第260話 決戦!大司教

 グリムナは焦っていた。


 何を焦っているのか。それはもちろん、ケツが丸出しだからである。ホモの目の前で。


そう。もう一度言おう。ホモの目の前で、ケツが丸出しなのだ。


「ふーッ、ふーッ……」


 メザンザの熱い鼻息が彼のうなじにかかる。その生臭い獣臭に思わず鳥肌が立った。


(あっという間に取り押さえられてしまった……情けない……)


 ラーラマリアを助けるべくローゼンロットの町に戻ったグリムナ。しかしメザンザの目の前に出た途端、あっという間に再びうつぶせに組み敷かれ、またもやケツが丸出しになっていた。


この間、わずか5秒。


 実際の事を言うと、グリムナにはローゼンロットに戻ってもラーラマリアの居所に関するあてなどなかった。牢の中にいるときにブロッズに訪ねても『知らない』と言っていたので、あと確認できるところと言ったら、レイティかアムネスティに聞くくらいしかなかったのだ。


 他に確認できるところで、確実に知っていそうな人物と言えば、そう、諸悪の根源、大司教メザンザである。ラーラマリアと結託しており、互いに協力関係であった彼ならば、きっとラーラマリアの居場所についても知っているはずである。


 そして彼女を説得し、世界を滅ぼす妄執に捕われたメザンザから解放する。ちょっと考えただけでも相当無理のある計画の様な気がしたが、しかしそれでもほかに道などない彼に選択肢はない。

 なあに、彼も人の子。話して分からない人間じゃないさ。仮にも大司教まで上り詰めた人格者なのだから。



 そして、このザマさ。



場所は先ほどと違い、ゲーニンギルグの城外、燃え盛る街の中である。うつぶせに倒れている男二人に留意する人などいない。崩壊する建物と、略奪、暴動により燃え上がる炎の中、恐慌状態に陥っている市民は自分たちの身を守るだけで精いっぱいなのだ。


「だ、大司教猊下……その……一旦、落ち着かれては……?」


 そんな安っぽい言葉が彼の心に届くはずがない。


 さんざん思わせぶりな行動をとっておいて一旦逃げるつれない態度。そして十分に焦らせたところで再び目の前に舞い戻り挑発をする。グリムナの恋愛テクニックの前にメザンザはメロメロなのだ。


 ぐい、とグリムナのお菊様に何か突起物が押し当てられる。


(ま……魔力が……)


 そう、先ほどの戦いの再現のような状態になっている二人であるが、違う点が一つある。先ほどと違って、グリムナの魔力が枯渇しているのだ。もう彼にアスタリスクバーストを使う魔力は残っていない。


 しかしもはや万事休すか、と思われたところで黒い影がメザンザを襲った。


「むう!?」


 メザンザはその『影』の蹴りを右腕で受けて、即座に後ろに飛んで間合いを取る。


「私のグリムナに何してくれてんのよ、このホモ野郎が」


「ラーラマリア!」


 ズボンを直しながらグリムナがそう叫んだ。そう、メザンザとグリムナの間に割って入って彼の黄門様をお助けしたのは、他の誰でもない、グリムナが探しているラーラマリアその人であった。


「大丈夫? グリムナ」


「ああ、大丈夫だ。先っぽしか入ってない」


「先……?」


「それより! 助けに来てくれたんだな、ラーラマリア。さあ、もうこんな町は離れて皆の元に帰ろう! レニオも待ってる!」


 何やら慌ててるグリムナの言葉にラーラマリアはジト眼でしばらく無言で彼を見つめた。その沈黙の瞬間がグリムナには、処刑を待つ囚人のように長く、長く、感じられたのだった。


 しばらくするとラーラマリアは結局何も言わずにグリムナから視線を外し、戦闘準備が万端に整っているメザンザの方に向き直りながら腰の聖剣エメラルドソードを抜いた。


「言いたいことはいろいろあるけど、まずはあそこの筋肉ダルマよ。私のグリムナに色目使ってくれやがって、なます切りにしてやるわ!」


 エメラルドソードを肩に担ぐように構え、ラーラマリアは余裕の表情を浮かべながら無造作に近づいてゆく。メザンザの実力をよく知るグリムナは慌てて彼女を呼び止めようとした。そう、傍目に見れば性別差と体格差による体力の違いはあるものの、基本的には剣を持っている若い女性と無手の老人では圧倒的に武器を持っている方が優位である。しかしグリムナはほんの数時間前に自分達6人を相手にして互角どころか押していたメザンザの姿を知っているのだ。止めるのも当然である。


