第38話 解散
「ふう、ふう、やっと町についた」
グリムナ一行はターヤ王国からピアレスト王国に入ってすぐの比較的大きめの町についた。情報通りであればこの町にラーラマリア一行がいるはずである。
「ご主人様トバしすぎです……ヒッテ達の事も考えてください……」
「こいつ割と何かに熱中すると周りの事が見えなくなるタイプね……」
「す、すまん、でも、人の命がかかってることだし……あと、フィーにそう言うこと言われたくない」
かなりの強行軍であった。ブロッズ・ベプトからの情報を得てから別れた後、ラーラマリアが危ないと感じたグリムナはすぐに彼女のいると聞いた町に向かってほぼ真っ直ぐ、獣道のような近道を突っ切って進んできたのだ。それに突き合わされたヒッテとフィーは不満顔である。
「ホントにこの町に勇者様がいるの? これで行き違いだったりしたらやってらんないわね」
そう言って汗を拭きながらフィーが町を見回す。国境近くの町ではあるが、ターヤ王国をそれほど警戒はしていないのか、あまり物々しい雰囲気は感じられない。衛兵たちもあまり緊張感のない面持ちである。
「ご主人様とりあえず宿をとりましょうよ、勇者様を探すのはそれからにしましょう」
「そ、それもいいかもしれないけど……すまないけど、ヒッテとフィーは宿をとってきてくれるか?俺は少し聞き込みをしてくるわ……」
ヒッテはここまで来て疲れてきたこともありすぐに休みを取りたかったが、前のめりになっているグリムナは止まらない。一方的な言いがかりで彼を追放した恨みこそあれ、助けてやる義理などないはずなのだが、何が彼にそうさせるのか。そしてこれに噛みついたのは予想通りこの女であった。
「なんか怪しいわね……勇者って女なんでしょ?」
このフィーの言葉にグリムナはハッとして振り向いた。ある人物の事を思い出したのだ。ラーラマリアと一緒にいる、ある人物。もしフィーがその存在を知ったら大喜びしそうな人物の事を。
(まずいな……こいつとレニオを会わせたくないぞ……変な邪推するにきまってる)
フィーの顔を見ながらそんなことを考えていると、後ろからグリムナに声をかけるものがいた。
「あれ……? もしかしてグリムナ? なんでこんなところに……?」
お約束ながらやはりこのタイミングで来た。聞き覚えのあるその声にグリムナはすぐに振り向いた。ラーラマリア一行の斥候を務める男、レニオである。
「村に帰ってなかったんだ! なんでこんなところに? もしかしてアタシに会いに来てくれたの!?」
そう言いながらレニオがグリムナに抱き着いてきた。それを見ていたフィーは意外にも薄いリアクションでそれを見ていた。
グリムナが離れるようにレニオをなだめていると、フィーはゆっくりと歩きながらグリムナに近づき、静かに口を開いた。その言葉には、妙な迫力があった。
「どういうこと……? グリムナ……」
「あ……? いや……」
予想外のリアクションにグリムナがうろたえたような表情を見せるが、「どういうこと」と言われても何のことかが分からない。というか別にどういうこともへったくれもないが。フィーの事だからグリムナと他の男の絡みがあれば黄色い歓声を浴びせてくるものとばかり思っていたが、フィーはなおも感情の消え失せたような表情でさらに問いかけてきた。
「私聞いてないんだけど……? こんな子がいるなんて……」
フィーは喜ぶだろうと思っていたがどうやら違うようだ。というか、怒っているようである。いや、怒っているというより、これでは、まるで……
(ヤンデレのそれだ……なぜ……? 密かにヤキモチを焼くほど俺のことが好きだったとか……?)
