第20話 森林王国ターヤへの道

「そこの、ターヤ王国の王族っていうのはどういうお知り合いなんですか? ホモダチなんでしょうか」

「ん? 友達?」


 ヒッテの言葉に思わずグリムナが聞き返す。やはり育ちが違うためか少しイントネーションが違う様だ。彼女がどこの国の出身かは分からないが、一人称が自分の名前なのもおそらくは出身地の言葉によるものなのだろう。


「友達っていうわけでもないんだがな……」


 しゃべりながらグリムナは伸び切っている道の脇から生えている雑草をナイフで打ち払う。現在彼らはゴルコークが支配していた町、名をアンキリキリウムというが、そこから北東に向かっていき、森林王国とも呼ばれるターヤ王国を目指して移動中である。金がないので鉈も買えず、ナイフで伸びすぎた草木を払う。貧乏バックパッカーの気楽な二人旅である。


「ターヤ王国国王の7人いる子供の末の娘で、名前をベアリスという」


 ヒッテを先導しながらグリムナが話を続ける。


「え?女の人なんですか?」

「女性で何か不満でも?」


 意外そうな声で聞いてくるヒッテにグリムナが不満げな表情で返す。ヒッテが何を言いたいのかはなんとなくわかる。ホモに女の友達がいてはいけないというのか、イヤそもそもホモではないのだが。ホモではないのだが、否定ができない。ヒッテがそう言わないからである。

 ヒッテが直接「ホモなんですよね?」と言ってくれれば真っ向から否定できるのだが(すでに何度も否定している事実は置いておいて)、それを聞かずにホモであることを前提にその先の話を進めるので反論する隙すら与えられない。

 逆に言われてもいないのに「俺はホモじゃない」と否定すれば、なんだかそれはそれで必死な感じがして痛々しい。ヒッテがあえて聞かないことで、ここにグリムナの反論は全て封じられているのだ。


「昔少しの間ターヤ王国に滞在していてね。その時、王家からの依頼を受けて仕事をしてたんだけど、時間の空いているときにベアリス殿下に家庭教師として歴史や社会学について講義してたんで、その伝手があるんだよ」

「へぇ、王族に勉強教えるなんて、ご主人様頭いいんですね」

「まあ、そうは言っても空いた時間に話し相手になってただけだからね。大したことじゃないよ。それよりも……」


 グリムナはちらりとヒッテを見てから思い出したように続ける。


「お前に読み書きを教えないとな……」


 しばらく進んでから日が落ちる前に二人は野営の準備を始めた。この時も実際に薪を集めたり、かまどを作ったり、寝床を整えたりは全てグリムナがやっており、ヒッテは完全にお姫様状態であった。奴隷にしろ自由市民にしろ、こういったものは経験がないとできないこととはいえ、本当に、何のために買った奴隷なのか、分からない。


 日も落ちてきていたのでグリムナが手早くメノウで火を起こす。二人とも炎魔法が使えないので火打石である。冒険を続けていくならこういったことも解決すべき問題である。今日は無事火を起こせたが、これが雨の後だったり、熱帯雨林だったりすると、火を起こすだけで一苦労である。


「そういえばエルフって魔法が得意って聞きますよね……」


 ヒッテが話始めたところでグリムナがそれを手で制止した。この間のダークエルフなら仲間に入れないぞ、という意思表示ではない。もちろん不躾にホモかどうか聞いてくる女なんて仲間には加えたくはないが、そうではなく、別の事が気になったのだ。人の気配がする。


 グリムナがナイフをベルトの後ろに位置を変えながらゆっくりと立ち上がる。彼の場合は敵に武器を悟られないためではなく、相手を刺激しないための配慮である。


 茂みの向こうから3人の男がやってきた。明らかに堅気の人間といった風体ではない。「やってしまった」、グリムナは思った。山賊に後をつけられていたのだ。


 中央にいた男がにやにやと笑って山刀を向けながら話しかけてくる。

「兄ちゃんの方は旅慣れてそうだから用件は分かるよな? おとなしく有り金を出しな。後ろに隠したナイフには触れるなよ?」

「ガキの方もなかなかいいな。体は貧相だが磨けば光りそうだ」


 どうやら金だけではなくヒッテも奪っていくつもりのようだ。しかしグリムナは、ヒッテはもちろんのこと金も渡すつもりはない。こんな素人くらいなら簡単に制圧して、と思ったところだったが、逡巡した。


