第48話 断罪

「無様なものだな……」


 夜の森の中には三人の男が立っていた。一人は金髪で美しいを外見をした偉丈夫であり、こんな森の中には似つかわしくないフルプレートアーマーを着込んでいる。残りの二人は平服のようだが、二人とも帯刀しており、どうやら一般市民ではないことが見て取れる。


「三対一だったんだ……多少は……」


 平服の二人の男のうち背の低いオールバックの髪型の方が反論をした。背の低い方、とは言っても彼も実際には180センチ以上あり、大男なのだが、もう一人が2メートル近くあるためどうしても小さく見えてしまう。


「言い訳はするな、ダンダルク。私が知らないとでも思ってるのか? 従者の二人は敵にならなかったと聞いているぞ。ラーラマリアに一対一で戦って負けたんだろう?騎士団の面汚しとはお前の事だな」


「……ベルドだって同じだろう……それだけラーラマリアは強いんだ!」


 ダンダルクはそう反論しながらちらり、と横目で隣で立っている大柄な男、ベルドを一瞥した。しかし金髪の男、暗黒騎士団の団長ブロッズ・ベプトはそれを鼻で笑って答えた。


「フッ、ろくに下調べもしていなかったな? ベルドが敗北したのはラーラマリアではない……」


 この言葉にダンダルクは目を見開いて二人を見比べた。ラーラマリア以外の名もなき戦士に負けたとでもいうのか、ではなおさら悪いではないか、なぜ俺だけが責められなければならないのだ、という感情が見て取れる。やがて次第に眉間にしわを寄せて、その相貌は怒りの表情に染まっていった。


 ブロッズはその気持ちを汲み取ったようで、口調を穏やかにしてダンダルクに話しかけた。


「そう感情をあらわにするな、ダンダルク。それにベルドの事は今は関係ない、私は君の話をしているんだ」


 ダンダルクは前のめりになっていた姿勢を正し、いったんは落ち着いたように見えた。しかしまだ眉をひそめたままであり、不満がありそうな顔をしている。ブロッズは少し歩き回りながらぽつりぽつりと話し出した。夜の森には虫の声だけが聞こえている。町からは少し離れた場所にあり、時間も遅いため喧噪などは聞こえてこない。もともとそれほどのにぎやかな町というわけでもないが、三人(と言ってもしゃべっているのは二人だけだが)の声は森の中では大変に響いており、下手をすれば町人にも聞かれてしまいそうではあるものの、どうやら彼らはそれを気にする素振りは見せていないようである。


「私はラーラマリアに攻撃の必要性はないと報告した。それに反して君たちは彼女を排除しようとしたわけだ……」


 ブロッズのこの言葉にダンダルクは軽くひざを曲げ、不意の事態にも対応できるように身構えている。突如として剣を抜いて自分を処刑するのではないか、と危ぶんでいるのである。

 しかし対照的にベルドは全く動かないし、反論する様子も見せない。ブロッズは「これがあの猛々しいベルドの姿なのか……」と訝しんでいるようだ。


 ブロッズは歩き回りながらもゆっくりと言葉を続ける。


「私は別にそれを問題視するつもりはない。もともと暗黒騎士団は平時は個人の判断で動くものだからな……」


「だったら……」


 ドッ


 気づいた時にはブロッズの剣がダンダルクの喉を貫いていた。抜く気配も、動作も全くダンダルクには察せられなかった。彼は一瞬何が起こったか分からなかったが、自分に向けられている剣が喉を貫いていることに気づくと、ゴボリと、血泡を吐いてすがるような目をブロッズに向けながら崩れ落ちた。


「君は少しおしゃべりが過ぎるな。答えるのはこちらが質問した時だけでよい」


 静かにそう呟くと突き刺した剣を抜いて、さらにブロッズは続ける。


「君があんまりうるさいから順序が逆になってしまったが、ラーラマリアを襲ったことは別に良い、だが敗北したことは問題だ。しかも多くの市民の前でな。騎士団全体、ひいては教会を危険に晒す行為だ。名乗っていないとは言え、ね。実は君の行動は以前から問題視されていたのだよ。これもいい機会だろう、と思ってな……」


 ブロッズは言い終わるとダンダルクの遺体の元にしゃがみこんだ。しかしそれは彼を弔うためではない。彼のシャツの裾で剣の血を拭うと、丁寧にその剣を鞘に納め、今度はベルドの方に向き直った。


