第133話 花咲く都のローゼンロット

 ローゼンロット 花咲く都の ローゼンロット


 風に揺れ動く木々の中 その町は咲き誇り続ける


 ゲーニンギルグ この花園を守っておくれ


 枯葉舞い散る中も 娘たちは踊り続ける


 ともしびは消えず 母の手は在り続ける


 ローゼンロット 花咲く都よ


 ゲーニンギルグ 誓いの人よ


 私の腕は探し続ける 吐息すらも忘れるほど


 ローゼンロット




 グリムナ一行はとうとうヤーベ教国の首都、ローゼンロットに到着した。元々は『花咲く都のローゼンロット』と歌われる、美しい都市である。四百年ほど昔にベルアメール教会が本拠地を構えてからは徐々にその名は忘れられ、質実剛健な石造りの宮殿、というよりは要塞に近いが、ともかくそれが作られ、町の様子は様変わりしてしまった。


 しかし未だにローゼンロットと言えば風光明媚な町をイメージする人は多い。ゲーニンギルグとはベルアメール教会がここに本拠地を作る前、この町を作った人物の名であるという。しかし今ではその首都機能を持つ建築群、『ゲーニンギルグ戦闘大宮殿』に名を残すのみである。


 冒頭の歌をヒッテが歌い終えると、やがて町が見えてきた。その奥には威圧感のある大宮殿も見える。町は石造りで武骨なイメージを受けるが、それでも住人がこの『花咲く都』という名に執着があるのか、食うもままならないこの時代においてもあちこちに花壇が見えている。


 グリムナはじめ一同はヒッテの美しい歌声に聞き惚れていた。


「くっ……汚い鳥ほどきれいな声で鳴くわね……」


 ただ一人、アムネスティだけが憎々しい目つきでヒッテを睨んでいる。


 そしてグリムナは戦々恐々、ヒッテとアムネスティの関係はこの度の中で最悪の状況となってきていた。対照的にグリムナはアムネスティに気に入られていたが、しかしよくよく考えれば逮捕権を有するアムネスティ達が直接裁判をするわけではない。彼の努力は徒労に終わるだろう。


 グリムナは宮殿の敷地内に連れてゆかれ、役人と思しき人間にその身柄を渡された。これから彼の長い法廷闘争が繰り広げられるのだ。


「ワシらはどうすればいいんかのう……」


 バッソーがそう呟くと、アムネスティはつかつかと歩み寄り、バッソーを蹴飛ばしてフィーに話しかけた。


「あなたたちはグリムナの身元引受人と言うことになるわね。宮殿の敷地内には宿泊施設もあるわ。連絡はそちらに逐一回すようにするわ」


「二人はそれでいいですけど、ヒッテは身元引受人じゃないですよ」


 一々突っかかってくるヒッテにアムネスティは舌打ちしながら答える。


「ま、あんたみたいなガキは身元引受人にはなれないわね。別にその二人がいればあんたなんかどうでもいいでしょうけど……」


「そうじゃなくて、ヒッテの身元引受人がご主人様、グリムナです。奴隷を庇護する責任が主人にはあるはずです。ヒッテが忠誠を誓う代わりにグリムナはヒッテを一生守ってくれると誓ってくれました。ご主人様の人権が容疑者として制限されるとしても、ヒッテの人権はどうなりますか?」


 アムネスティはギリギリと歯ぎしりをする。


「くっ、あんた達、奴隷と主人の関係だったの!? グリムナがそんな非人道的なことをしてるなんて……!!」


 アムネスティがぎろりとグリムナを睨むと、彼は恐縮して曖昧な笑みを浮かべるのみである。そもそも彼女はグリムナがヒッテに非人道的な性的虐待を加えているという話で逮捕しに来たんじゃなかったのか。しかしヒッテはここに来るまで、ギリギリまで二人の関係性の事はあえて伏せていた。直前になって言うことで、彼女らに揺さぶりをかけているのである。


「ふんっ、人格者のグリムナが普通に子供の奴隷なんて買うわけがないわ、どうせあんたに口八丁で騙されて半ば無理やり買わされたんでしょうけど……」


 鋭い。半分以上正解である。


「でも、容疑者の奴隷の場合、その扱いは家族と同じになるわ。いつでも面会する権利がある。私宛で話を通せば通るようにしておいてあげるわ、調子に乗りやがって」


 最後に捨て台詞を付け加えた。もはやだれが加害者で誰が被害者なのか分からない構図である。アムネスティは役人にグリムナの身柄を手渡す際、彼の手を両手でぎゅっと握ってうるんだ瞳で話しかけた。


「これから大変だけど、頑張ってね、グリムナ……」


 お前のせいで大変なのである。


「私が関われるのはここまでだけど、きっと疑いが晴れるって信じてるわ……」


 そもそもお前がかけた疑いである。


「あなたが無事釈放されたら……きっと私は迎えに行くわ……」


 そう言ってアムネスティはグリムナの頬に口を寄せようとしたが……


「ありあしたー」


 グリムナが突き放した。アムネスティは何が何やら分からない、といった表情をしていたが、この女本当に大丈夫なのか。自分のしてきたことがまるでなかった事かのように振る舞い、恋人の帰りを信じて待つ乙女のような事をのたまっていたのだ。自分のしてきたことを棚に上げすぎである。


 その光景を遠くの建物の窓から眺めている人物がいた。一人は痩身に金髪の美丈夫、聖騎士ブロッズであり、もう一人の大柄な男は彼の上司であり、このヤーベ教国の元首でもある大司教メザンザである。


「ま、なるようになりましたな。宣言通り彼の身柄は引き渡しましたので、後のことはお任せします。猊下」


 ブロッズに話しかけられたメザンザは内心複雑な心境であった。まさか宣言通りひと月足らずの間に見事にグリムナの身柄を拘束し、彼に引き渡すとは思ってもみなかった。所詮はただの強がりであろうと思っていたのだ。


 面白くない。せっかく彼に対し優位に立てたと思ったのに、前の失態を全て帳消しにする見事な働きぶりであったとしか言いようがない。しかし、個人の感情は置いておいて、これで不確定要素となるグリムナの身柄は拘束したのだ。ラーラマリアはしばらく前から行方をくらましているが、あとは裁判でグリムナの有罪を確定させ、彼から全てを奪った上でラーラマリアに与えればよい。

 竜の件が片付くまでは牢に入っていてもらうことになるだろうが、これでラーラマリアに対する『人質』も手に入れたことになる。後は聖剣に集中すればよいのだ。


 納得いかないながらも全ては順調に進んでいる。メザンザは不本意ながらもブロッズにねぎらいの言葉をかけ、その場を後にした。





「それにしても、参ったことになったわね……」


 フィーがゲーニンギルグ戦闘大宮殿の敷地内にある宿泊施設で、そう呟いた。確かにアムネスティの言う通り、敷地内には簡易宿泊施設があり、そこで彼女らはグリムナの裁判の状況を聞いたり、差し入れを入れることもできる。さらにヒッテには彼の家族と同様の権限として、いつでも面会に行くことができるという。それでも世界を救う冒険の途中でまさか公権力に逮捕されるとは思ってもみなかった。それもロリコン容疑で。


「いや、いまいち分かんないんだけどさ、どういう理屈でグリムナを逮捕したわけ? 実際奴隷の売買は合法だし、子供を奴隷として買うことも普通なんでしょ? ヒューマンは。それに性的虐待したからって問題になるの? そんなの日常茶飯事な気がするんだけど?」

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