第220話 遠慮のかたまり
「やれやれ……全く……ベアリス様には、毎度毎度驚かされる……負けたよ。生きて、この国のために全力を尽くすと誓おう……」
ビュートリットはそのままグリムナの腕をぐい、と引っ張り、少しうるんだ瞳で熱い視線を彼に送る。
「もちろん、君も手伝ってくれるんだろうね……乗り掛かった舟だろう……」
「あっ……いやぁ……ええと……」
近い。
顔が近い。
熱い吐息がグリムナの首筋にかかる。なぜこんなに近いのだ。グリムナは歯切れの悪い言葉ではあるものの、しかしやんわりと拒否の姿勢を示す。
「いやぁ……僕らは僕らの旅の目的が……竜の復活を……阻止しないと……」
「もう! 無茶いっちゃだめですよ、ビュートリットさん! ただでさえ迷惑かけてるんですから、グリムナさんたちの邪魔なんてしちゃだめです。それにグリムナさんには……ねぇ?」
そう言ってベアリスがヒッテの方を見てにやり、と笑みを見せると、ヒッテは顔を赤くして俯いてしまった。
ベアリスはその表情を見てうふふ、とにこやかに笑っていたが、しかし何かを思い出したかのようにバッとビュートリットの方に向き直って声をかけた。
「そうだ! 一つ、忘れるところでした! ビュートリットさんに聞かなきゃいけないことがあったんですよ!!」
話は終わったはずではないのか、これ以上は特に悪だくみなどしてはいなかったのだが、と思ってビュートリットがいぶかしげな表情を見せると、ベアリスは彼に詰め寄るように近づき、真剣な表情で尋ねる。
「フィーさんを、どうしましたか!?」
「フィー? その名は知らないが、もしかしてこの間グリムナと会った時にいた銀髪のダークエルフか?」
「そうです、そのフィーさんです! この町で落ち合うはずが、どこに行ってもいないんですよ。てっきりビュートリットさんにバレて捕まってるのかと思いましたが……違うんですか!?」
ベアリスは必死な表情でそう尋ねるが、しかしビュートリットは首をかしげるばかりである。
「すまないが、全く心当たりがない。私はてっきり全員グリムナ達と一緒に行動しているのかと思っていたのだが……違うのか?」
これには少しグリムナも驚いたようで目を丸くして口を開いた。
「そんな……じゃあ本当に行方不明ってことなのか? ただ迷子になってるだけならいいんだが……」
その時であった、廊下の方から野太い声の悲鳴が聞こえた。全員がそちらを振り向く。
この低い声には覚えがある。グリムナは外で戦っているはずの男の名を思い出した。暗黒騎士、ベルド。すっかり忘れていたところであったが、そういえば衛兵たちの足止めをするために彼が一人で戦っていたのだった。
グリムナはドアを開け、勢いよく廊下に飛びだし、声のする方向に駆けだした。ヒッテ達も後からついてくる。グリムナはしばらく声のする方向、まだ戦闘音のする方向を確認しながら走り続けると、やがて館のエントランスになっている広間にたどり着いた。そこではおそらくベルドにやられて意識を失っているのか、死んでいるのか、それは分からないが多くの倒れている衛兵と、そしてベルド自身もいた。
「ベルド、大丈夫か!?」
グリムナが声をかけると、ベルドはちらりと彼の方に振り向いた。肩から血を流し、どうやら手傷を追っているようだが、それは衛兵から受けた傷ではないようである。なぜなら彼と正対して、一人の剣を携えた女性が立っていたからだ。
「久しぶりね、グリムナ! 珍しいところで会うじゃない。砂漠にいるって聞いてたけど、あんまり暑いから避暑にでもきたのかしら?」
美しい金髪をなびかせながら高圧的な態度で話しかけてくる長身の女性。豊満な胸に引き締まったウエスト。均整の取れた体つきに、緑色に光る宝石が柄の部分にはめられた長剣を携えている。
「ラーラマリア……なぜこんな……」
「ベルド!! なぜお前がこんなところにいる!?」
後ろから聞こえたビュートリットの声にグリムナが振り返る。ビュートリットとベルド、この二人は何か因縁でもあるのだろうか……
しかしそれは置いておいて……今はグリムナは目の前に現れた幼馴染の勇者の登場に焦点を合わせる。そういえば、先ほどビュートリットは背後にベルアメール教会がいるという事をにおわせていた。
ベルアメール教会、元々グリムナの幼馴染であるラーラマリアを勇者として認定した組織であり、最近は聖剣エメラルドソードの捜索をラーラマリアと協力していたことでも知られる。すると、今彼女が持っている緑色の宝石のはめられた剣は件の聖剣であろうか。
「ラーラマリア……こんなところでなにを」
「ベルド! こんなところで何をしている!」
「………………」
「………………」
グリムナはふと思い出した。そういえば初めて会った時にベルドは『ベルド・ルゥ・コルコス』と名乗っていた。そして、ステップの村でビュートリットの手紙を待っていた時、彼から来た手紙に書かれていた名前、それも同じファミリーネーム、『ビュートリット・ルゥ・コルコス』と書かれていたことも思い出した。もしや、この二人に血縁関係が……?
「ベルドは、もしやコルコス家の……」
「ラーラマリア、もはやお前の企みは失敗……」
「あっ……」
「いえ……」
思わず顔を見合わせる二人。先ほどからグリムナとビュートリットの発言がかぶりまくりである。
「あ、すいません。先どうぞ……」
「あ、いえ、そちらこそ……」
いまいちかみ合わない二人である。今度はお互い譲り合おうとしてかみ合わない。
かみ合わない二人を見ながら、暗黒騎士ベルドはラーラマリアに切り付けられた肩の傷を見る。あまりに驚いて声を上げてしまったが、よくよく見れば深い傷ではない。むしろ『かすり傷』と言っても差し支えないような小さな傷であった。出血も激しくない。
しかし、斬られた時にはすさまじい違和感があった。全身の力が虚脱し、生命の危機を感じるほどの強烈な疲労感を感じたのだった。
(もしや、あれが聖剣エメラルドソード、なのか……?)
ベルドは最近は聖堂騎士団を退役して教会とは距離を置いているので詳しくは知らないのだが、教会側が聖剣を手に入れ、それを勇者に下賜した、という噂は聞いている。なんでもその剣は人の魂を吸う、魔の剣であるとも。
先ほど彼女の剣が自分の肩をかすめた時、もしや魂を吸われそうになったのか、と思い至ったのだ。
そして続いて彼は自分の得物である大剣を見た。切っ先の部分がまっすぐにかけている。先ほどラーラマリアに切り付けられる前、彼女の剣を受けた時に己の剣では全く受けられなかったのだが、その理由が分かった。剣を切られてしまったのだ。
何の衝撃もなく、まるで溶けかけのバターを切るが如くスパッと切られてしまっている。恐ろしい切れ味である。
「厄介だな……」
彼女の戦闘能力の高さは良く知っている。何しろ聖剣を手に入れる前でさえ、同じく暗黒騎士のダンダルクを苦も無く退けたほどの実力の持ち主なのだ。それがエメラルドソードを手に入れて一層強くなって彼らの前に立ちはだかっているのだ。
ラーラマリアの目的はいまいち見えないが、まさかグリムナと旧交を温めに来たわけではあるまい。ちらりと彼はグリムナの方を見る。まだビュートリットと遠慮合戦をしていたが、いまいち緊迫感がないように見えたのだった。
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