれを使えば、人々の『希望』となる
「当面の目的としては、なんやかんやしてラーラマリアを見つけ出して聖剣を譲ってもらう」
「あのラーラマリアが素直に応じるでしょうか?」
作戦を語りだしたネクロゴブリコンにブロッズが疑問を呈する。
「まあ、そこは、なんやかんや上手く説得するしかない。そして、なんやかんやしてグリムナを探し出して聖剣を渡す。最後になんやかんや上手くやってその聖剣でグリムナに竜を倒してもらうしかないじゃろう」
『なんやかんやばっかりじゃないの!!』
この説明にさすがにフィーの怒りが爆発した。
『結局不確定な作戦とも言えない作戦ばっかりじゃないの! ガチャリ そんな無茶苦茶な話に私絶対に協力なんて ゴッ』
何かを強烈に殴りつける音がしてフィーの声が聞こえなくなった。
『うるさいって言ってんでしょうが!!』
メルエルテの声だった。
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