第130話 ボーナスステージ

「エルフの差別は金にならない、って、一体どういうことだよ……」


 最早グリムナは怒り心頭、といった顔立ちである。現れた時からここまで、騎士団の女たちは、特にアムネスティは自分のことを棚に上げておいて、他人の事ばかりあげつらっていて、自省と言うものが感じられないように思えた。さらに今の『金にならない』発言である。


 しかしなぜかアムネスティはこれにたいし切れ返すような怒りの表情を見せている。従者の一人が「これはマズイ」といった表情でグリムナのもとにすぐに駆け寄り、彼の、手かせをはめられた腕を引っ張っていってアムネスティから引き離した。


「いやね、人権団体だって慈善事業じゃないんスよ?」


 慈善事業ではないのか。彼女はアムネスティに聞こえないようにひそひそと話す。


「飯も食えばうんちもする。仙人じゃないんスから」


 なるほど、それは彼もよく分かる。つい最近聖騎士もうんちを漏らすことを身をもって実感した男である。ついでに言うなら勇者がおしっこを漏らすことも知っている。


「うちらの活動資金っていうのはね、基本的に各国の政府とか、有力な豪商から出てるんスよ」


 グリムナがその言葉に頷く。名の知れた豪商というのは税金対策で慈善事業などに寄付をすることは彼も知っている。つまりは、そう言う金で彼女たちは活動しているということだ。


「まあ、金を持ってるのに出さない奴はうちらの会報とかデモで、どこぞの誰々は自分の金にしか興味のない、人権を軽んずる人非人で資本主義の豚である! みたいに糾弾するんスけどね」


 えへへ、と可愛らしい笑みを見せながら従者の女は言うが、言っている内容は全然可愛らしくない。


「でまあ、金だけもらって実績を上げないわけにはいかないからうちらもちゃんと人権を軽んじるような言動をする奴らを毎月最低一人は槍玉に挙げて何らかのアクションをとるんスけど……」


 ううむ、とグリムナは考え込む。彼女の話の内容は分かる。分かるのだが、その話と『エルフの差別は金にならない』がどうつながるのか、それが分からないのだ。


「まあそんな感じで活動してるんすけど、ひたすら他人を攻撃するだけだと説得力がないスから、比較のために『どこぞの人々はこんなに素晴らしい人権意識を持ってるのに、それに比べてこのゴミクズは……』みたいな文脈で他人を攻撃するんスけど、その『素晴らしい人権意識を持ってる方々』としてキャンペーン張ってるのが、エルフなんスよ……」


 なるほど、話が繋がった。繋がりはしたが、やはり彼は納得がいかない。何故なら彼は実際にフィーやメルエルテというエルフと接して、彼女らがいかに人権意識が低いかを身をもって知っているからである。


「あのなぁ、俺は実際にエルフと直に会って、話をしてるんだが、アイツらの人権意識ゴミだぞ? まず間違いなく真っ先に非難されてしかるべき人材だと思うんだが? お前ら本当にエルフの事ちゃんと知ってるのか?」


 グリムナの問いかけに、従者の女はポリポリと頭を掻きながら恥ずかしそうに答えた。


「いや~、実を言うと初めて会ったっス。エルフって噂通り綺麗なんスね。エルフって基本人間と交わろうとしないっスからね。でもなんか、そう言うところもミステリアスでいい、っていうか……なんか、基本エルフって高潔で清廉なイメージあるじゃないっスか。だからこういうキャンペーンにはぴったり何スよ。どうせ本当のエルフの事を知ってる人なんてほとんどいないんスから」


 言いながらアハハ、と笑う従者にグリムナは眉をしかめる。『イメージ』とか『キャンペーン』とか、とてもではないが『人権』を声高に叫ぶ正義の味方の言うようなことではない。そう感じたからである。


