第36話 暗殺者

 宿の部屋の中で、グリムナとヒッテは不安そうな顔をしている。フィーは何も言わず、日の落ちた窓の外の街並みを隙間から眺めていた。


「なにが聞こえたんだ? フィー……」


 グリムナがそう話しかけると、窓の外を見ていたフィーは木の窓を閉めてから、振り返ってヒッテとグリムナの方に向き直った。


「ラーラマリアは今この辺りに来ているの?」

「いや、そこまで知らないが有名人だから調べてみればすぐにわかると思うぞ? ラーラマリアがどうかしたのか?」


 フィーは少し考えてからまた窓を少しだけ開けて外を確認する。窓の隙間からは少し涼しい風が入ってくる。そう間を置かず、もう夏も終わりとなるだろう。しばらく何かを探すようにそうやって外を見やっていたが、誰かいないかを確認したのか、窓を閉じてグリムナの近くまで来て小さい声で話した。


「ラーラマリアの命を狙っている奴らがいるわ」

「なんだって!? いったい誰が!?」


 この言葉に驚いてグリムナがフィーに詰め寄る。


「落ち着いて! 声が大きいわよ。私だってさっき食事してるときにたまたま耳に入っただけだから分からないわよ。……今はいないけど、さっきまで宿の外にいた奴らが話してたわ。何者なのかは分からないけど」


 外にいたのか、とグリムナは尋ねるが、フィーが言うにはさっき部屋に戻ってきたばかりの時はまだ声がしたので外を見てはみたが、だれが声の主だったのかまでは分からなかったという。服装は一般市民の物で目立った特徴はない。何者なのかは分からないが、やはりそうそう身分のわかるものを身に着けているような親切な暗殺者ではないようだ。


「予定変更だ。ラーラマリアを探して、忠告する。何者かが狙ってるとな」




 次の日からグリムナ達は村を回って聞き込みを行った。勇者ラーラマリアの居所を知るためである。本音で言えばそのラーラマリア達を狙っている者たちを探したかったのだが、あまり大っぴらに聞きまわって自分たちが暗殺計画に気づいていることを悟られるのはまずいと思のだ。最悪の場合グリムナとフィーは戦うことはできる、しかしヒッテは別だ。確かに山賊相手では見事な立ち回りを見せたヒッテではあるが、やはり12歳の少女を正体も分からない敵に戦わせるわけにはいかない。


 聞き込みの結果、ラーラマリアのいる場所はすぐにわかった。国境を越えたピアレスト王国側の少し大きな町の依頼を受けてそこに滞在しているのだという。その情報を得てグリムナ達はすぐに該当する町に進路をとった。


「勇者たちを狙ってる者って、何者なんだろうねぇ? グリムナはなんか心当たりはないの?」


 町につくにはまだ少し距離がある。森の中でグリムナ達が野営をしていると、フィーがそう尋ねてきた。すでに食事は終わってはいるものの、まだ寝るには早い時間だ。ちなみに『あの一件』以来、フィーにも「寝るときは服を着ろ」と言い含めてある。


 それはそれとしてグリムナは考える。ラーラマリアを狙いそうなやつ……正直言うと心当たりがないでもない。これまで地元の村を出てから2年間ほど世直しの旅をしてきたが、魔物の討伐だけでなく、この間のゴルコークの件や山賊を倒した件など、人間を相手にしたことも多くある。ゴルコークは最終的に関係者全員が改心するという異例の結末を迎えたが、たいていの場合はラーラマリアが力に任せて暴力で解決する、という方法で終結しているのだ。


 悪事の首謀者は大抵ラーラマリアに誅殺されるか投獄されているが、その者達には当然関係者と言う者がいる。悪人共の金魚のふんとして付き従っていて甘い汁を吸っていた連中や、家族などである。ではその者どもによる復讐なのだろうか、というと、これにもグリムナは首をかしげる。


 ラーラマリアとシルミラは大変に強い。何しろ戦闘中に怪我を負うことがほとんどなくて結果的にグリムナの立場が微妙になったのもそのせいだからだ。その鬼神の如き強さを見せられて、事が終わって運よく命は助かったのに、またアレに関わろう、と言うものが存在するのだろうか、と言うのが彼の率直な感想である。もしやるにしても、ラーラマリアが何かやらかして民心が離れたときであろう。もしそうなれば話は違ってくる。多数派を従えて彼女を『断罪』することもできる目が出てくる。そしてラーラマリアは常に『何かやらかしそう』な気配を醸し出している。


 だとしたら、今は『見』の一手の時期のはずだ。


 つまり、今ラーラマリアをつけ狙うやつがいるとすれば、それは『命知らず』である、と言うことになる。


「命を懸けてでもラーラマリアを殺したい連中、か……」


 独り言を言いながらグリムナは火が消えかかった焚火に新しい薪を放り込んだ。まだ焚火の火が恋しい季節ではないが、火をボーっと見ていると彼は不思議と気持ちが落ち着いてくる。

