第164話 パクリ疑惑

「あれ、お兄さん達、今日も人を探してるの? 随分熱心ね」


 日中の配達の途中、メキはまたしてもグリムナに出会った。メキはグリムナ達がなぜその男を探しているのかを聞いていなかったから、そこまで熱心に探しているのだとは思っていなかった。


 しかし実を言うと『まだ探しているだろうな』という事は分かっていた。なぜならヤーンは自分の手元にいるからだ。今も自分の家で、彼女が教えた靴の修理をしているはずである。素知らぬ顔をしながらグリムナと話し、その目的の人物を自分が匿っている。何か自分が悪い事をしているような気がして、メキは背筋がゾクゾクとした。


「ああ、覚えてくれてたんだな」


「そりゃ覚えてるわよ。ちん〇んの絵を見せながら人を探してる人なんて初めて見たもの」


 グリムナは思わず頭を抱えてしまう。どうやら危惧した通り、アムネスティの描いたちん〇んの絵を見せながら彼はヤーンを探していたようだ。それでは見つかるものも見つかるまい。


「お兄さんはなんでその、ヤーンって人を探してるの?」


 メキにそう問われるとグリムナは事情を彼女に話した。ヤーンが以前とある組織(ヴァローク)に所属しており、そこから足抜けしたためにその組織に追われており、自分たちは保護するために彼を探していると、カルケロの死のことだけを避けて一部始終を話した。メキは少し考えこんで、今度は本物の彼の人相書きを眺めている。


(ヤーンに聞いた話との矛盾はない……この人たちは味方なのかな)


 メキは直感的にはそう感じたのだが、結局ヤーンのことは黙っていることにして、グリムナと別れた。グリムナのことを信用しなかったからではない。むしろグリムナのことは裏表のない好青年のように感じた。しかし、理屈ではうまく説明できないが、なんとなく、もう少し二人だけで過ごしたいと、そう感じたのだった。


「あれ……?」


 メキが家に帰ると、部屋にヤーンの姿はなかった。一瞬母親に追い出されたのかとも思ったが、どうやらそれも違うようだ。部屋を見ればヤーンが熱心に靴の修理をしていたのは見て取れるし、報酬も要求せずによく働くヤーンを母が追い出すはずがない。母にヤーンの居所を聞くと、日が暮れ始める前にふらっとどこかへ行ってしまったという。

 メキはしばし思案する。本音で言えば彼を追って外に出たいが、外はもう暗くなり始めている。こんな時間にうら若い少女が一人で外に出るなどこの町では自殺行為だ。それに比してヤーンが危険にあう可能性は低いだろう。彼にはトロールの力がある。

 仕方なく彼女はヤーンの帰りを待ちつつ内職をすることにした。仕事をしているうちは両親の暴力を受けることはない。これは、彼女にとっての防衛手段なのだ




 日はすでに落ちて、町は暗闇に包まれつつある。建物からは喧騒が聞こえ、明かりが漏れている。酒場なのか、娼館なのか、それは分からないが、異形と化したヤーンにはそのわずかな明かりだけで十分に視界を確保できる。

 ヤーンは思い切って横にあった建物の壁を蹴ると、床を走るのと同じように壁を駆け上がり、三階建ての屋根の上に上った。汚い街の景色が、よく見えた。リヴフェイダーに比べれば随分と小さく、人間に近いが、彼の体は大分トロールに近づいているのが彼自身にもわかった。


 自分自身に絶望した彼は、人生に何の希望もなく、この町に来て、リヴフェイダーから力を授かってからは、夜の町の中無為に人を殺して回っていた。そうすることが自然なことのように感じられたのだ。リヴフェイダーにもらった化け物の体、それは自分にふさわしく感じられた。なぜなら自分の心はもうずいぶん前から化け物のようになっていたからだ。

 化け物なら、自分の母親を殺しても平然としているだろうし、人の肉を食らう方が自然だ。そうやって自分を獣に貶めていなければ彼の脆弱な精神はもはや耐えられないところまで来ていた。


 しかし、彼女に会った瞬間、自分の心が人間の世界に引き戻された気がした。メキ。猫の耳と尻尾を持った獣人の少女。


「ガラテアファミリー……か」


 ヤーンは小さい声で呟いた。口元には、笑みが浮かんでいた。




「大丈夫なんですか? ご主人様……こんな夜に出歩いても……」


 ヒッテが心配そうな声でグリムナに尋ねる。


「まあ、四人もいるし大丈夫だろ……? もしリヴフェイダーの記憶通りヤーンがトロールになっちゃってるんだったら、昼よりは夜の方が動きやすいだろうし……そうだよな? フィー」


「そうねぇ……」


 フィーが前髪を耳にかけながら、気怠そうに答える。


「魔力を受けてトロールに変化した人間、時間的に考えてまだ魔力の状態は安定してないと思うわぁ。トロールには『変身』の能力もあるし、リヴフェイダーみたいに人に紛れることもできるけど、魔力が安定していないとふとした瞬間にそれが解けることもあるだろうしぃ、だったら夜活動している可能性の方が高いとは思うわ。それにぃ……」


 そう言ってバッソーの方をちらりと見る。妙に間延びしたしゃべり方のフィーにグリムナは若干イラっとしたが、彼女に倣ってバッソーの方を見る。


「最近起こっておる惨殺事件、情報を集めた限りでは普通の人間によるものではなさそうじゃ。昨日殺された二人はいずれも一撃で命を絶たれておる。人間の体であれだけの衝撃を加えようと思ったらウォーハンマーが必要じゃが、トロールがやったとなれば話は別じゃ」


 バッソーが調べたところによるとここ数日ほど、そんな人間とは思えない怪力で叩きつぶされた惨殺体が多く出ているという。これはリヴフェイダーが何人かに『力を分け与えた』時期と一致するらしい。


「ヤーンがトロールになっている可能性……高いとは思うけどぉ、こんな漠然とした張り込みで、尻尾をつかめるのかし……」

「ちょっとストップ」


 話しかけたフィーをグリムナが止めた。


「あのさぁ、さっきから何なの? その間延びした喋り方」


 明らかにいつもとしゃべり方が違う。凄まじい違和感を感じていた。ヒッテも嫌そうな表情をしている。


「え、えぇ? 私はぁ、いつもと同じしゃべり方……」

「もしかしてリヴフェイダーに影響されました?」


 ヒッテがそう指摘した瞬間フィーの動きは完全に止まってしまって、だらだらと汗を流している。どうやら図星のようだ。


「なんか同じ口調でもフィーが言うとセクシー系っていうよりはギャル系って感じになるのう……」

「素材が違いますから」


 バッソーも同様にフィーの口調を酷評し、ヒッテがそれを補強する。


「フィー、人には身の丈に合った生き方というものが……」

「何よ! いけないっていうの!! 私が何目指そうと勝手じゃないの! だって、かっこよかったんだもん! 私もあんなセクシー系になりたかったんだもん!! ……私だって、素材は悪くないはずなのに、なんでいけないのよぉ……」


 そう言ってフィーはとうとうその場にへたり込んで泣き出してしまった。


 どうでもいい事だがトロールは分類上は妖精であるが一般的にはモンスターにカテゴライズされるような化け物である。そんな化け物に憧れて口調を変えるのはエルフとしてどうなのか。

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