「でも、その高潔なエルフとこうして旅してるんスから、きっとグリムナさんは『いい人』何だと思うっスよ。お願いだから大人しくついてきて欲しいっス」


「そう思うんなら手かせを取ってくれ! 俺は無実だ! ロリコンなんかじゃない!!」


 グリムナが小さい声で怒鳴るが、従者は困ったような表情でへらへら笑うだけであった。


「いや~、無理っス。グリムナさんは、『ボーナスステージ』っスから!」


 ボーナスステージとはどういうことか、グリムナが問いただすと、意外にも従者はぺらぺらと全て話しだした。


「グリムナさんみたいな何の後ろ盾もなく、尚且つ目立ってる人っていうのは攻撃しやすい上に、攻撃した時の成果が目立つんスよ! しかも権力者や言論関係の人じゃないから反撃の心配がない! うちらにとっての大好物の条件をすべて満たしてるっス。これがうまくいけば成果として主張しやすいし、そうすれば寄付金もがっぽり見込めるっス! 逆にフィーさんは最悪っス。キャンペーンで利用してる『高潔なエルフ』な上に『力を持たない一市民』であり、しかも小説を執筆してる『言論人』、金にならないどころかこっちの足元掬われる要素盛りだくさんっスから!」


 この言葉を聞いてグリムナはうずくまりながら「ホント勘弁してくれよぉ……」と涙声を上げた。そんなパフォーマンスの為に自分の冤罪が作られるのか、たまったものではない、という心持である。


「お前らさ……そんな仕事してて恥ずかしくないの……?」


 グリムナの本心であった。そして心の叫びでもある。しかし従者はちらりとアムネスティの方を振り向いてから慌ててグリムナに語り掛ける。


「『お前』はヤバイっスよ! 団長、男に『お前』呼ばわりされるのを異常に嫌うんスから。何があったのかは知らないスけど。僕はレイティ、あっちのもう一人の従者はカマラっス。名前で呼んで欲しいっス」


 どうでもいい情報ではあるが、なんとこの従者、僕っ娘であった。


「とにかく本当、誇りとかいうものは無いの……? 一応騎士を名乗ってるんだからさぁ……」


 グリムナはうずくまったまま情けない声を上げたが、相変わらずレイティはへらへらと答える。


「無いっスねぇ……騎士とは名乗ってるっスけど、本当の騎士じゃないっスし、僕は結婚するまでの腰掛けくらいにしか思ってないんで……」


 なるほど、グリムナは腰掛けとして申し分ない座り心地と言うことだ。


「あ、でもこれ絶対団長に言っちゃダメっスよ? あの人の前で『結婚』とか『婚期』とか、あと年齢のこと話すと死ぬほどめんどくさいことになるっスから」


「もうすでに死ぬほどめんどくさい事態になってるんだけど?」


 グリムナは顔を上げてレイティの顔を見た。やはりへらへらと笑っている。ここまで包み隠さず話してくれたのだ。なんとなく彼女は憎めない。少し赤みのかかったオレンジ色の髪の毛にそばかすもある。いかにも純朴な少女と言った感じの風貌である。質素ながらも全身鎧を身に着けていることを除けば。しかしそんな純朴な少女に悪気もなく人の人生を潰されたりしたらたまったものではない。


 次にちらり、とアムネスティ団長の方を見た。少し離れた場所にいるが彼女はこちらをずっと睨んでいる。美しい黒髪をアップにしていて、少し吊り目気味で怖そうな雰囲気ではあるものの、遠目で見れば美しい女性だ。多分近くで見ると首元のしわとかほうれい線とかいろいろあるのだろうが。


 しかしどこでどう拗らせたのか、出世を男の上司に邪魔されたとか、職場でセクハラに悩まされていたとか、はたまた婚約者に捨てられたとか、何かあったのかもしれないが、それがいったい何なのかはグリムナには分からないが、しかし、恨みは本人に返してくれ。江戸の恨みを長崎で晴らすような真似はやめろ、俺は無関係だ。それがグリムナの正直な気持ちであった。


 ついでに言うなら彼はもう一人、騎士でないのに騎士を名乗り、辛い過去から拗らせてしまった年増女、イェヴァンという者を知っていたが、二人とも甲乙つけがたいめんどくさい女である。


「自称騎士の奴ってなんでこんなに面倒な奴ばっかりなんだよおっ!!」


 グリムナが耐え切れずに叫んだ。しかしそれでも年齢や婚期のことには触れないのが彼のチキンハートたる所以である。これにアムネスティはキッと睨みつけて叫び返した。


「叙勲受けてないのに騎士名乗っちゃいけないのかよ!!」


 良くはないだろ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る