 メザンザは特に構えを取らずにゆらり、と重心が前に移動したかと思うと一瞬のうちに拳を繰り出した。その予備動作も、構えも、もちろん拳の動きさえもグリムナには見えない速度であった。


「エアロウォール」


 ラーラマリアは即座に見抜いた。それが空気を媒介とした振動波であることを。空気の障壁で身を守る、というよりは衝撃波にそれをぶつけるようにして突き抜けると、残心の状態を保っているメザンザに突進する。ちなみにグリムナは後ろで衝撃波の直撃を受けて吹っ飛んでいる。


 聖剣エメラルドソードは両手でも持てるように柄が長くなってはいるが、重量としては片手剣よりも少し重い程度であり、ラーラマリアは間合いに入るや否やすぐに剣を振り下ろす。メザンザは焦ることなくそれを内掛け払いで受け、逆手で拳をつく。ラーラマリアはそれを肩で受けて後ろに跳んだ。


(エメラルドソードを素手で受けた……バカな)


 いかにメザンザの両手の皮膚が硬質化していようが、エメラルドソードは鉄製の鎧をも紙の如く切り裂く鋭さを持つ。手で払う事など不可能なはず。そうは見えなかったが剣の峰を払ったのだろうか、と考え、ラーラマリアはメザンザが厄介な衝撃波攻撃をするための『タメ』を作る前に間合いを詰め、攻撃を再開する。


 上段振り下ろし、左の間接蹴り、右からの剣の横薙ぎ、左のミドルキック、その反動を利用しての袈裟懸け。


 流れるような対角線攻撃。身体操作的に無理のない連続動作に加えて相手に攻撃を当てた反動を重心の反転に使う事でさらに攻撃と攻撃の繋がりを早くしている彼女の必殺のコンビネーションであるが、これまで使われることはほとんどなかった。なぜならば最初の1・2発で大抵の相手は絶命してしまうからだ。


 しかしそのコンビネーションを、しかも聖剣を使ってのそれをメザンザはいとも簡単に受けきる。


 間合いを取ったラーラマリアは考える。やはり何かおかしい、と。


(今の連続攻撃は間違いなく刃の部分を手で払っていた……ベルドと戦った時はエメラルドソードの刃はかすめただけで相手の命を奪っていたのに)


 彼女は剣を胸の辺りまで下げ、じっとエメラルドソードの柄の中央に輝く緑色の石、『竜の魔石』を見つめる。その姿を見てメザンザはフッ、と笑いを浮かべた。


「なるほどね……竜の遺骸から作られた物なら、この石も一つしかないってことはないかも、とは思ってはいたけど、それをあんたが手に入れてるってことね」


 ラーラマリアもメザンザに対してニヤリ、と笑みを向ける。確かに、いかに達人と言えども拳で衝撃波をこさえることなど尋常な人間では出来るはずもなし。


 ラーラマリアのエメラルドソードの魔石がギラリと鈍い光を放つと、メザンザの体全体がこれもまた鈍い光を放ったように見えた。竜の魔石同士が共鳴しているのだ。


「でも残念、お偉いさんやってたあんたと最前線で戦ってた私とじゃ経験が違うのよね」


 そう言うとラーラマリアはメザンザに向かって突進。最短で切り付けるかと思いきや後ろを振り向き、十分な回転を乗せて、メザンザの右半身に切り込む。メザンザは間合いを調整してそれを紙一重で躱し、前蹴りを出しながら距離を詰める。


 ラーラマリアはそれを左手で下段受けしていなし、右手に持った剣の柄頭でメザンザの喉を突く。


 これは顎を引いて固めたメザンザにブロックされるが、すぐさまラーラマリアは金的蹴りに移行。これもメザンザは両足を引き絞る様に立ち、蹴りは届かない。次の攻撃、ラーラマリアは速度の遅い左ストレートを放ったように見えたがこれは『見せる技』であった。本命は左手の中にある。


 最初の回転攻撃の際に一瞬陰になった時に拾っていた小石を指弾にて飛礫とし、メザンザの右目を襲ったのだ。


「むうっ!」


 一瞬気を取られた。しかし一瞬であろうとラーラマリアがその隙を逃すはずがない。次の瞬間にはメザンザの鎖骨の下あたりにエメラルドソードが突き刺さっていた。そのまま肩甲骨を貫いて背中側に剣先が見えている。

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