 ベルドはダンダルクのように身構えはしなかったものの、一瞬眉間にしわを寄せた。自身の死の気配を感じ取ったのだろう。


「そう身構えるな。君は今のところ処刑するつもりはない」


 そう言いながらブロッズは彼に歩み寄り始めた。


「君が敗れたのはラーラマリアではないな……?」


 その言葉にベルドは答えなかったが、ブロッズはそれを待たずしてさらに歩み寄り、ベルドの耳元でささやいた。


「グリムナか……?」


 この言葉が聞こえるとベルドは明らかに動揺した様子を見せた。ブロッズは満足そうな笑みをとりながら少し距離をとって話をつづけた。


「あの猛々しいベルドと同一人物とは思えないな……彼と戦って何があった? あの悪代官、ゴルコークも同じだ……彼と敵対した者には何が起きるんだ? 別人のように穏やかで誠実な人物になってしまう。君は……まるで昔の君に戻ったようだね……妻を失う前の」


 ブロッズの言葉に、今度はベルドは明確な怒りの意思を示しながら口を開いた。


「その話は今関係ないだろう! ダンダルクと同じように俺を断罪すればいいだろうが!!」


 ベルドの激高した姿を見てブロッズは少し意外そうな表情を見せたが、にこりと笑って再び元の表情に戻った。


「私は、罰されることを望んで罪を犯す者を断罪したりはしない。それに、興味があるんだ。君が、これからどうするのかが、ね」


「どうするとはなんだ?俺は何も変わらん。 これまでと同じようにふるまうだけだ」


 ベルドは無表情にそう言い放つ。彼は眼窩が深く、眼が落ちくぼんでいるので、日中ならともかく夜ともなれば目からその表情を読み取ることは全くできない。いつも怒ったように眉間に深くしわが刻み込まれており、その顔から感情を読み取ることは至難の業である。


「馬鹿言え、今までみたいに罪を犯すことなんてもうできないんじゃないのか? 私が変化に気づかないとでも思っていたのか?」


 ブロッズは彼の瞳を覗き込むように前かがみに話していたが、いったん言葉を止めて重心を戻して言葉を続けた。


「今までのように自暴自棄になって罪を犯すこともできず、かといって達観して全てを俯瞰するほどに人間ができてるわけでもない。君がこれからどうするのかが、すごく楽しみだ。頼むから自殺なんてつまらないことをするなよ?」


 ブロッズは話し終わると、地面に転がっていたダンダルクの頭を蹴飛ばしながらベルドに命令した。


「悪いが、これの始末を頼む。話は以上で終わりだ。さようなら」


 そう言って森の奥に姿を消していった。


 静かな暗い夜の森の中を歩きながら、ブロッズは上機嫌であった。普段の彼には全く見られない行動であるが、鼻唄さえも歌っていた。


 気分がいい。ワクワクしている。この世界に何かが起きようとしている。竜の事ではない。もっと大きな変革か何かだ。そしてその中心にいるのは間違いなくあのグリムナだ。彼はまるでダイヤの原石となるインディーズバンドを見つけたような気持である。グリムナはきっと世界を変えるだろう、彼はそう確信していた。その『変わった世界』の中で自分の立ち位置がどうなるのかは分からなかったが、そこは彼にとってはあまり重要ではない。

 それよりも自分はきっといずれメジャーになったグリムナを信望するものを『にわか』として攻撃するかもしれないな、などととりとめもないことを考えていた。


 何しろこんな愉快な気分は久しぶりだ。聖堂騎士団に入団した時以来だろうか。あの時確かに彼は希望と強い意志に満ち溢れていた。しかし心のどこかで、個人の力で世界を変えることなどできない、という諦めの気持ちも同時にあった。


 しかし今度は違う。グリムナは何かをやる。


 ブロッズは幼いころから正義にあこがれていた。しかし成長するにつれ、正義を貫くことの難しさを知った。いや、それ以前に『何が正義なのか』、現実世界ではそれすら判然としないことを知った。

 グリムナなら正義を実現できるかもしれない。いや、実現できなくとも正義とは何かの答えを出せるかもしれない。たとえ世界が変わらなかったとしてもそれは彼にとってはとても重要な事なのだ。

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