 考えてみれば、今ラーラマリアを殺すことで得する人間、と言うのが思い浮かばない。ましてや自分の命を犠牲にしてでも、である。グリムナはちらりとフィーの方を見る。


「フィーはどこの出身なんだ?」


 一見今の会話と何の関連性もなさそうな言葉にフィーが小首をかしげながらも答える。


「え……?北の森だけど……あ、いや!」


「南!大陸南端のウェンデントートよ! 魔族の治める土地!!」

「お、おう……」


 取り繕うように必死で説明するフィーにグリムナが気圧されながらも返事を返した。


 実を言うとグリムナが気にしているのはその『魔族』である。人ならざるものが支配する大陸南端のウェンデントロット地方、ダークエルフや魔人をはじめとする魔族や多くのモンスターが暮らし、人の支配の及ばない土地である。ラーラマリアは人類の希望ではあるが、人ならざる者にとってはそうでもないのかもしれない、そう思ったのだ。人によってはそもそも竜を呼び起こした者こそが魔族であると主張する者もいる。


 ならばダークエルフのフィーならその地について何か知っているのではないのか?ひいては魔族が人間とラーラマリアの事をどう思っているのかを。彼はそう考えたのだ。


「なあ、魔族の住む土地って、どんなところなんだ……?」


 ここまでの会話の内容と何の関連性もないような言葉ではあったものの、グリムナの考えを汲んで、フィーが静かに答え始めた。


「荒れ果てた何もない土地よ……そこに住む者たちは自分達で何かを生み出そうとはせず、他人の物を奪って、消費することしか考えていない。『創り出す』という思考がまるで欠如しているの……」


 グリムナはフィーの話を聞いて、焚火を見ながら静かに考える。ウェンデントロットと国境を接する国は防衛に多くの力を要しているという。『国境』とは言うものの明確な区画線はない。最近『魔王』なるものが現れて魔族のリーダーを自称してはいるものの、まだまだ国家の体を成していない、と言うのがウェンデントロットの実情である。


「知性の高い者も住んではいるけど、社会性ははっきり言って部族レベルの物しかないわ。物を生み出して、自分たちで研鑽する、という考え方があまりないのね……まあ、欲しいものがあれば弱い人間から奪えばいい、って考えの者が多いからね。力の弱い人間を見下していて、人間の作るものも馬鹿にしている。自分達では作れないくせに……」


 そう言ってフィーは遠い目をした。何か思うところがあるのだろうか。実際には彼女自身もちょくちょくナチュラルに人間を見下すような発言を発してはいるものの、それでも彼女は人間と敵対する目的でなく、ちょっと歪んでいるとはいえ、人と交流する目的で自分の土地から出てきたのだ。


「あの地域にいたら新鮮なBLネタには触れられないのよ……だから私は危険を承知で、ウェンデントロットを出て……」

「魔族のBL事情なんて聞いてねえよ!!」


 グリムナの怒りが爆発した。


「え? 違ったの?」


 フィーは全然グリムナの考えを汲めていなかった。


「最初からか? 最初からその話してたの? 『何もない土地』だとか『消費することしか考えてない』とか、全部BLの話!? 今の流れでどうして魔族のBL事情なんか急に気にし出すと思ったの!? 違うだろ!! 魔族がラーラマリアの命狙ってたりしないの? って話に決まってるでしょーが!!」


「なんだか情緒不安定ね、この人」

「ヒューマンは寿命が短いから感情の起伏が激しいんですよ」

「そんでヒッテはどこ目線で話してんの!? お前もヒューマンでしょうが!!」


 三人が大声で騒いでいると、不意にフィーが明後日の方向を向いて黙った。『不意』と『フィー』をかけたのではない。時々飼い猫が急に何もないところを凝視していることがあるが、あんな感じである。

 何事かと思ってグリムナもそちらの方を見ていると、今度は彼にもはっきりと、落ち葉を踏みしめる足音が聞こえてきた。人の足音である。何者だろうか、とグリムナが腰に差してあるナイフに手を伸ばすが、フィーが「敵意は感じない」と、それを制する。


 しばらくすると全身鎧に身を包んだ身なりのいい騎士が姿を現した。


「あらイケメンじゃない」


 フィーはそう言ったものの、あまり興味のありそうな表情ではない。彼女にとってはイケメンかどうかよりもホモかどうかの方がよほど重要なのだ。見ると、全身鎧の騎士は確かに金髪のイケメンであった。いや、イケメンというよりは『見目麗しい』という表現の方がしっくりくる感じがした。中性的で涼やかな目元をしており、年齢不詳な感じがする。少年のような、青年のような……しかし鎧からするとどこかの正騎士のようである。と、すると、やはりグリムナよりは年上なのだろう。


「失礼するよ……君が有名なグリムナ君だね……」


 騎士は穏やかな声でそう言いながらグリムナの隣の朽ち木に腰かけた。騎士のこの言葉にグリムナは少し顔をしかめて嫌そうな顔をした。自分の事を名指しで訪ねてくる人間と言うのにろくな思い出がないのだ。

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