第172話 即堕ち2コマ
「オオオオオォォッ!!」
獣の咆哮と共に丸太のような腕が振り抜かれる。ヤーンの腕が振り回されるたびにガラテアファミリーの構成員の死体が枯葉の如く舞う。
ガラテアファミリーの本拠地、町の少しはずれにある広大な敷地にこれまた巨大な洋館が建っている。敷地は石造りの壁と鉄柵で囲まれているが、すでにヤーンが大暴れしたことによりその3割ほどは見る影もなく破壊しつくされている。
しかし後から後から蟻のように湧いてくる構成員の猛攻にヤーンは息つく暇もない。
ヤーンは石壁の上に立ち、十分に構成んを引き付けた後、一旦敷地の外に出て間合いを取った。
「逃がすな! 追って徹底的に痛めつけろ! 最悪の場合は殺しても構わん!」
リーダー格の男が指示を飛ばすのを後目に、ヤーンは建物が複雑に入り組んだ路地に逃げ込み、自身の体に刺さった矢を抜く。しかし少しの違和感があった。
(おかしい……全兵力を差し向けているかと思ったのに、妙に数が少ない……もしや、陽動作戦ってことがバレてるのか?)
最初、グリムナはヤーンを捕獲しに来たのだと彼は思っていた。しかしガラテアにメキが攫われたという事実を前にして、グリムナはヤーンと共闘する道を選んだ。もはやヤーンにとってそれがどのような意図を持った行動なのかは問うつもりはない。メキの救出、それが第一優先事項である。
作戦としてはシンプルである。ヤーンがガラテアファミリーの本拠地の正面から強襲、陽動作戦を行い、その隙にグリムナ達がメキを救出する。ガラテアファミリーはヤーンのことは把握しているようだがグリムナのことは知らない。そこを突くために力技による正面突破と見せかけての救出作戦を目論んでいたのだが、それがバレているとなると話が大幅に変わってくる。
実際にはこの時同時にメッツァトル商会の攻撃を受けていたため、そちらに戦力を割いていたためなのであるが、ヤーンはそちらの事実を知らないのである。
「なかなか複雑な事態になっているね……」
一息ついていたヤーンに話しかける声があった。少し前に聞いた記憶のある声、路地の薄暗い影の中には見覚えのある金髪の青年が立っていた。
「さっきの……金髪の男……」
聖騎士ブロッズ・ベプトである。ヤーンは思わず警戒した表情を見せるが、彼からは敵対的な気配はない。ブロッズは少し町の中心部の方に目をやってからヤーンに話しかけた。
「どうやらマフィア同士の抗争が始まったようだね。メッツァトルだけじゃない……ロイコンボもタイミングを見て動き出すだろう……もしかしたら、トロールフェストは今年が最後になるかもね……」
「お前は……何の目的で、ヤーンの周りをうろちょろしている……!」
ヤーンはガラテアの手勢がやけに少なかった理由は理解した。すでにマフィア同士の抗争が始まっているのだ。しかし目の前の男、ブロッズの目的がよく分からない。ブロッズは柔らかい笑みを浮かべてその質問に答える。
「『断罪』のため、だ……グリムナが道を誤らないよう、私が見ていようと思ったのだが……」
ブロッズはいたずらっぽく笑ったかと思うと、少しヤーンに近づき彼の顔を覗き込むようにしながら言葉を続ける。
「我が断罪の刃は、真に裁かれるべき者を断ち切る慈愛の刃……本当にそれを必要とする者の前に現れる。
……君はいったい何を恐れている? 何の罪を犯した?」
ヤーンは心の奥底を覗かれたような気がして思わず身をそらした。しかしブロッズはそのまま何も語ることなく、スッと身を引いて闇に消えていった。あまりにも唐突な出現と消失。つかみどころのない青年の存在にヤーンは恐怖した。不気味な感覚をヤーンは受けたが、感傷に浸っている暇はない。すぐ後ろで自分を発見したマフィアの声が聞こえたからだ。ヤーンは即座にその男の首元にかじりつき、生き血をすする。大分体力を消耗したが、トロールにはけがを自己治癒する能力がある。エネルギーさえ尽きなければ戦い続けられる。できるだけ大暴れして、マフィアの注意を引きつけなければならない。
一方そのころ館の中では────
館の入り口のある大広間の端にある階段から人の目をはばかるように地下へと続く細い通路……そこに死屍累々と意識を失った男たちが倒れていた。ある者は白目をむき、ある者はよだれを垂らして痙攣しており、またある者は股間を濡らしてイカ臭い香りを放っている。その通路の最奥にはさらに下へと続く階段があり、その前に、番人のようにフィーが立ち尽くしている。
(この光景にも……すっかり慣れちゃったわねぇ……)
ノウラ・ガラテア……その右目にはめ込まれた『竜の魔石』と呼ばれるエメラルド色の宝石は物を見ることはできないが、代わりに真実を見抜くという。また、そのエメラルドの瞳に長い間見つめられると、人は、思考力を失い、魂を吸い取られたように服従してしまう。そして、そのまま見つめ続けられると、やがて本当に魂を失って生きた屍の如くなるという。
この恐ろしい能力こそが、先代の一人娘であるとはいえ、武力による後ろ盾を持たないノウラが武闘派で知られるガラテアファミリーをまとめ上げ、さらに三大マフィアの中で最も小さかった彼らをこの町の筆頭にまで押し上げたのである。
メキを助け出そうというのならば、グリムナの足元で情けなくアヘ顔さらしてよだれを垂らしたまま痙攣して転がっているノウラ・ガラテアの恐るべき能力をかいくぐって牢のカギを奪わねばならないのだ。
「全然大したことありませんでしたね、この女ボス……なんていう名前なのか忘れましたけど……」
そう言いながら、脱力して身動きの取れなくなっているノウラ・ガラテアを一瞥すると、ヒッテは牢のカギを開けた。
牢のドアが開けられると、メキはグリムナに抱き着いて、泣きながら感謝の言葉を述べた。
「ありがとう……ありがとう!! あたし、グリムナに嘘ついてたのに! 本当はヤーンのこと知ってたのに!!」
「落ち着いて、今はそんなことはいいんだ。それよりそのヤーンが表で陽動作戦をして時間稼ぎしている。早く脱出するんだ!」
グリムナ達はメキを救出すると、外で見張りをしていたフィーと合流して、すぐに外に駆けて行った。しばらくして、ようやく正気を取り戻したノウラ・ガラテアが荒い呼吸を整えながら上半身を起こす。
「はぁ、はぁ……なんなんだ……あの男……」
よだれと涙を拭きながら気を落ち着けようとするノウラであったが、すぐ傍に人の気配を感じ取って振り向いた。先ほど、侵入者を待ち伏せているときに自分が座っていた木箱、そこに金髪の青年がいるのに気づいたのだ。
「誰だ!?」
そう問いかけると、金髪の青年はゆっくりと落ち着いた声で答えた。
「お初にお目にかかる。私の名はブロッズ・ベプト……君に少し、用事があってね」
ブロッズベプト……ノウラにとっては聞き覚えのある名前だった。すぐにそばにあった自分の道具袋に手を入れて小さな冊子を取り出し、パラパラとめくる。
「ブロッズ・ベプト……確か、グリムナと恋仲の……?」
「やめてくれ、その小説はフィクションだ」
ノウラが取り出した本の著者は「フィー・ラ・フーリ」と記されていた。
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