第396話 合体巨大ロボゲーニンギルグ

 絶望の色が町を色濃く支配していた。


 逃げ惑う人々は、隊列を為し、車輪付きのカタパルトを従えていく騎士団と魔導師団の背中を見守った。


 カタパルトも、バリスタも、あれだけ巨大な的を外すはずがない。


 それらは見事に命中し、そしてそれから、地割れに飲み込まれるように、竜に蹂躙された。


 人間ほどの大きさのあるバリスタの矢も、竜の前では以下である。同じく魔導師団の巨大な火球も、嵐の如く荒れ狂ういかずちも、竜にとっては火の粉のようなもの。


 市民も騎士も、魔導師も。竜の前では斉しく無力であった。


 ほどなくして竜はローゼンロットに到着し、おあずけを喰らっていた飼い犬がようやくエサにありつけたかのように、歩みを止め、家屋を叩き潰し、逃げ惑う市民と騎士を踏み、狂乱の咆哮をあげる。


 人には逃げ惑うことしかできない。竜は、町から逃げようとするものから優先して叩き潰す。人々は血の花が咲くように、ではなく、土くれのように潰されてゆく。


 その時、町中にヴィー、ヴィーッと大きな警報音が鳴り響き、次いで音声が聞こえた。あまりにも巨大なその声は、とてもではないが肉声であるとは思えない。


『大聖堂からの退避を確認しました。起動シーケンスに入ります』


 その声が止むと辺りにごうん、ごうん、と何かが鳴動する音が響き、またも大地が揺れた。「これ以上何が起こるのか」と市民たちは戦々恐々だ。竜もその動きを止めて様子を窺っている。


 音のする方……ゲーニンギルグ戦闘大宮殿の方を見ると、その建造物群の中でも中心の大聖堂がぐらりぐらりと浮き上がってくる。この建物はメザンザが破壊した礼拝堂とは別の建物であり、ベルアメール教会の象徴ともいえる巨大建造物ギガ・コンストラクチャーである。


「大聖堂が……立ち上がる!?」


 ある避難民がそう叫んだ。


 実際そのとおりであり、巨大な尖塔を持つ部分を中心に、大聖堂が立ち上がり、大地に接している部分がバカッと二股に分かれて、人が大地に立つように足を開き、大地を踏みしめた。


『渡り廊下、合体準備、オールグリーン!』


 今度は男性の声が響いた。すると地面に残っていた大聖堂の渡り廊下部分が雷をまき散らしながら宙に浮き、人間でいえば肩に当たる部分に吸い寄せられるようにくっついた。


 直後、頭部に当たる部分の尖塔の正面の壁が開き、人間の顔を模した巨大な彫刻が現れた。


『合体巨大ロボ、ゲーニンギルグ、見!! 参!!』


 バアァ~~~ン!!


 という効果音は流れなかったが、巨大ロボがその場に現れ、足と手を大きく開き、竜の方を向いて見得を切った。


「ち……」


 逃げ惑っていた市民もその姿を見て、唖然とした表情で呟く。


「ちっちゃ……」


『ちょ、おい!』


 アンプによって増幅された男性の声が市民の方に発せられ、巨大ロボはズンズンと歩いて近づいてきた。地響きに立っていることがやっとの市民は泣きそうな顔である。


『ちっちゃいてどういうことやねん! 今うたん自分か?』


「あ……いや」


 市民は別に声を張り上げてはいないが、その音声を認識しているということは、集音機もあるかもしれない。


『ちっちゃいてどういうことやねん、めちゃめちゃでかいやろがい!』


 あわあわして答えられない市民に、音声はさらに言葉を続ける。


『ちっちゃいておかしいやろ? 自分、これよりでかいんか? なあ? これよりでかいやつ見たことある? ないやろ?』


「いや~……でも……」


 市民はちらりと竜の方を見る。


 そう。でかいのだ。巨大ロボは身の丈100メートルほどもある巨体だ。だが……全長で20kmほどもある竜と比べると、さすがに見劣りする。というかアレに比べると屁のツッパリにもならない気がする。


『はぁ~……結局そうやろ? 竜と比べて、やん? あんな化け物と比べられたらあれやん? 立つ瀬がないやん? めっちゃ立ってるけどな? ハハハ……』


「は……ハハ……」


 その『化け物』とこれから戦うのではないのか。


『いっぺん竜とか無しに見てみ? ホラ、俺だけを……俺だけを見てみ? どう? どう思う?』


「いや~……」


『どう? どう思うん? お……? お、お、き……? ちょ、うて! 一緒にゆうて!』


『お、お、き……?』


「おおき……」


『い! お、お、き、い!!』


「おおきい……」


『おおきい! おおきいやろ!! ホンマいい加減にしてや!!』


 ロボはやっと納得いったのか、竜の方に向いて歩いて行った。竜は所在なさげに立ち尽くしている。

 市民は「ふぅ」とため息をついた。結局何なんだあの巨大ロボは、と、ぼーっと後姿を見ていたが、ロボはくるりと踵を返してまた市民のところに戻って来た。


『ごめん、やっぱちょっと……納得いかんわ』


 市民は大きくため息をついた。めんどくさいやつがまた戻って来た。


『あんなぁ……これから俺な、あの竜と戦うねん……なんでやと思う?』


 ロボはくい、と親指で竜を指さす。竜は特にリアクションをせずにこちらをじっと見つめて待っている。意外と律儀なところのある竜である。


「その……市民を守るために……ですかね……正義のヒーロー、的な……」


『せやんなあ、分かるやろ? 市民を守るヒーローに、自分、ちっちゃ、とかゆうたんやで?

 この……なんやろなあ? 精神的苦痛を負ったまま、戦えるかなあ? ……ゆうとこ……あるやん?』


 何が言いたいのか。


『市民の応援が……ヒーローの……かてやん? 誠意を見せて貰わんと、ヒーローの精神的苦痛が癒せへんねん』


「はあ……」


 だから何が言いたいのか。


『自分、持ち合わせある?』


「持ち……え?」


『うん、持ち……ああもうええわ、言うわ。お金ある?』


「おか? ……お金スか? ……あるは、ありますけどぉ……」


『ほなら、それ……出そか?』


 「えぇ?」と、言いながらも市民はごそごそとポケットの中をまさぐる。


『別にお金が欲しいわけとちゃうねんけどな? この、俺の心の痛みを分かってもらうには、って考えた時にな? 自分がちょっとへこむくらいのお金を出して欲しいな、っておもてな?』


 憂さ晴らしのカツアゲである。


「ゆうても、小銭しかないすけど……」


『まあ、俺からしたらめっちゃ銭やけどな、ハハ……』


「ハ……ハハ……」


 市民は釣られて笑ったが、ロボが巨大な手を目の前に伸ばして来たのに驚いて小銭を全て地面に落としてしまった。


 ロボはそれだけで屋敷ほどもある巨大な手で地面の土ごと小銭をむんずと掴んで拾ってから立ち上がった。


『もうホンマやめてや、こういうの……』


 やめてもらいたいのはこっちの方である。ロボはそのままズンズンと竜の方に歩いて行った。


 市民は呆れ顔で小さく呟く。


「人間としてちっちゃいわ……」

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