そんなはずはないと思いながらもグリムナの頭の中に様々な考えが浮かぶ。リアクションの意図が分からない。
「なんなの? ……この人、まさかとは思うけど、グリムナの恋人……まさか……?」
レニオもグリムナの腕の中で困惑の表情を見せているが、はっきり言ってフィー以外の全員がこの事態をはかりかねているのである。
「すでにバディがいるならそうと言ってくれればいいのに! カップリングの手間が省けるじゃないの!!」
一瞬でグリムナとヒッテの表情が死んだ魚のそれになった。一方フィーは興奮気味である。
「困惑して損したわ……」
レニオはしばらく、そう呟いたグリムナとフィーの顔を見比べていたが、やはり事態が呑み込めずにグリムナに質問した。
「ねえ、この二人はなんなの? 子供と……エルフ、どういう組み合わせ? グリムナのお友達?」
「ああ、まあ、いろいろあって一緒に旅をしてるんだ」
そう答えたグリムナにしばらくレニオは思案していたが、いつまでも離れようとしないのでグリムナが肩を押しやって少し距離をとった。レニオは少し寂しそうな表情をしながら上目遣いで言った。
「ねぇ……、グリムナはもう、戻ってくる気はないの……? グリムナが出ていってから大変なんだよ、うちのパーティー……戻ってきてよ」
グリムナが微妙な面持ちになる。一方的にホモ疑惑をかけて追放しておいて今更戻ってきて来い、などと……と、考えたところでグリムナは首をかしげる。はて、俺がいなくなったところでパーティーが立ち行かなくなる、とはどういう事態であろうか、と思い至ったのである。
これまでにも何度か書いてきたが、実のところ、ラーラマリアとシルミラは大変に強く、怪我することもほとんどなかったのでグリムナの活躍の場はこれまであまりなかったのだ。自分がいなくなってパーティーが大変? 荷物持ちなどの雑用をする人間がいなくなったということか、そんなの人足を雇えばいいだろうに、と考えていたが、レニオが口を開いた。
「突っ込み役が足りなくて、シルミラ一人じゃ手が回らないんだよ……」
なるほどたしかに
「それに、アタシもやっぱりグリムナがいないと寂しいよ! ねえ、一緒にいられないの? アタシは、グリムナとずっと一緒にいたい!!」
上目づかいで目じりに涙をためながらそう言うレニオの顔にグリムナは大分心がぐらついた。やはり同性とはいえ、彼のこういった表情は来るものがある。こいつ本当にちん〇んついてるのか、と思いながらもグリムナはその考えを振り払って苦しそうに言った。
「悪いな、レニオ。俺は俺で違う角度から竜へのアプローチをしてみたいんだ。目的が同じならいずれ必ず合流できると思う。」
「そう……ラーラマリアも寂しがってるんだけど……」
「そうそう! ラーラマリアに話があって来たんだ。あいつ今どこにいるんだ?」
グリムナがそう言うとレニオは後ろを振り返って遠くを見た。
「ラーラマリアならあっちにいるはずだけど……さっきまで一緒にいたから」
グリムナがその話を聞いてレニオの視線の先を見やると、建物の陰から二人の女性の人影が出てきた。その人影はゆっくりと歩いて近づいてくる。20メートルほどまで近づくとはっきりと視認できた。金髪で長身の女性、ラーラマリアと、少し背の低い赤毛の魔導士、シルミラであった。
「グリムナ……なぜこんなところに……?」
ラーラマリアは呆然とした表情でそう言った。時刻はまだ午前中である。日はもう高くまで上がってきているが、その光を受けてキラキラと輝くラーラマリアの髪の毛はなるほど、民の希望を受けて立ち上がる勇者とはかくあるべしというほどの神々しささえ見て取れた。
だが、その民の希望を害すべく狙っている者がいるかもしれないのだ。
「お前に会いに来たんだ、ラーラマリア」
「えっ!? わ、わた……私に!?」
グリムナの言葉を聞くとラーラマリアは花が咲いたかのようにぱあっと笑顔になり、見る見るうちに顔が紅潮していった。
「お前に話したいことがあるんだ!」
「ぴゃあ!? わた、わたし……今日、こんな格好だし……」
いつも通りの旅装束である。もはやラーラマリアは耳まで真っ赤だが、グリムナは話しかけながらゆっくりとラーラマリアに近づいていく。
「またこの男は……勘違いさせるような言動を……」
シルミラは若干呆れたような顔をしながら掌で目を覆う。こういった光景を小さいころからずっと見てきたのだ。むしろラーラマリアはいい年こいてなぜまだ耐性ができないのかとさえ彼女は思った。
「で、でもまだ、両親へのあいさつもしてないし、その……」
「何の話をしてるのか分からないけど、幼馴染だからお互いの両親とも知り合いだろうが。そんなことよりだな……」
「え? じゃあ、ホントにいいの? 私、もうホントにアレだよ? もうホントに私アレだよ!」
「ちょ、ちょっと落ち着いて、ラーラマリア! 近づきすぎだって!」
ぐいぐい来るラーラマリアにグリムナは少し恐怖感を覚え始めた。しかしラーラマリアは止まらない。
「もうホント、すぐ指輪買いに行かなきゃ! うひひ、気が変わらないうちに!! もうお店開いてるかな!? ホラ、早く……」
「おお落ち着いて、ラーラマリア! よだれ拭いて……」
「あっ……」
そう一声漏らすと、ラーラマリアの顔から突如として感情が消え失せ、スローモーションの如くその場にうずくまり体育座りのように膝を抱え込んでしゃがんで、そして、言葉も動きも完全に止まった。
「え……? アレ? ラーラマリアさん? どしたの?」
何が起きたのかわからず、グリムナは困惑した表情のままラーラマリアの様子をうかがっている。
「あ……まずい……」
シルミラが慌てた表情でラーラマリアとグリムナの間に割って入る。
「なに……これ? 急に喋らなくなっちゃった……」
グリムナがシルミラに問いかけるが、シルミラはそれを無視してラーラマリアの様子をうかがっている。
「ああ~、これは……」
ラーラマリアはやはりまだ動かない。シルミラはしばらくラーラマリアの体をいろんな角度から確認していたが、やがて結論が出たようで、グリムナの方に顔を向けて言った。
「今日は! これで解散!!」
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