第173話 正義の執行者

「ホモじゃないなら……何者?」


 ノウラ・ガラテアの質問にブロッズは思わず頭を抱える。『ホモじゃないなら何者?』……全体的に意味の分からない文章である。しかしさすがに第4聖堂騎士団をまとめ上げている騎士団長である。すぐに気を取り直して彼女の質問に答えた。


「わたしが何者かは君には関係ない。それにしても……同じような力を持ちながらも、なぜこれほどの違いが出てくるのか……一方は自分のため、マフィアをまとめ上げ、自分たちの利益のためだけに力を使い、一方はこの世界のため、悪人を改心させるために力を使う……そういう心構えが先ほどの戦いの決め手となったのではないかな……?」


 ブロッズが何を言っているのか、ノウラにはあまり理解できなかったが、『先ほどの戦い』というのが自身とグリムナとの戦いを指していることだけは分かった。先ほど自分を倒した若い男性は『グリムナ』と名乗っていた。彼女の愛読している小説に出てくる人物とこれまた同じ名前である。


「同じ能力……同じ……性癖? グリムナと、ブロッズは……同じ……ホモ……」


「ホモの話はもういい」


 あまりぼかした言い方では彼女に通じない、と理解してブロッズが話し始める。


「グリムナも君も、相手の戦闘意欲を削ぐ技を使う。しかし一方はその力を他者のために、一方は自身の欲望のために使っている……この違いはどこから来るのだろうな?」


 今度はノウラにも話の内容は分かった。しかし目の前の男が何を言いたいのかは分からない。ノウラは彼を睨みつけながら言う。


「自分の能力を自分のために使って何がいけないっていうの! 誰だってそうやって生きてるでしょうが!」


「だが君のそれは自分の能力ではないな? 幼いころ、病で右目の光を失った君を不憫に思った父親から貰ったものだろう……はっきりと言おう。君やグリムナのような人のことわりを大きく外れるような強大な力を、自分勝手に無制限に使う、そんな連中が私は許せないのさ」


 そう言うとブロッズは木箱から降りて立ち上がった。


「『力』には責任が伴う……君が人としての力だけで他のマフィアと戦い、この国の支配権を勝ち取ろうというのなら私は無視するつもりだった。だが、君はいずれその強大すぎる『魔石』の力を使ってロイコンボとメッツァトル商会を潰すつもりだったな? ……それは」


「それは……正義に反する」


 その目はいつの間にか、酷く虚ろで、まるで人間ではないような、人の言葉が通じないような、そんな雰囲気を孕んでいた。しかしそれでもノウラは反論を試みる。


「そんな自分勝手な道理があるか! あたしが何の罪を犯したっていうんだ! それを裁く権利があんたにあるのか! 何様のつもりだ!!」


 ブロッズは彼女のその言葉を聞いてフッと笑った。


「何様……か、その答えになるかどうかは分からないが、少し私の話をしようか……」


 この期に及んで自分語りである。少し長くなりそうだな、と悟ってノウラは気づかれないように、いつでも眼帯を外せるよう、少しだけそれを緩めた。


「私は……法で裁けない強大な力を持つ悪を個人的に制裁を加えることを趣味としている。……いいか? 私は『正義』が好きだ。『正義』のためならばいくらでも命をかけられる。『正義』を成すためならばいくら無関係な人間を巻き込んで殺したって良心は何も痛まないほどにな」


「あ……あんたの言ってることは無茶苦茶だ……ッ!!」


 言いようのない恐怖を感じてノウラはようやく言葉を絞り出した。ブロッズは少し困ったような表情を見せて、再び木箱に座りながら話した。


「そうだな……自覚はあるよ。ただ、この世界を少しでも良くしていこうと考えた時に……それ以外に方法が思い浮かばなかったんだよね。他に何かいい方法があればそうしたいとは思うんだが、それだけの説得力を持つ言葉が見当たらない、というか……」


 ブロッズは木箱に座って足を汲み、顎に手を当てて考え事をするようにしながら話を続ける。


「実を言うとそれでも少し思うところあってね、この世の中にはあまりにも悪人が多すぎる。私が狭量なせいもあるのかもしれないが、悪人をみんな殺そうと思ったら会う人会う人殺さなくてはいけない……それじゃあさすがに疲れるのでね。私が断罪するのは、法の力を大きく超えた者だけにしているんだ……たとえば、人の心を操る悪。……たとえば、法よりも強い権力を持った悪……そんな奴らをね」


「……君はどう思う? 悪人をみんな殺していけば、この世界は善人だらけになる。それがこの世界を救う唯一の方法だと思っていたんだが……最近少し自信がなくなってきてね……君ならどうする? 君はどう思う?」


 自分のことを全く顧みようとしないその言葉にノウラは恐怖を通り越して、すでに呆れていた。


「……あんたみたいな奴を……悪っていうのよ」


 ノウラのこの言葉にブロッズは少し意外そうな顔をして頬をポリポリと掻いた。


「なるほどね……正直言うと心当たりがないでもない。正義を語って自分勝手に悪を殺す私は、確かに悪なのかもしれない。君は先ほど『裁く権利があるのか』と言ったね……まさにその通りだと思う。私には本来そんな権利などない。力には責任が伴うように、やはり行動にも責任が伴う。いずれ私が運命の力に屈し、膝を曲げるとき、私はそれを思い知ることになるだろう」


 言葉を区切ってから、ノウラの顔を覗き込んで、ブロッズは言った。


「だが、それは、今ではない」


 その瞬間である。言い終わるか終わらぬか、その刹那にノウラは眼帯を取り外してブロッズを『視た』

 だが、彼はその動きを読んでいたのか、はたまた動きを目視してから反射的に動いたのか、即座に、それが視界に入る前に目をつぶり、代わりにその眼窩に自身のサーベルを突き刺した。


「かっ……あ……」


 さらにブロッズがサーベルにひねりを加えると、ノウラはその場にどっと伏し、しばらくびくびくと痙攣していたが、やがて動かなくなった。ブロッズの足元には、眼窩から外れた彼女の宝石が転がっていた。ブロッズはそれを拾い、不思議そうに眺めている。


「嘘を見抜くだけでなく、『魂を吸い取る』とか言っていたな……エメラルドソードの宝石と同じ色の石……『竜の魔石』か……竜の遺骸から作られたというエメラルドソードと何か関連があるのだろうか……」


 考えても答えは出ないので、ブロッズは魔石をズボンのポケットに突っ込んでから、サーベルの刃についた脳漿をきれいにふき取ると、それを鞘にしまった。


「魂か……私の考えでは、魂などというものはこの世に存在しない。同様に神も、正義も、存在しないのだ。私が正義を語り、それを実行するのは、神のためでも、世界のためでもない。ただ単に、私が『スカッと爽やかいい気分』になるためでしかないのだ」


 ブロッズは少し寂しそうな表情をしてノウラの死体の方に向きなおり、見開いていた左目の瞼を優しく閉じさせてから言葉を続ける。


「運命の力に屈するまでと言ったが、それには及ばないだろう。おそらく私はもう、その役目を終えているのだ。……私の代わりに、『真の正義』を実行できるものが現れた……近いうちに、私は彼にバトンタッチしなければならない」



「楽しみだ……その時が」

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