 ヒッテに……『アレ』を見せてよいものか


 そう思ったからである。


「おっと『味見』はするなよ? どうやら高貴な身分を隠してるわけあり女っぽいからな。うまく行きゃ身代金が手に入るぜ」


 山賊の言葉にグリムナが片眉を上げる。なぜそう思ったのだろうか。その女は高貴どころかただの奴隷である。


「さっきから見てたんだが野営の準備の間、任せっきりで何もしてなかったからな。奴隷みたいな粗末な服装で装っちゃいるが、首輪もねぇし、まず間違いなく何らかの理由で密かに身分を隠して、大きな街道を外れて山越えをしてる女と、その護衛さ。こいつは思わぬ拾い物になるぜ」


 なんと見る目のない男か。首輪がないのはグリムナがヒッテにだまくらかされたからだし、大きな街道を外れているのは単に近道だから、である。さらに言うなら野営の準備を全く手伝うことをしなかったのはヒッテがグリムナの事を舐めくさっているからである。しかしここでグリムナが「そいつは奴隷だ」と言ったところで山賊どもは聞く耳は持たないだろう。身分を隠している、と思っているのだから。


 自分一人なら構わないがヒッテの身が危険に晒されるのは本意ではない。彼女に『あの技』を見られるのは正直言って嫌だったが、そうも言ってられない。グリムナは金の入った袋を山賊の前に見せるとゆっくりと近づいていく。


「そうだ。聞き分けがいいじゃねえか。手は見える所に、早い動きはするんじゃねえぞ。そのままゆっくりと……おい、ちょっと……近……」


 山賊の言葉を無視してグリムナはそのまま抱き着いてディープキスをかます。山賊はしばらくもごもごとしながら身もだえしていたがやがて白目をむいてその場に崩れ落ちた。ほかの二人の山賊はあんぐりと口を開けて呆然としている。仕方あるまい。突然の反撃か完全なる服従、このシチュエーションで考えられるのはこの二つのうちのどちらかである。

 だがグリムナの動きはそのどちらでもなかった。ゆっくりと抱き着いて舌を入れてのキスなど誰が予測できようか。ヒッテも同様に唖然としている。さらにグリムナはもう一人の山賊にも近づいていく。


「えっ? 俺!? ちょっ、ヤメ……来ないで!!イヤァ!!」


 悲痛な声を上げる山賊を無情にも、いや有情にもグリムナの唇が襲う。


「んぶ……ん~ッッ!……んふぅ……」


 二人目の山賊も恍惚の表情のまま崩れ落ちた。あまりの予想外の事態に全く対応ができていない。


「う、動くなこのホモ野郎!!こいつがどうなっても……」


 最後の一人がヒッテの襟首をつかんで鉈を彼女の首筋に突き付けた。グリムナは「しまった、対応が遅れた」と焦ったが、ヒッテは襟首をつかんだ山賊の手に自分の手を添えると、体を外側にひねりながら体重をかけて相手の腕に抱き着くようにして肩の後ろに体重を乗せて潰す。脇固めである。

 ゴキン、と嫌な音がした。肩が外れたのだろう。最後の山賊は声にならない悲鳴を上げて動かなくなった。


「お前、意外と強いんだな……」


 そう言いながらグリムナが山賊の怪我の状態を確かめる。


「身分の低い者は、自分で自分を守らないといけないですから。」

「だからってやりすぎだ……ひどいな、靭帯が断裂している。」


 そう言いながらグリムナが山賊に回復魔法をかけると、荒かった山賊の息が落ち着いてきた。


「まさか、けがを治しているんですか? 前々から思ってましたけど、ご主人様は甘すぎます。そんなんだから奴隷に舐められるんですよ。」


 舐めてる本人が言うことか。


 しかし肩の脱臼はともかく、靭帯の断裂は下手をすると一生後遺症の残る怪我である。その後の実生活にも深い影を落とす。そうなれば山賊は更生ができないどころか、下手をすれば野垂れ死にだ。甘い、と言われようがそれを見過ごせるグリムナではない。

 しかし彼はここでまた沈思黙考する。山賊は大分回復したようで、もう立てるはずだが、この異常な二人を前に身動きの取れない状態だ。それほどの恐怖心を植え付けられたのだ。


 しばらくグリムナは考えていたが、決心がついたようで、山賊の顔をグイッと上に向けさせるとやはりほかの二人と同じように濃厚な口づけをした。静かな山の中に山賊のくぐもった悲鳴が漏れ聞こえる。


「だから、それは一体何なんですか……」


 ヒッテが呆れたような、そして同時におびえたような口調で突っ込みを入れる。


「詳しくは言えないが、悪人を改心させる、俺だけが使える魔法だ。決して趣味でやってるわけじゃない」


 失神した山賊を寝かせながら、そこまで話してグリムナはバッと顔を上げた。


「厄日だな……また来客みたいだ」


 グリムナの表情が困惑にゆがんだ。

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