第332話 淫獣

「ひどい……一体何が……!!」


 村の外れ、赤毛と茶髪の二人の女性が走っている。いや、一人、茶髪の方は小柄な男性であった。


 村のありさまは酷いものであった。傭兵共は思うがままに、殺し、犯す。財産を奪うのは皆殺しにしてからいつでもできると考えているのか、ただただひたすらに、残虐であった。


 走っている途中レニオ達も二度ほど傭兵に襲われたが、やはり聖剣の力は絶対的であった。


 何せ受けるにしろ、切りかかるにしろ、刃が触れれば相手の刀身を真っ二つにしてしまうほどの切れ味。あまり戦闘が得意でないレニオでもこれほどのチート武器があれば傭兵如き敵ではないのだ。


 先ず敵が切りかかる。上段に剣を交差させてこれを受けると、敵のカトラスが真っ二つになる。体勢を崩したところに切りかかれば、もはやその制空圏から逃げることかなわず。しかも少しでも刃が触れれば生気を吸い取られてしまうのだ。


「いた、ラーラマリアよ! こっちに向かってる!」


 レニオが後ろにいるシルミラを振り返りながら前方を指さす。向こうからは金髪で長身の女性、ラーラマリアが小走りにかけてきた。


「はぁ、はぁ……ラーラマリア、いったい、何が……起きたの……?」


「なんかシルミラ体力落ちてない? まあいいわ。野盗が村を襲ってるみたいね。向こうにはオーガもいたし」


 レニオが聖剣を差し出した。


「ラーラマリア、これを渡しに来たの! 村を、みんなを守って!」


 ラーラマリアはレニオから剣を受け取ったが、しかし憮然とした表情をしている。レニオが話している内容は基本的にグリムナと同じなのではあるが、しかしこの女にとっては同じ内容でもグリムナが言えば『お願い』、他の人間が言えば『命令』になる。面白くないのだ。


「……いや、私が戦うのはいいんだけどさあ……、レニオはともかくシルミラは戦わないの? 魔法使えるじゃん」


 ちらり、とシルミラとレニオは顔を見合わせ、そしておずおずと答えた。


「今は……魔法が使えないのよ……」


 しかしこんな説明足らずの言葉ではラーラマリアは当然納得しない。


「なんでよ! あれだけ強い魔導士だったのに急に魔法が使えなくなるなんて聞いたことないわよ! めんどくさいからやりたくないだけでしょ!?」


 お前じゃないんだからそんなわけあるか。しかしラーラマリアがそう言うと、なぜかレニオが少し気恥ずかしそうな表情を見せ、そしてシルミラが息を整えてから、ゆっくりと自分のお腹をなでて、答えた。


「この子に……どんな影響があるか分からないから」


「この子?」


 いぶかしげな眼を向けるラーラマリア。最初は何を言っているのかが理解できていなかった。しかし何かに気付いたようで目を丸くしてシルミラのお腹を凝視した。


「えっ!? この子、って……!! ええっ!? まさか!!」


 手で口を押え、あわあわしながら交互にレニオとシルミラを指さして、顔を真っ赤にするラーラマリア。レニオは苦笑いしながら言い訳の様なことを言う。


「いや、まだ分からないのよ? もしかしたらただの生理不順かもしれないから! でも、その、があるから……えへへ」


 隣でシルミラも視線を外しながら、少し気まずそうな顔をして補足をした。


「その、噂なんだけど、妊娠中に魔法を使うのは、赤ちゃんの生育によくないって……あと、穏やかな音楽を聞かせるといい、とか……」


 どうやら魔法は胎教によくないらしい。


「ええ? ええええ~……?」


 ラーラマリアは相変わらず目を丸くして二人を交互に指さしていたが、その時レニオが叫んだ。


「危ない! 後ろッ!!」


 そろそろと、傭兵が後ろから近づいていた。おそらく外見と、特徴を聞いていた聖剣の情報からターゲットだと認識したのだろう。後ろから袈裟掛けに切りかかる。


 しかしラーラマリアは傭兵の方を見もせずに、振り向きざまに回転しながら肘打ちで剣閃を逸らし、そのまま聖剣を半ばまで引き抜きながら彼の首の頸動脈を切断。


 血は吹き出ず、生気と共にエメラルドソードに吸い取られていった。傭兵はみるみるうちに枯れ木の様にしおれ、その場に倒れる。それと同時にラーラマリアは剣身の血を拭きもせずにそれを鞘にしまった。


「大丈夫!? ラーラマリア!」


「え、えっちな事、したの……?」


 駆け寄ってきたシルミラに間を置かずラーラマリアが問いかける。


「え?」


「ふ……二人は、子供ができるようなことをしたって……こと?」


 そりゃあするだろう、夫婦なんだから。シルミラは「今聞くことか?」と表情をゆがめているが、ラーラマリアは邪魔な足元に転がる傭兵の死体を蹴飛ばしてから、密着するほどの距離でシルミラに詰め、そして小さい声で尋ねる。


「ど……どうなの? 初めての時ってやっぱり、痛いの?」


 顔を真っ赤にして必死な顔で尋ねてくるラーラマリア。しかしシルミラは段々イライラしてきていた。この非常時に何の話をしているのか。そんなこと今どうでもいいだろうが。やがてそれは怒りへと変貌しつつあった。


「いや、ていうかさ。ラーラマリアと旅に出た時、すでに私処女じゃなかったけど?」


「ひぇ……」


 ラーラマリアは衝撃を受けたように少し吹っ飛び、そのままぺたん、と尻餅をついた。まさか、また腰が抜けたのだろうか。


「ひい、知らなかった。こんな淫獣と一緒に旅をしていたなんて……ッ!!」


「誰が淫獣だコラ」


「ひいっ、やめて! こないで!!」


「そっちがやめてよ、そのリアクション。傷つくでしょ」


「あ、あのさあ……」


 話の尽きない(?)シルミラとラーラマリアに我慢できなかったのかレニオが話しかける。


「なに? レニオ」


「えと、今そう言う話をしてる場合じゃないと、思うのよね……あとさ」


「何よ? はっきり言いなさいよ」


「人の股間を凝視しながら話聞くのやめてもらえるかなあ」

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