水底のうた ~ヤンデレ勇者に追放された回復術士、世界中のホモにけつを狙われるけど、今更ノンケだと言われてももう遅い。助けて~
@geckodoh
第1話 とある回復術士の追放
「儂に……キスしてほしいんじゃ……」
グリムナは頭を抱えた。
薄暗い洞窟の中、目の前には頬を若干赤らめ、目を閉じて唇を恥ずかしそうに突き出す、老いたオスのゴブリン……
グリムナの顔には、絶望が色濃く表れていた。
「なぜこんなことに……」
この時を境に、グリムナの人生は大きく狂い始めたと言えよう。
時系列的にはそこから1か月ほど後になる。
アンキリキリウムという町にある安い
そんな中、グリムナの幼馴染、金髪の『女勇者』ラーラマリアが重い口を開いた。
「今日……この話し合いの場を設けたのはなぜか……もう分ってるよね? グリムナ……」
「いや……『分かってるよね?』とか言われても……何のことかさっぱりだよ。何かあったの……?」
グリムナが恐る恐るラーラマリアに尋ねる。
横で赤毛の女魔導士、シルミラが「はぁ……」と大きなため息をついた。ヤな感じである。
「本当に分かってないの……?」
そう言って気怠そうな表情をしながらラーラマリアが大きな胸をテーブルの上に乗せた。彼女はいつもこの胸のせいで肩がこると言い、毎晩グリムナに肩を揉ませていた。
「はっきり言うわ。あなたをこのパーティーから追放する。クビよ……」
「なっ! なんで急に!? 一体俺が何したって言うんだ!?」
驚愕の表情で聞き返すグリムナ。
「確かにラーラマリアが俺の事をよく思ってないのには気づいていたけど……」
そう言ってグリムナが歯噛みすると、ラーラマリアは「違う!!」と大声を出した。他の客の注目が集まる。
「違わないさ!
今までだって『私の寝袋がない、お前が隠したに違いない。仕方ないから私と一緒に寝ろ』だとか、『お前がタオルを次々使うせいで乾いたタオルがもうない。仕方ないからお前の肌着を寄こせ』だとか、『ふざけるな、使用済みの奴に決まってるだろバカ! 未使用の奴なんて使っても楽しくないだろ!』だとか、さんざん意味不明な嫌がらせしてきたじゃないか!!」
ラーラマリアはグリムナの言葉に「んっ」と咳払いして恥ずかしそうに視線を逸らした。シルミラが呆れ顔で呟く。
「……ったく、乙女心の分からない奴ね」
『今の話のどこに乙女心要素が?』と、グリムナは思ったが、シルミラの話がまだ続くようなので黙って聞くことにした。
「その話はともかく、追放の理由、あなた本当に分かってないの……? あんな公序良俗を乱すような真似をしておいて」
しかし当然グリムナもこれに黙っているような男ではない。
「俺は何もやましいことはしていない。クビにするほどの理由があるならラーラマリア、君の口からはっきりと言ってくれ」
グリムナがそう言って対面に座っているラーラマリアの目を真っ直ぐと見つめると、彼女は最初驚いて頬を赤らめて照れたような表情をしていたが、だんだんと眉間にしわを寄せて、怒りの表情を見せた。
「男相手にさんざんキスしておいて何が『やましいことはない』だ!! アンタのせいで今私たちのパーティーなんて呼ばれてるか知ってる!?『おホモ達内閣』よ!! ホモ行為をやめるかパーティーを出ていくか選びなさい!!」
「男同士でキスして何がいけないっていうのよ! 恋愛は自由よ! 誰もグリムナの心を縛ることはできないわ!!」
ラーラマリアの言葉にグリムナを擁護したのは同席していた、これまた幼馴染の『斥候』を務めるレニオである。少女のように愛らしい外見と女言葉ではあるが、彼は男、いや、『オネエ』である。
普段は人懐っこい、明るい性格で誰の懐にも入り込んでいって『斥候』としての仕事を十分に果たしている彼であるが、しかし今日はラーラマリアとシルミラの態度に怒りを隠せない。だが、
「ごめん、ちょっと話の主旨が変わってくるからレニオは黙っててくれるかな……?」
ちょっと話が追放劇からLGBTsに移りそうになったのでグリムナが慌てて軌道修正をし、ラーラマリアに向き直って話し始めた。
「まず誤解しているようだが、俺はホモではない……確かに悪代官のゴルコークにキスはしたが、あれは彼を改心させるために必要な事だったんだ。そして、これからも悪人を改心させるために、キスをやめる事はできない……」
「だから! なんで『キス』と『改心』が繋がるのかが分からないのよ!! そこの説明をしなさいよ!!」
当然この意味不明な説明にラーラマリアは納得がいかなかったようだ。
「ぐッ……それは、すまない。言えない……師匠との約束がある……」
「言えないじゃ済まないわよ! 本当に趣味でやってるんじゃなくて理由があるんなら、私とキスして証明してみなさいよ!!」
言うなりラーラマリアは目をつぶって唇を突き出した。唐突すぎる。
「いや、ラーラマリア……ちょっと無理がある……」
さすがにこれにはシルミラもドン引きである。小さくため息をついてからシルミラはグリムナの方に向きなおって言った。
「実際にね、そんなホモ行為によって私たちのパーティーの評判が下がってるって現実があるわけよ……それについて反論はないんでしょ?」
シルミラのこの言葉にグリムナは思わず言葉を失ってしまう。
「……」
「ほんでラーラマリアはいつまでキス顔してんのよ。」
シルミラはさっきの姿勢のまま動こうとしないラーラマリアにも突っ込みを入れて、ペチンと頭をはたいた。『あわよくば』待ちが長すぎる。
「どうしてもグリムナを追放するって言うなら、アタシもパーティーを抜けるわ!」
それでもまだグリムナを擁護するのはレニオであった。少し身長の低い彼はキラキラとした瞳でグリムナを上目遣いで見つめてくる。
味方がいる。そうだ。自分は一人じゃない。そう思ってグリムナの顔も思わずほころんだ。
「レニオ……一緒についてきてくれるのか……」
しかし間髪おかずにラーラマリアが口を開く。
「レニオはあんたのケツの穴をねらってるわよ……」
「すいません、迷惑かけられないんで、一人で出ていきます」
ラーラマリアの言葉にグリムナは即座に手のひらを返し、席を立とうとした。
「ちょっと待ちなさい!」
しかしラーラマリアはまだ納得いかないようでグリムナを呼び止めた。
「行くならせめてキスしてから行きなさい!!」
またもや目をつぶって唇を突き出すラーラマリア。もはや意味が分からない。
「いや、ラーラマリア……もはや完全に手段と目的が逆転してるし。ていうか最初っから証明するためにキスをしろ、ってロジックが破綻してて意味不明だから!」
矢継早に突っ込みを入れるシルミラを見て、「これから彼女がこのパーティーの突っ込みの要になるのか、大変そうだな、がんばれよ」と思いながらもグリムナは飲食店を後にして、一人外に出た。
こうしてこの日、世界を救うべく、この大陸の最大宗教派閥であるベルアメール教会から神託によってえらばれた勇者の一行から、一人の回復術士がホモ疑惑をかけられた上で追放されたのだった。
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