第409話 友との再会

『どう? うまく行ったかしら?』


 ブロッズが凶器となった椅子を持ったまま折り重なっているベルドとネクロゴブリコンの様子を窺う。二人は舌を絡ませ合ったまま気を失っている。正直言って舌を嚙まなかったのは奇跡と言ってもよいだろう。


「ああ、ここまではうまくいったみたいだが……ここから先は正直運次第だな……」


「そうじゃのう、そんなに都合よくベルアメールが連絡取りに来てくれるもんなんかのう?」


『二人とも何言ってんのよ。後は野となれ山となれ……じゃなかった、人事を尽くして天命を待つ、よ。なるようになるでしょう』



――――――――――――――――



「う……ここは?」


 暗闇であった。


 いや、闇というには何かおかしい。自分の体ははっきりと見えるのだ。光の射さない闇の中であるのなら、自分の体も見えない筈であるが、はっきりと自分自身の緑の腕が見て取れた。


 即座に彼は、これが自分の夢の中であるのだと認識した。それゆえ、自分の腕が皺の少ない、かつての若い頃のような張りのある皮膚になっていることも素直に受け入れられた。


 ネクロゴブリコンは起き上がって辺りを見回す。


 そこには、一人の少女が立っていた。ツーサイドアップにしたハイティーンの少女。ネクロゴブリコンには全く見覚えがないが。


「ネクロゴブリコン!」


 見覚えはないが、しかし本能的に分かった。これは、自分が400年間恋焦がれた、あの人物なのだと。彼は走って少女に近づいてその体を抱きしめた。喜びのあまり涙を流しながら。


「ベルアメール! ベルアメールなのか!? 会いたかった……」


 少女とゴブリンはそれほど身長が変わらない。しばらく再会に二人が涙していると、ネクロゴブリコンの後ろから声がかけられた。


「旧交を暖めてるところ悪いがよ、本題に入ろうぜ。時間があるのか分からん」


「ベルド! お主もここへ?」


「そりゃあそうだろう。俺を中継してベルアメールと交信してるんだから。むしろなんでいないと思ったのか……ところでなんでメスガキの格好してんだ? ベルアメールって女だったのか?」


「ベルアメールはロリコンじゃったから、こんなアバターを使っておるんじゃろう」


「ちょっ、言うな!」


 ゴブリンとロリっ娘がわいわい言いながらいちゃついているのは見ていて大変ほほえましい光景ではあるものの、しかし話が進まない。ベルドはそう感じた。


「おい、そろそろ本題に入ってくれないか」


「本題ってなんじゃ?」


 ベルアメールが聞き返す。全く予想の外だった答えが返ってきたことでベルドは呆気にとられる。何か言いたいことがあってメザンザに託したのではないかとベルドが尋ねるが、しかしベルアメールから返ってくるのは期待外れの回答であった。


「いや? ワシはただネクロゴブリコンと話がしたいなあ……と、メザンザに愚痴っただけじゃが?」


 にわかにベルドの額に汗が浮かぶ。あれだけの事をさせられて、まさか雑談がしたかっただけとは。しかし彼が文句を言う前にネクロゴブリコンがベルアメールに尋ねた。


「そもそも、今お主はどういう状態なんじゃ? 死んどらんのか?」


 ベルアメールはネクロゴブリコンに正対し、自分の胸をなでおろすようにしながらその質問に答える。


「いや、確かに死んでおる。じゃが、別に幽霊というわけでもない。さらに言うならベルアメール本人でもない」


「ベルアメールじゃないのか!?」


 ネクロゴブリコンが驚いて聞き返すが、しかしベルアメールは落ち着いた表情でゆっくりと答えた。


「ワシはベルアメールの記憶の残滓じゃ。ワシが死んだ際にベルアメールの記憶がたまたま近くにあった竜の体に記録されたに過ぎん」


「……もしかしてサイコメトリックか?」


 ベルドの問いかけにベルアメールは少し意外そうな表情を見せる。


「そうじゃ。物知りなゴリラじゃの。その記憶によって仮想人格が形成された、それだけの存在じゃ。じゃがまあ、ベルアメール本人ではないが、99%本人と思ってもらってよいぞ。構成は同じじゃ」


 ネクロゴブリコンは「難しい話になって来たのお」と頭をボリボリ掻いていたが、しかしベルドは半ば確信めいた予感を持って彼女(彼?)に問いかける。


「竜の体は人間の記憶が記録されやすい物質で出来ているのか? エメラルドソードの魔石のように」


 ベルアメールはニヤリと笑う。


「どうやら色々と見てきたようじゃのう」


 彼女は周りを歩き回り、視線を彷徨わせながら語り始める。


「この体になって、分かる事というものもある。人間とは即ち、電気信号に過ぎん。その電気信号パターンが時々近くにある無機物に記録されることがあるんじゃ。その時に強烈な感情の揺れや、衝撃があると、より強く記録が残る。その記録を普通は誰も読み出せんのじゃが、時々電磁気的に鋭敏な人間がこれを感知することがあってな……読み取られたこれを、いわゆる幽霊と呼んでおるようじゃの」


「コルヴス・コラックスみたいな連中か」


 ベルドはどうやらある程度予測がついていて、その答え合わせをしているようだ。ネクロゴブリコンはしばらく黙って二人のやり取りを見ていたが、しかし大切な言葉を口にしていなかったことを思い出した。


「ベルアメール、知ってると思うが、竜が復活した。何とかして奴を止めねばならん。協力してくれ」


 ベルアメールは目を閉じて腕組みをした。その渋い態度にネクロゴブリコンは少し落胆する。しかしベルアメールはすぐに目を開けて柔らかい笑顔で語った。


「協力したい気持ちはあるが、見ての通りワシは今幽霊みたいな状態じゃ。しかも寄生先は竜の体じゃ。お主らが竜を害せんと立ちはだかれば、それと対峙する立場でもある。

 知恵を貸すことは出来ても、それ以上はできんぞ? それでもよいか?」


 ネクロゴブリコンは眉間に皺をよせ、懇願するように、しかし穏やかな表情で助力を願い出た。その言葉に返すベルアメールの表情は、柔らかく、暖かい表情であった。


「ならば是非協力させてくれ。お主は、この世界にたった一人の、ワシの友達なんじゃからな」


 ともに旅をした仲間の、400年ぶりの再会であった。

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